第180話 ランジェス大公と食文化
1日の診療を終えると、私はキッチンで夕食の準備に取り掛かる。
今夜のメニューは中華料理の青椒肉絲に、ラーメンと餃子だ。
箸を使う料理に馴染みの無いランジェス大公には申し訳無いと思ったが、他の皆が久し振りに食べたいとリクエストしたのだ。
ランジェス大公も初めて聞く料理に興味津々で、是が非でも食べたいと言う。
箸を使う料理は大丈夫なのかと聞くと、驚きの答えが返ってきた。
なんとランジェス大公は私の料理のバリエーションをミラーナさん達から聞き、既に箸の使い方をマスターしてしまっていたのだ。
食への執念、恐るべし!
いや、執念と言って良いのか知らんけど…
「いやいや、これは旨そうですなぁ♪ ところでエリカ殿達の夕食は、いつも遅いのですかな?」
ランジェス大公が時計を見ながら尋ねてくる。
ちなみに現在は21時だ。
私は完成した料理を運びながら答える。
「いえ、私が担当する日だけですよ。診療が20時までなんで、片付けとかしてるとどうしても遅くなるんですよねぇ…」
「フム…」
私の答えを聞き、何やら考え始めるランジェス大公。
「ならば、他の人が担当の場合は何時頃に夕食を作られるのですかな?」
「そうですねぇ… だいたい19時から20時には準備できてますかね? アリアさんは私と一緒に診療してますけど、彼女が担当する日は少し早めに診療を終わって貰ってますね」
するとランジェス大公は首を傾げ…
「では、エリカ殿が担当する日だけが遅くなるんですな? 何故、アリア殿に最後を任せないのですかな?」
私が答える前に、アリアさんが説明する。
「ややこしい患者さんも多いですからね… 治療自体はエリカさんに認めて貰ってますけど、ややこしい患者さんの扱いはエリカさんに敵いませんから… なので、どうしても私1人で診療ってのは… エリカさんが王都に滞在や戦争で居ない時、それで苦労しましたから…」
「初耳なんですけど~? アリアさ~ん、ややこしい患者さんで苦労してたんなら教えて下さいよ~」
私が詰め寄ると、アリアさんは後退りながら…
「いえ… その… 私はエリカさんに余計な心配を掛けたくなくて…」
余計な心配だと…?
掛けたくなかっただと…?
「アリアさん… それこそ余計なお世話ですよ? 私達は仲間でしょ? 家族でしょ? 家族に遠慮は要りません。1人の悩みは皆の悩みです。困った事があったら、何でも相談して下さい」
言いながら私はアリアさんを抱き締める。
「エリカさぁ~ん!」
アリアさんは号泣し、全力で私を抱き締める。
「な~、とりあえずメシ食おうぜ? もう空腹が限界だよ…」
「ここは感動する場面でしょうがぁっ!!」
ずどぱぁああああああんっ!!!!
私がフルスイングしたハリセンの一撃でフッ飛んだミラーナさんは、昨夜と同じく壁にめり込んだのだった。
─────────────────
「いやぁ~、美味でしたなぁ♪ どれも初めて食す料理ですが、これ程とは思いませんでした♪ エリカ殿は本当に料理上手ですなぁ♪」
手放しで褒めちぎるランジェス大公。
凄ぇ照れるんですけど…
「だろ? アタシ達の誰も食った事がない料理ばっかり作ってくれるからさ♪ だから、次の料理は何だろな~って、いつも楽しみにしてるんだよね♪」
「さすがに毎回新しい料理ってワケにはいかないみたいですけどね。それでもバリエーションが豊かだから飽きないんですよぉ~♡」
「今日のちゅーかって料理だって、何種類も作ってくれますからね~♡ さっき食べた以外にも、ほいこーろー、すぶた、はっぽーさい、ゆーりんちー… あぁ~、ダメっ! 考えただけでヨダレが…!」
ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんも、本心から言ってくれてる様だ。
特にモーリィさんが並べた料理名を聞いただけで、私とランジェス大公を除いた全員が恍惚とした表情を浮かべている。
ロザミアに来て日が浅いルディアさんまでが私の料理の虜らしく、私に提案してきた。
「ねぇ、エリカちゃん。明日は休診日なんだから、少しぐらい夜更かししても大丈夫でしょ? 夜食にしょーろんぽー作ってくれない? 食べながら皆で何かお話ししましょうよ♪」
「ほぅ…? それはまた初めて聞く料理ですな… ならば是非とも食してみたいですなぁ♪」
まぁ、異世界じゃ馴染みのない料理ばっかりだからな…
夢中になるのも解るけど、食べ過ぎて腹壊すなよ?
結局、治療するのは私なんだから…
その後、風呂に入ってサッパリした私達は、小籠包を食べながら明け方まで話し込んでいた。
ランジェス大公からは最近の王都での出来事。
ルディアさんからはムルディア王国での生活の話。
ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさん、ライザさんからはギルドでの出来事や依頼での話。
私やアリアさんからは治療院での出来事や患者さんの話。
どの話も面白く、ついつい時間を忘れちゃったんだよねぇ…
そしてまぁ、全員が小籠包を食うわ食うわ…
話の途中、私がキッチンに行って追加で作る程に…
勿論、私以外の全員が食べ過ぎで体調不良になり、治療を施したのは言うまでもない…
当然、治療費の銀貨1枚はキッチリ頂戴しました♪
─────────────────
「サルバドール伯父さん、食べ過ぎだよ… まぁ、アタシも人の事は言えないけどさ…」
「仕方無かろう… エリカ殿の作る料理はどれも美味であるからな… だから、お主も腹を壊す程に食べ過ぎたのであろう?」
ミラーナさんとランジェス大公様は、リビングのソファーでグッタリとしながら会話している。
「まぁ… ね… 特に夜食のしょーろんぽーは初めてだったからさ… アリアちゃんやルディアさんは食べた事があるんだけど、アタシ達4人はギルドの依頼で不在だったから… 初めて食った上に、一口サイズで食べ易い… おまけに旨いとなりゃ、食べ過ぎるのも当然だろ? だからサルバドール伯父さんも食べ過ぎたんじゃないのか…?」
「うむ… それは否定出来んな… それに、あれほど旨いとは思わなかった故…」
グッタリしてるワリに饒舌だな…
「で? お2人共、朝食はどうされるんですか? ちなみにランジェス大公様が滞在中は、ミラーナさんが朝食の担当だったと思いますけど?」
「勘弁してくれよぉ~… エリカちゃんに治して貰って腹の調子は戻ったけどさ、朝メシを作るだけの気力は無いんだよぉ~…」
私は呆れながらテーブルを指差し…
「そう言うだろうと思って、私が朝食の用意をしておきました。季節外れですが、胃に優しい七草粥──モドキ──にしておきましたので、召し上がって下さい。これなら気力が無くても食べ…」
私が言い終わるより早く、ミラーナさんはテーブルに着いていた。
そしてレードルで茶碗を七草粥で満たし、すっかり慣れた箸で掻き込んでいた。
「ミラーナ… さすがに行儀が悪いぞ…?」
「気力が無くても空腹には耐えられなかったんでしょうね… ミラーナさんらしいと言えば、それまでなんでしょうけどね… とりあえず、ランジェス大公様も如何ですか? 味付けは塩だけですけど、アッサリしてて食べ易いですよ?」
「それでは、遠慮なく頂きますかな? これも初めて食しますが、エリカ殿の料理はバリエーションが豊かで食すのが楽しいですなぁ♪」
微笑みながらレードルで茶碗に七草粥を容れるランジェス大公。
箸で食べようとして…
「エリカ殿、これはスプーンの方が食し易いのでは? 箸だと少量しか…」
「ミラーナさんみたいに茶碗を口元に持っていって、掻き込んで下さい♪ マナー違反って思われるでしょうけど、和食では普通の事なんです♪」
ランジェス大公がミラーナさんを見ると、茶碗を口元に持っていき、箸で七草粥を掻き込んで食べている。
彼は見様見真似で茶碗を口元に持っていき、同じ様に掻き込んでみる。
「なるほど…! これなら柔らかいななくさがゆとやらも、箸で食べ易い!」
「だろ? サルバドール伯父さんの言うマナーってさ、アタシ達が知ってる範囲でしか無いんだよ♪ 文化が違えばマナーも違う。箸を普段から使ってるルディアさんに、箸を使う国のマナーを聞いてみたらどうだい? 勿論、それを知ってるエリカちゃんにもね♪」
ニカッと笑って言うミラーナさんの言葉に、ランジェス大公は私とルディアさんを質問責めにしたのだった。