第179話 私とミラーナさんの料理勝負? ランジェス大公が下す判断は…?
「何をやっとるんだ、ミラーナは…?」
朝になり、ダイニングに入ってきたランジェス大公は、全裸で壁にめり込んでるミラーナさんを見て呟く。
「お早うございます、ランジェス大公様… すいませんけど、私の上に乗らないで貰えますかねぇ…?」
「ん…? エリカ殿? 何処に居られるのですかな?」
キョロキョロと辺りを見渡しているらしいランジェス大公。
らしいと言うのは他でもない。
今の私の状態では、何となくでしか判断できないんだよ…
仕方無いだろ。
床にめり込んでんだから…
「足下ですよ… 床にめり込んでるんです…」
「こ、これは失礼! しかし、ミラーナもですが、エリカ殿も何をしておられるのですか…?」
大公は慌てて私の上から降り、床から引っ張り出しながら問い掛ける。
ついで… と言うワケではないが、壁にめり込んでいるミラーナさんも引き剥がす。
ミラーナさんは…
「あ~、酷い目に合った… 素っ裸で壁にめり込んだまま一晩明かすなんて初めてだよ…」
と、ブツブツ言いながら部屋へ着替えに行った。
そりゃ、初めてだろ…
私だって、床にめり込んだまま一晩明かしたのは初めてだよ…
「では、何があったのか聞かせて貰えますかな?」
ランジェス大公に促され、私は昨夜の顛末を簡単に説明した。
「実は…」
私が話し終えると、大公は顎髭を弄りながら考えつつ聞いてくる。
「なるほど… タタミにザブトン… 何やら聞き覚えがありますな… まぁ、それはともかくとして、エリカ殿はムルディア公国で楽しみにしていた事を昨夜まで忘れていたと…?」
「そうなんですよ… 以前ルディアさんから話を聞きまして、畳に寝転んでみたい、座布団に座ってみたいと思ってたんです。それを完全に忘れてたのがショックで…」
私の話を聞きながら、ランジェス大公は宙を見上げて考えている。
外交でムルディア公国に通訳として行ってたんなら、そりゃ聞き覚えはあるだろうけど…
「ふむ… タタミ… ザブトン… ムルディア公国… エリカ殿の言うタタミ、ザブトンとは、ムルディア公国に住む平民の家庭で使われている物… つまり〝ター・タミー〟と〝ザーブ・トーン〟の事ですかな?」
そのままやないかい!
言い方に若干の違いがあるだけで、殆ど日本語の〝畳〟と〝座布団〟やんか!
いや、そんな事はどうでも良いんだよ!
とにかく私は畳に寝転んでみたかったんだよ!
座布団に座ってみたかったんだよ!
すっかり落ち込んだ私に、ランジェス大公はニコニコと笑いながら肩を優しく叩いてきた。
「エリカ殿、それなら問題ないと思いますぞ? 私が外交で彼の国に赴いているのですから、彼の国と我が国に国交が在るのは理解出来ますな? となれば、彼の国が特産品として我が国に〝ター・タミー〟や〝ザーブ・トーン〟を輸出している可能性は高いと思いますぞ? まぁ、私は輸出入に関しては関与していないので、担当している大臣に確認しなければ判りませんがな。仮に〝ター・タミー〟や〝ザーブ・トーン〟を輸入していなくても、エリカ殿が欲していると伝えれば…」
うん、輸入してくれる可能性は高いかな?
勿論だけど、ヴィランで市場に出回ってるなら購入するよ?
自室の半分に畳を並べ、そこに布団を敷く。
日本人なら、寝室は畳に布団で決まりだろ!
…いやまぁ、日本人でもフローリングにベッドって人も多いけどさ…
ベッドも捨てたりする気はないしね。
その日の気分でベッドで寝たり布団で寝たりするのも悪くないし。
「で? サルバドール伯父さん、いつまでロザミアに? 外交でムルディアに行ってたんなら、そんなに長くは居られないだろ?」
着替え終わったミラーナさんが、ダイニングに入りながら質問する。
その後ろからミリアさんが眠そうに、モーリィさんが大欠伸(おいおい…)しながら、ライザさんは半分寝ながら(おいっ!)、ルディアさんは元から早起きなのでシャキッと、アリアさんは何だか気まずそうに入ってくる。
床にめり込んでる私を放置した事を気にしてるのかな?
「うむ、最初は一泊だけのつもりだったのだが、考えが変わってしまったのぅ。他の外交員が王都に帰り着く頃に戻れば大丈夫だから、それまで世話になろうと思っておるのだが… エリカ殿、ご迷惑ですかな?」
「全然、大丈夫ですよ♪ どうぞ、ごゆっくりなさって下さい♪ 他の外交員の皆さんは気の毒ですけどね」
私はニカッと笑って答える。
ランジェス大公、羽を伸ばしたいんだな?
まぁ、宰相って立場上、なかなか自由に過ごせないだろうからなぁ…
「はっはっはっ♪ エリカ殿には敵いませんな。全てお見通しですか♪」
楽しそうに笑うランジェス大公。
「いえいえ♪ なんとなく、そうじゃないかな~って思っただけなんですけど… やっぱりでしたか? まぁ、たまには骨休めも必要ですよね? 短い間とは思いますが、ロザミアでの休暇を楽しんで下さい♪」
「はっはっはっはっはっ♪ それでは、エリカ殿のお言葉に甘えましょうかな♪」
嬉しそうなランジェス大公。
やっぱり宰相って疲れるんだろうなぁ…
「それに、エリカ殿は料理上手とミラーナから聞いております故、それも堪能させて頂きましょうかな? 昨夜の寿司も絶品でしたし、他の料理も今から楽しみですなぁ♪」
…これって、ランジェス大公が帰るまで私が料理を担当するって事なんじゃ…?
「ちょっと待ってくれよ、サルバドール伯父さん! アタシだって料理は得意… とまでは言わないけどさ、パーティーを組んだ連中からの評判は良いんだよ!? だからさ、アタシの作る料理も食ってくれよ!」
ミラーナさん、対抗心でも燃やしてんのか?
それは良いけど、幻覚が見える料理を食べさせるのは、身内でも控えた方が…
って、もう遅いか…
王妃様や弟妹に食べさせちゃってるからなぁ…
今さら犠牲者(?)が1人増えても関係ないか…
「はっはっはっ、ミラーナの料理ならマリアンヌや甥姪から聞いておるぞ? 何でも最初の一口だけだが、幻覚が見えるらしいな? それも楽しい幻覚や美しい幻覚が見えるとも聞いておるぞ? それも毎回、違う幻覚で楽しいとな」
それが疑問なんだよ…
私には〝宇宙を漂う幻覚〟しか見えないってのに…
私の遮光器土偶の様な表情に気付いたのか、ランジェス大公が首を傾げながら質問してくる。
「エリカ殿、どうされたのですかな?」
「いえ、王妃陛下や子女の皆さんの見る幻覚は毎回違うし楽しそうなのに、私の見る幻覚は毎回同じなのが疑問でして…」
すると、ミラーナさんを初めとして、他の同居人の視線が私に集中する。
何だ?
「エリカちゃん、毎回同じ幻覚なのか!?」
ミラーナさんが驚きの声を上げる。
てか、王妃様達がロザミアに来た時に話した記憶があるんだけど…
忘れてやがるな?
「そ… そうですけど… もしかして、皆さんは毎回違う幻覚なんですか? 王妃陛下達と同じで…?」
私の質問に、全員がコクリと頷く。
マジか…
王妃様達も毎回違う幻覚だって言ってたけど、私だけが同じ幻覚を見続けてるんかい…
しかし、その理由…
もしかしたらと言うか、何となくだが思い当たるフシはある…
それは私が異世界からの転生者で、他の人達は最初からこの世界で生まれ育ったって事だ。
それが正解かは判らないが、その可能性は充分に考えられる。
「エリカ殿だけが同じ幻覚を見る理由までは判りませんし、気の毒とは思いますなぁ… マリアンヌや甥姪は、実に楽しそうに幻覚の話をしておりましたからな」
確かに羨ましいとは思うよ…
毎回の様に違う幻覚が見れるんなら、ミラーナさんの料理を食べるのも楽しみになるだろうしさ…
その後の話し合いの末、ランジェス大公が滞在中の朝食はミラーナさんが、夕食は私が作る事が決定した。
様々な意見が出たが、最終的にはランジェス大公の希望が採用される形になったんだけどね。
ランジェス大公曰く、夕食で万が一にも恐ろしい幻覚を見た場合、恐怖で眠れなくなっては困るとの事。
また、問題なく眠れたとしても、恐ろしい幻覚の続きが夢に現れても困るとの事だった。
勿論、ミラーナさんは抗議したけど…
『仮にミラーナの作る朝食で変な幻覚を見ても、日中を楽しく過ごし、夕食でエリカ殿の美味い料理を堪能すれば夢見も悪くならんだろう? それとも、確実に楽しい幻覚を見せてくれると言う保証でもあるのかな? 無いのなら、夕食にミラーナの作る料理を食する事を断るのは当然の事と思うがなぁ?』
とのランジェス大公の言葉に、ミラーナさんは何も言い返せずに撃沈していた。
さすがに宰相を務めるだけあって、この辺りの駆け引きは心得てるなぁ…
勝ち誇る(?)ランジェス大公と、打ち拉がれるミラーナさん。
その様子を見て私は勿論、他の皆もウンウンと(こっそり笑って)頷いていたのだった。