第172話 ルディアさんの過去、ミラーナさんの祖先、そして私は壁にめり込みました…
「くしゅんっ!」
「ルディアさん、風邪ですか?」
くしゃみをするルディアさんに、アリアさんが心配そうに尋ねる。
「風邪と言うより、ちょっと寒いかな? 昨日までは気にする余裕が無かったから分からなかったけど、この国ってムルディア公国より気温が低いみたいね…」
あぁ…
ムルディア公国って、結構南の方みたいだからな。
太陽の角度から推測すると、イルモア王国の緯度は地球の日本と同じ様な感じだろう。
地球の地軸の傾きは約23.4度だが、季節の移り変わりが地球──日本──に比べて緩やかな処をみると、この惑星の地軸の傾きは地球より浅いんだろう。
15度~20度の間って感じだろうか?
ムルディア公国はチュリジナム皇国を抜けて、更に南に馬車で3ヶ月って事だから、もしかしたら赤道直下の国かな?
そこまで行かなくても、赤道に近いのかも知れない。
正確な地図や地球儀… と言うか、惑星儀(?)が無いから何とも言えないけど…
「ルディアさんの国… ムルディア公国って、イルモア王国より暖かいんですか?」
「う~ん… 暖かいって言うより暑い国よね。世の中には季節って言うのが在るって聞いた事があるけど、それが何なのか解らないのよ。何しろ一年中暑い国だから…」
ロザミア… と言うかイルモア王国では初夏なのだが、それでも寒いと感じるって…
いや、地球より地軸の傾きが緩ければ、赤道付近は一年を通じて酷暑だろう。
涼しい日でも猛暑ってトコか…
ちなみに猛暑とは気温が摂氏35℃以上、酷暑とは摂氏40℃以上になる事を指す。
そんな気候に慣れた者にとって、35℃を超える日が滅多に無いイルモア王国を寒く感じるのも無理はない。
「じゃ、私から提案です。1つは私の魔法でイルモア王国の気候が普通に感じる様にする。もう1つは厚着をして寒さを凌ぐ。どちらかですね」
私の提案に、ルディアさんは首を傾げる。
「それって… 何か違いがあるんですか? 私には解りませんが…」
ルディアさんの困惑を察したのか、アリアさんが質問してくる。
「簡単に言えば、イルモア王国に永住するなら魔法で順応させる。ムルディア公国に帰るなら、一時凌ぎで厚着をするって事です」
ルディアさんは、望んでイルモア王国に来たワケではないからな。
いつもの調子で海で遊んでたら、たまたま流されてイルモア王国に来ただけだし…
どちらを選ぶかはルディアさん次第。
そりゃ、魔法で気候に慣れさせても、帰国する際に元に戻すって方法もあるけど…
それを言っちゃ、ルディアさんが永住したいのか帰国したいのか、本音が聞けないと思うんだよね。
「そう言われると迷うわねぇ… ムルディア公国… と言うか、レナルに戻っても何も変わらないし… こっちに永住した方が良いとも思えるのよね…」
「変わらないって、ど~ゆ~事だい? 普通なら帰りたいって思うんじゃないのか?」
「そうよねぇ… 普通なら故郷に帰りたいって思えるんじゃないかしら? ロザミアが故郷の私が言うのも何だけど…」
「ボク、故郷が何処なのか判らなくなっちゃったから、何とも言えないなぁ…」
「楽しけりゃ、何処でも同じだと思うけどねぇ♪」
1日の仕事を終え、帰宅したミラーナさん達が口々に言う。
「毎朝、日が昇る前に起きて漁の準備を手伝う… それが終わると、夜に漁に出てる男達が戻ってくるから朝市を開く… それが終わる頃、朝から漁に出た男達が帰ってくるから昼食を作ってから市を開く… 市が終わったら夕食の準備… 夕食を食べたら身体を洗って寝る… で、また日が昇る前に起きて漁の準備を手伝う… それの繰り返しなのよね…」
うわぁ…
何の変化も無い同じ毎日の繰り返し…
そりゃ迷うわ…
こっちに永住した方がマシとしか思えんな…
いや、ルディアさんは望んでロザミアに来たワケじゃないからな…
それに、家族も居るだろうし…
「そんな毎日じゃ辛いだけだろ? 今すぐ決めろとは言わないけどさ、ロザミアに永住する事も考えてみちゃどうだい?」
「う~ん… 考えてみても良いかなぁ…? この街の人って、私みたいな黒人を見ても普通に接してくれるし…」
…やっぱり異世界でも、人種差別みたいなのが在るのかな?
私からすれば、バカバカしい事なんだけどなぁ…
「何か嫌な経験でも?」
「聞いちゃ悪い気もするけど、聞きたいかな?」
ミリアさんとモーリィさんは興味津々の様だ。
「捕れた魚を売りに近くの街まで行く事も多いんだけど、その街は白人が大部分を占めていてね… 黒人は街の片隅に追いやられてる感じなのよね… 私達が露店を出す場所も、良い場所は白人が占領してて、隅っこの方しか使わせて貰えないのよ…」
元の世界と同じだな…
私の居た時代はマシになってるが、ほんの半世紀ぐらい前までは有色人種への差別は当たり前だったし…
もっとも、マシになっただけで有色人種への差別が無くなったワケではない。
飽くまでもマシになっただけに過ぎないんだけど。
「それって… 噂に聞く人種差別ってヤツかしら? 何度か聞いた事はあるけど、本当に在ったのね…」
「気分悪いよねぇ~… 何で肌の色で差別するのか理解に苦しむけど…」
ミリアさんとモーリィさんの表情が曇る。
うん、気持ちは解るぞ。
「そう言えば、ハングリル王国とかチュリジナム皇国に行った事のあるエルフに聞いたんですけど… エルフってだけで差別されたって言ってましたね… ハングリル王国での差別は、チュリジナム皇国に比べると遥かにマシなんですけど… チュリジナム皇国の影響を大きく受けてる街は、かなり酷いとも…」
エルフも差別されるのか…
「まぁ、チュリジナム皇国は、エルフとは違う意味で排他的… と言うか、自国は世界中で一番優れてる国だって、何の根拠もなく思い込んでるって聞いた事がありますね。だから、他国や違う人種に差別的なのかと…」
続けてアリアさんが説明する。
「ボクは差別された事は無いなぁ… まぁ、人間の国ではドラゴンの姿じゃなく、人間形態だからだろうけど…」
当たり前だろ。
ライザさんの人間形態は普通の白人と何ら変わらないんだから…
「だったら戻っても嫌な思いをするだけだろ? ロザミアは… と言うより、イルモア王国に人種差別するバカは居ないしさ♪ さすがに黒人は少ないけど、有色人種は多いんだよ。これはイルモア王国が建国された時に、人種差別を禁止する政策を採ったからだな♪」
「それは初耳ですね。何か切っ掛けでもあったんですか?」
さすがに当事者ではないが、子孫であるミラーナさんなら何か知ってるかも知れないと思い、聞いてみる事にする。
「あぁ。今のイルモア王国を建国する際に、大きく貢献してくれたのが黒人を含めた有色人種だったらしいんだよ。それまで差別を受けていた有色人種が、新たに興る国に期待して粉骨砕身してくれた事に感謝の意を込めてって事らしいね。その話を聞いた時は感動したよ♪」
感動か…
有色人種としては、何も変わらないかも知れない新たな国を興す事に、協力する必要は無かった筈だ。
だが、もしかしたらと思いって一縷の望みを託しただけかも知れない。
結果は全てが好転した。
結果オーライ?
いや、国王となった人物が人種差別を嫌っていたんだろうな…
今となっては推測の域を出ないが、人種差別の無い国を造りたかったのかも知れない。
だからこそ、人種差別を禁止する政策を採ったんだろうな。
中世ヨーロッパ程度の文明の世界で、これは英断と言えるだろう。
「なるほど、そんな事が… それにしてもミラーナさん、詳しいのねぇ…?」
「あぁ、アタシにとっちゃ普通だけどね♪ 何しろ…」
ドヤ顔で話し始めるミラーナさんだが、そこへ私は口を挟む。
「こう見えてミラーナさんって、イルモア王国を建国した人の子孫… つまり、王族なんですよ。とてもそうは見えませんけどね… ちなみに私達の中では一番の歳下で、20歳だったりします♪ 第1王女って事で、態度はデカいんですけどねぇ♪ 本人は『王都を離れたら一介のハンターに過ぎない』って言ってますし、そもそも国が違うんですから遠慮は要りません。ルディアさんは4つも歳上なんですから、ミラーナさんじゃなくてミラーナちゃんって呼んでも…」
「喋り過ぎだぁあああああっ!」
ずどぱぁあああああんっ!!!!
めきぐしゃぁあああああっ!!!!
ミラーナさん渾身のハリセン──最近作った最新型──の一撃を食らって吹っ飛ばされた私は、壁に身体を半分以上めり込ませる事になったのだった。
ちょっと調子に乗り過ぎたな…