第173話 ルディアさんへ料理教室を提案した私は、最終的に吹っ飛びました
まだまだロザミアに永住するか迷ってるルディアさんに、私は魚料理教室を開いてはどうかと提案してみた。
ロザミアはノルンが近い事もあって、魚を食べる機会が多い。
なんだかんだで私も寿司を作ってるしな…
漁村出身なら魚料理には詳しいだろうし、尚且つ遠く離れた国の魚料理なら、ロザミアやノルンで知られていない料理が在るかも知れないしな♪
そんな料理が在るなら、私も知りたいし♪
「魚料理の教室ねぇ… それは構わないけど、ロザミアの料理と大して変わらないんじゃないかしら…?」
言われてみれば、魚の調理法って基本的に『煮る』か『焼く』のが主だよなぁ…
寿司は魚を生で使うから、調理法とは少し違うかもだし…
いやいや、魚に依っては炙ったり酢で〆たり漬けにする事もあるからな。
それに、シャリは上手く作らないと魚の味を活かせないどころか、台無しにしてしまう。
私が考え込んでいると、ルディアさんが聞いてくる。
「ねぇ… ロザミアって、塩は簡単に手に入るの?」
「へっ? まぁ、普通に買えますけど? …って、ムルディア公国では簡単に手に入らないんですか?」
ルディアさんはフルフルと首を振る。
「ムルディア公国は暑いから、誰もが大量に汗を掻くでしょ? 汗で塩分が流れて不足しがちだから、国を挙げて塩の生産に取り組んでるの。だから塩は売ってるんじゃなくて、定期的に国から支給されてるのよ」
「国から支給? て事は…」
ルディアさんは黙って頷く。
「基本的には無料で手に入るって事ね。勿論、使い過ぎて足りなくなったら買い足す必要はあるけど… 小銀貨1枚で1㎏だから、無料同然よね」
「なんですか、それ! 凄く良い国じゃないですか!」
「私達エルフは森に住んでるから、塩が作れないんですよねぇ… だから、近くの人間の街まで買いに行くしかないんですよねぇ…」
いつの間に来たのか、アリアさんが話に加わる。
ロザミアは漁村が近いから、そこで作られた塩を売りに来る商人から簡単に買えるんだが…
住んでる場所で、塩の入手難度って変わるんだなぁ…
私の居た時代の地球は何でも簡単に手に入ったから、そんな事は考えた事も無かったけど…
「私の国を褒めてくれるのは嬉しいけど、安く手に入るのは塩だけなのよね… この街の商店を見て思ったんだけど、食材にせよ物品にせよ、ムルディア公国の半額ぐらいで売ってるのには驚いたわ…」
塩以外は高いんかい!
そんなんじゃ、ルディアさんみたいな漁村に住んでる人はともかく、内地に住んでる人の生活は大変だろ。
漁の成果次第だが、魚介類は基本的に食べられる。
肉や野菜なんかは買う必要があるけど、それでも全ての食材を買う必要のある内地の人よりはマシだろう。
「それに、税率も他の国と比べてマシとは言うものの、収入の4割だもんねぇ… ロザミアの税率が0.5割だって聞いた時は、3回ぐらい聞き返したわよ…」
まぁ、領主がミラーナさんだからなぁ…
ミラーナさんが領主になるまでの税率も、王族の直轄地って事で優遇されてて2割だったらしいけど…
ミラーナさんが領主に赴任した時に、税率を0.5割に下げたらしいな。
オマケにハンター登録してる者は、税を免除されてるし…
もっとも、税を払いたくないからって誰彼構わずハンターになられちゃ困るってんで、ハンター登録する為の最低限の基準を設けたらしいけど…
「ミラーナさんがイルモア王国の第1王女って事は話しましたよね? ミラーナさんがロザミアの領主になった時に、税制を大きく変更したらしいんですよ。自身はハンターになり、領主邸は解体して土地は売却。その場所が、この治療院だったりするんですけどね…」
目を丸くするルディアさん。
うん、気持ちは解るぞ。
普通に考えて、ミラーナさんの行動を理解するのは不可能に近いからな。
「余計なお世話だっ!」
すぱぁあああああああんっ!!!!
べちゃぁあああああっ!!!!
ミラーナさんのハリセンで、私はまたもや壁まで吹っ飛ばされる。
い… いつの間に帰ってたんだ…
「油断したわね、エリカちゃん…」
「まだ思った事を口に出す癖、治らないみたいだねぇ…」
ミリアさんとモーリィさんが、苦笑しながらリビングに入ってくる。
「なになに? またエリカちゃんがハリセンの餌食になったの?」
少し遅れてライザさんもリビングに入ってくる。
「…そのまたですよ… とりあえず、身体が半分ぐらいめり込んでるんで、引っ張り出して貰えませんかねぇ…?」
私が言うと、ミラーナさんと呆然としているルディアさん以外の4人が私の足を引っ張って…
「って、ちょっと待っ…」
べたぁあああああああんっ!!!!
「「「「あ………」」」」
「足だけ持って引っ張ったら、こうなるでしょうがぁっ!」
足だけ引っ張られて壁から剥がされた私は、顔面から床に落っこちたのだった。
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「なるほど、料理教室か… 良いんじゃないかな? 故郷の話を聞いた限りじゃ、ロザミアに住んだ方が良さそうだしな」
私の提案を聞いたミラーナさんが賛成すると、ミリアさん、モーリィさん、ライザさんの3人もコクリと頷く。
「でも… エリカちゃんにも言ったけど、教室を開く程の料理じゃないと思うんだけど…」
「それじゃあ、実際に作ってみたらどうですか? それを私達で試食して、教えるのに適した料理と適さない料理を選別しましょう。で、適した料理だけを教えるって事でどうですか?」
不安そうなルディアさんだったが、私の意見に納得したのか商店街へと向かって行った。
しばらくして帰ってきたルディアさんは、何種類かの魚と野菜をキッチンへと運び込む。
「じゃあ、まずは定番の魚料理から作るわね? 簡単だから、一度見れば覚えられるわ」
言って料理を始めるルディアさん。
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ルディアさんは醤油と水を1:1で張った鍋を火に掛け、沸騰したところで大量の塩を溶かしてから魚をブチ込んだ。
あ~… 暑い国だからなぁ…
やっぱ、そうなるか…
塩分不足を補う為の調理法なんだろうが、それは酷暑の所為で大量の汗を掻き、塩分が不足しがちなムルディア公国での話。
暑い日でも気温が35℃に届かない日が殆どのイルモア王国では、ルディアさんの料理は塩分の過剰摂取になるのは間違い無い。
塩分の取り過ぎは高血圧や腎臓病、心臓病、脳卒中などの遠因になる。
逆に、大量の汗を掻いても水の様な塩分を含まない飲料だけを摂取してばかりの場合、身体の塩分が不足する事でも様々な悪影響を及ぼす。
塩分は取り過ぎても取らなさ過ぎてもダメなのだ。
ま、なんでも程々が一番って事だな。
それはともかく、完成したルディアさんの料理を見てみると…
塩と醤油で煮込んだ魚を中心にして、周りにを色とりどりの野菜が囲んでいる物で、見た目は美味しそうに出来上がっている。
もっとも、その野菜も全てが大量の塩を溶かしたスープで茹でられているのだが…
どう考えてもしょっぱいだけだろ…
いや、塩辛いだけかも知れない…
絶対に料理教室で教えてはダメな調理法だろうな…
ルディアさんの料理を楽しみにしていたミラーナさん達だったが、一口食べただけで、あまりの塩辛さに悶絶したのだった。
ちなみにルディアさんの調理を見ていた私だけは、ルディアさんの料理を食べずに被害を免れていた。
もっとも、ルディアさんの料理を食べた5人は、私が想像を絶する程に塩辛い事を予測しておきながら黙っていた事に激怒。
全員から全力のハリセン・チョップを食らわされ、中央広場を飛び越えギルドまで吹っ飛ばされたのだった。