第168話 最後は金で解決… って、なんでやねん!
「エリカちゃ~ん… いくら何でも、あれは酷いんじゃないかなぁ…?」
夕食を食べながらライザさんがブー垂れる。
「…あれって?」
「ミラーナさんから聞いたんだけどさ、ハリセンで失神したボクの頭を何度も踏み付けてたって…」
あぁ、その事か…
「そもそもの原因はライザさんじゃないですか? 10000mを超える高さから、殆ど真っ逆さまに全力で急降下したでしょ? ライザさんは慣れてるかも知れませんけど、背中に乗ってる私がどれだけ怖かったか…」
その話を初めて聞いたアリアさん、ミリアさん、モーリィさんの3人は、顔面蒼白になっていた。
「い… 10000mを超える高さから…?」
「殆ど真っ逆さまって…」
「それも… 全力で急降下…?」
「聞くだけで怖いでしょ? 実際に体験した私の恐怖、理解して貰えます?」
3人は全力でコクコクと頷いていた。
「ちなみにだけどさ… ライザちゃんの全力って、どの程度の早さなんだ?」
あまり私の恐怖を理解してなさそうなミラーナさんが、のほほんとした感じで聞く。
後でシバこうかな…?
「全力で飛んだら、ロザミアからヴィランまで4時間ってトコだよね。前にエリカちゃんの使いで行ったでしょ? 朝食を食べてから出発して、昼過ぎには上空に着いたからね。ドラゴンの姿を見られない様に離れた所に降りて、そこから歩いて… 門までの距離を間違えたから、門に着いた時には日が暮れかかってたけど…」
方向音痴なだけじゃなく、距離感も鈍かったんかい…
てか、馬車で走り続けて10日の距離を僅か4時間程度で?
私の体感だと、馬車の速度は時速にして10㎞前後。
王都までは単純計算で2400㎞前後。
実際には途中で馬を休憩させるから、もっと距離は短くなる。
それを考えると、本当の距離は1500~2000㎞ってトコだろう。
て事は、ライザさんの飛ぶ速度は時速350~500㎞って事になる。
さすがに音速は超えないが、仮に時速500㎞で急降下されていたとしたら…
いや、急降下に限らず、そんな速度で飛ばれたら誰でも失神するやろ!
10000m上空からでも、時速500㎞なら20秒で地面やんか!
「ライザさん… エリカさんに頭を踏まれるの、当然だと思います…」
「だよなぁ… アタシだって、そんな事されたら…」
アリアさんとミラーナさんの言葉に、ミリアさんとモーリィさんがコクコクと頷く。
「ドラゴンにとって普通でも、人間には普通じゃないって事か…」
当たり前だろうが…
ドラゴンの普通と人間の普通を一緒だと思うなよ?
それに…
「ライザさんは自分で飛べるから何とも思わないんですよ。もし自分が飛べなくて、10000m以上の高度から真っ逆さまに落ちたらって考えてみて下さい」
私が言うとライザさんは目を閉じ、腕を組んで考え始める。
「う~ん…」
待つ事しばし…
そんなに考える事かな?
まぁ、飛べる人──ドラゴン──に飛べない人の気持ちは理解し難いのかも知れないけど…
………………………………………………
「寝るなぁっ!」
すぱぁあああああああんっ!!!!
コクリコクリし始めたライザさんをハリセンで叩き起こす。
「ぅえっ!? ボク、寝てた!?」
「「「「「しっかりと」」」」」
全員の声がハモる。
いつでも何処でも眠れるんだな、こいつ…
まぁ、飛んでても眠れるヤツだからな…
「相変わらずマイペースですねぇ… まぁ、それがライザさんなんですけど」
「そ… そうかな? ボクって、そんなにマイペースかな?」
自覚しろ、頼むから…
そんなやり取りをしながらも全員が夕食を終え、風呂に入って就寝したのだった。
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翌日は朝から生憎の雨だった。
「あらら… 珍しいですねぇ… ロザミアって、滅多に雨は降らないんですけどねぇ…」
私がロザミアに来て5年近くになるが、雨天だったのは数日しか記憶に無い。
「だよなぁ… 王都より北の方は、よく降るんだけどな…」
「そうなんですか? って、王都より北って…?」
ミラーナさんは頷き、説明を始める。
「イルモア王国での話だけどな。お陰でヴィランの北に在る湖は、常に水が潤沢なんだよ。その水が流れて来るのがロザミア近くの川だな」
だから雨の少ないロザミアでも水に困らないんだな…
「その巨大な湖の恩恵を受けているのがイルモア王国の南半分だな。湖の北には山脈が在って、その向こうには小さい湖が点在しているらしい。行った事が無いから詳しくは知らないんだけどさ」
「5つの湖から川が流れてるんです。その内の1つが、私の故郷の方に流れてますね」
アリアさんが朝食を運びながら捕捉する。
「アリアさんの故郷って、確か森の中の集落… でしたっけ?」
「はい、北西に隣接しているラファネル王国との国境近くの森に在る集落ですね。森の中にも川が流れ込んでるので、よく川魚を捕って食べてましたね」
やっぱり銛で突いて捕ってたんだろうか…?
この世界に来てから、釣り竿って見た事がないからなぁ…
もしかして、釣り竿や釣り針なんかを作ったら私の発明品として…
「私も子供の頃は、お父さんと一緒に魚釣りを楽しみましたね♪ 小さい頃はエサの虫が怖くて針に付けられなかったり、魚の引きに負けて釣り竿を川に流しちゃったり… 懐かしいですねぇ…♪」
あ、釣り竿も釣り針も在ったんですね?
「アリアさんは普通に肉を食べるから魚も食べるんですよねぇ? 他のエルフの皆さんは…?」
「半々ぐらいですかね? 脚の有無で食べる食べないを判断してるエルフが、更に半数ってトコでしょうか?」
なんか仏教伝来以降の日本人みたいだな…
「私に言わせれば、タンパク質を摂取する為にも獣肉や鶏肉を食べて欲しいんですけどねぇ… 勿論、豆類で植物性タンパク質は摂取できますけど… 体力的な事や健康面を考えると、植物性タンパク質だけじゃなく、動物性タンパク質の摂取も推奨したいんですけど…」
「エリカさんの言う事は理解できますけど… エルフって、頑固な人が多いんですよねぇ… 排他的なエルフが多い事は前に言いましたが、昔からの慣習から抜け出せない… そんなエルフが多いのも事実なんですよね…」
ますます昔の日本人を彷彿とさせるな…
明治維新の頃も昔ながらの慣習から抜け出せない日本人は多かったって聞くし…
事実かどうかは知らんけど。
「エルフの生活習慣って、私達が思ってたより複雑なのねぇ…」
「それより今日はハンターとしての依頼、無さそうじゃない? 特に屋外の依頼なんてさ…」
窓から外の様子を見ながらミリアさんとモーリィさんが呟く。
「だよねぇ… 朝食を食べたら、昼食まで寝てようかな? ボク、まだ眠いし…」
ライザさん…
あんた、ちょっと目を離すと寝てると思うけど、まだ寝れるんかい…
「ハンターの依頼… 仕事が無い時は、治療院の仕事を手伝って下さい。受け付けとか治療費の受け取りとか… 皆さんが思ってるより、私とアリアさんの仕事は忙しいんですからね」
「エリカさんの言う通りですよぉ… 患者さんを呼んで、病状や怪我の状況を聞いて治療を施して、注意を促して治療費を受け取って、また患者さんを呼んで… それの繰り返しなんですから…」
体力的にも魔力的にも疲れるのは当然だけど…
精神的にも疲れる仕事だからな…
雨でハンターとしての仕事が無い時ぐらい、手伝っても罰は当たらないだろ。
「えぇ~… 今日は休めると思ったのにぃ~…」
ミラーナさん…
あんた、体力あり余ってるだろ…
「エリカちゃんって、仕事の奴隷…?」
ミリアさんが言う。
違うわ!
好きでやってんだから奴隷ぢゃないわい!
「どっちかって言うと、仕事の虫… 仕事の鬼じゃん? 自分の事より患者さんの事ばかり考えてるみたいだしさ」
モーリィさんの意見は、ある意味で的を射てるかな?
確かに私は患者第一主義だし…
「ボク、寝たいよぉ… 昨夜、雨の匂いを感じてさ… 今日は朝から雨だって思ってたから、夜更かししたんだよぉ…」
ライザさん…
夜更かししたの、あんたの勝手で私に責任は無いからね?
「仕方ありませんね… じゃあ今日は治療院を手伝ってくれたら、報酬として小金貨1枚…」
「「「「手伝うっ!」」」」
金で釣られるんかい、テメー等…