第169話 筋肉痛はツラいですねぇ♪
「お… 思ったより大変なのね、受け付けの仕事って…」
「だね… もっとラクなのかと思ってた…」
ミリアさんとモーリィさんがブー垂れる。
そんなワケ無いだろ。
前世での医院や病院とは違うんだから。
全てがマニュアル化されており、それに則って作業すれば一応は誰でも簡単に同じ事ができた前世とは違うんだから。
この世界は私が見てきた限り、前世の中世ヨーロッパ程度の文明。
マニュアル化されている事柄は殆ど無く、ホプキンス治療院も例外ではない。
受け付けで座ったまま患者を呼んだり、治療費を受け取れば良いだけの仕事ではないのだ。
いや、受け付けの仕事をディスってるワケではありませんよ?
「だよなぁ… 立ちっ放しだし、移動する距離も短いから脚が浮腫んじまうんだよなぁ…」
「殆ど歩かないって、結構ツラいんだね… 朝の部だけで脚がパンパンだよ…」
ミラーナさんがボヤき、ライザさんが同意する。
「まだ夜の部もありますから、覚悟して下さいね? ちなみにですけど、私とアリアさんも座りっ放しで腰がキツいんですよ? 立ちっ放しがキツいのは理解しますけど、ず~っと座ってるのもツラいんですからね?」
私がニッコリ笑って言うと、4人は表情をひきつらせて萎縮する。
何故だ…?
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「キツかったよぉ~… なんで立ってるだけなのに脚がパンパンになるのよぉ~…」
「私もだよぉ~… 脚が浮腫んじゃって、歩くのもツラいよぉ~…」
1日の仕事が終わり、リビングに上がるとミリアさんとモーリィさんはソファーに座って脚を揉み始める。
「エリカちゃ~ん… 脚の治療、頼めるかな…? 脹脛の筋肉が痙攣しそうなんだよ…」
「ボクも~… 歩いたり走ったりして脚を酷使するのは慣れてるけど、立ちっ放しは慣れてないからさぁ…」
ミラーナさんとライザさんもツラそうだ。
脚… 特に脹脛の筋肉──腓腹筋──は、第2の心臓とも呼ばれている。
脹脛の筋肉は、下半身の血液を上半身に循環させるポンプの役割を果たしているのだが…
それは飽くまでも歩いたり走ったりして、脚を動かしている時だ。
立ったまま動かなければ、腓腹筋がポンプとして機能しないので血液が下半身に溜まり、脚が浮腫んでしまう。
とりあえず私は4人の脚を魔法で治療し、脚が浮腫まない方法を教えておく。
「適度に屈伸運動するだけで、かなり違いますよ? 要は脹脛の筋肉を動かして、下半身に溜まった血液を上半身に送れば良いんです」
「…それだけで良いの? なんだか拍子抜けなんだけど…」
首を傾げるミリアさん。
いや、4人全員が首を傾げてるな…
「まぁ、機会があったら試して下さい。それだけで私の治療を受けなくても済みますよ?」
信じられないと言った表情の4人。
だが、その機会はすぐに訪れた。
ロザミアでは珍しい事に、翌日も雨だったのだ。
「あらら… 2日続けて雨なんて… でも、これで私の言った事が証明出来ますね♪ 昨日に引き続き、今日も治療院の手伝い、お願いします♪ 私が言った通り、適度に屈伸運動して下さい。昨日との違いを実感できますよ?」
私が言った通り、4人は受け付けの合間に屈伸運動を試していた。
そして朝の部の診療が終わり、リビングで昼食を摂る。
「ホント、昨日より全然ラクだよ。たかが屈伸運動で、ここまで違うとはなぁ…」
「ですよねぇ… 全く浮腫んだ感じがしないわ…」
「こんなに違うんなら、もっと早く教えて欲しかったなぁ…」
「ホントだよぉ… ボク、一番長く生きてるのに何も知らなかったって実感してるよぉ…」
口々に言う4人。
でもまぁ、私も全てを知ってるワケじゃない。
人の身体には未知の部分も多いんだから。
それでも知ってる事だけは教えられるからな。
それが役に立つなら、知ってる価値があるってモンだ♪
「まだ夜の部もありますからね? 適度に屈伸運動していれば、昨日に比べてかなりマシな筈ですからね♪」
「「「「はぁ~い♪」」」」
と、4人はニッコリ笑って返事したのだった。
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翌日は朝から快晴。
2日振りにミラーナさん達がハンターとして動けると思ったのだが…
「エリカちゃ~ん… 脚ィ~… 筋肉痛で痛いんだけどぉ~…」
「私も~… なんでこんな事になっちゃったの~…?」
「あたたたた… 私もだよぉ… 昨夜は何とも無かったのにぃ~…」
「ちょっ… 皆、待ってよぉ~… ボク、膝がガクガクで階段を降りるのがツラいんだから~…」
4人共、脚の筋肉痛で満足に歩けなくなっていた。
「…皆さんに聞きたいんですけど、何回ぐらい屈伸運動したんですか…?」
言われて4人は考え始め…
「アタシは2000回ぐらい… かな…? 患者を呼びに行って、次の患者を呼びに行く順番まで屈伸してた様な…」
「私は1000回ぐらい…? ミラーナさん程にはやってなかったと思うけど…」
「私もミリアと同じ感じかな…?」
「ボクは… 1500回ぐらいかな…?」
私とアリアさんは、思わず顔を見合せて溜め息を吐く。
「やり過ぎですよ… 適度にって言ったでしょう? 患者さんを呼びに行く度に屈伸する必要は無いんですよ? 脚がツラいと思った時に屈伸すれば良いんですから…」
「「「「先に言ってよぉ~…」」」」
言わなくても理解しろよ…
少しは考えて行動しろ、頼むから…
お前等全員、脳筋か…
すぱぱぱぱぁああああああああんっ!!!!
「あ痛ぁっ!」
思った瞬間、4人からのハリセンが私の脳天を直撃する。
…が、筋肉痛で脚に力が入らないからか、いつもに比べて威力がない。
てか、やっぱり…?
「エリカさん… 相変わらず口に出てましたよ…?」
アリアさんが苦笑しながら呟く。
やっぱりか…
治らんな、思った事を口に出すクセは…
その後、私は4人の筋肉痛を治してからアリアさんと治療院を開ける準備。
ミラーナさんとライザさんは朝食を作り、ミリアさんとモーリィさんはギルドに依頼を求めて出ていった。
早く行かないと、良い依頼は他のパーティーに取られるらしい。
朝食の準備が調った頃、ミリアさんとモーリィさんがホクホク顔で治療院に戻ってくる。
「良い依頼、有ったかい? …って、2人の表情を見ると、聞くまでもないかな?」
ミラーナさんが椅子に座りながら聞く。
「勿論♪ ミラーナさん、暴れられるよ♪」
「オーガが30~35匹ぐらいで大森林を徘徊してるのを討伐して欲しいんですって♪ 他のパーティーはビビって依頼を受けたがらないから、簡単に受注できましたよ♪」
30~35匹のオーガを討伐って…
そりゃ、並のパーティーじゃ不可能だろうから、依頼を受けたがらないのも無理はないかな…?
それを嬉々として受けてくるミリアさんとモーリィさんの神経を疑うが…
ミラーナさん達のパーティーは並じゃないからなぁ…
並のパーティーとミラーナさん達のパーティーを比べるのは、並のパーティーには申し訳無いが…
いや、むしろミラーナさん達のパーティーと対峙するオーガの群れに同情するな…
が、ミラーナさんの作った朝食で宇宙を遊泳している幻覚を見た私は、それ以上の事は何も考えられなかったのだった。
ちなみにミラーナさん一行はアッサリ過ぎる程アッサリとオーガの群れを討伐し、意気揚々と治療院に戻ってきた。
が、筋肉痛のダメージが残っていたのか、その日の夜は4人全員が更なる筋肉痛に悩まされたのだった。
ちなみに私は時間外労働って事で、筋肉痛に苦しむ4人を無視して寝ました♪