第166話 ワイルド・ウルフの魔獣暴走は抑えられたかな?
ミリアさんとモーリィさんがロザミアに戻ってきた翌朝、まだ疲れが残ってる2人に回復魔法を掛ける。
「ふわぁ~… やっぱりエリカちゃんの回復魔法は効くわねぇ…」
「ホ~ント、まだ残ってた疲れが一気に吹っ飛んじゃった♪」
効くと言うより、完全に回復させてるかさせてないかの違いだろうな。
全ての魔法医がそうだとは言わないが、中には数を熟す為に完全に回復させない魔法医も多いと聞く。
要するに手抜きだな…
まぁ、魔力を無制限で使える私は手抜きする必要も無いし、したくない。
まぁ、それはともかく…
「疲れが取れたのなら良かったです。ところで、魔獣暴走を抑制する作戦の伝達の方はどんな感じですか?」
「アタシの方は問題無いよ。フィクセルバートを中心に、ルグドワルド侯爵が私設軍で作戦を実行してくれる事になった」
ふむ… ルグドワルド侯爵の私設軍が動くなら、フィクセルバートと周辺の街は大丈夫そうかな?
「私の方も大丈夫♪ ベルナールを中心に、アーガス伯爵様が対応してくれるって♪」
聞き覚えの無い名前だな…
いや、前の戦の時にも居たんだろうし、王都で挨拶攻めに遇ってた時にも居たんだろうけど…
さすがに全ての人の名前まで覚えてないからなぁ…
「私の方もだよ♪ タルキーニを中心に、フェルニック子爵様が対応してくれるって♪」
あ、これは覚えてる。
チュリジナム皇国との戦の時に、負傷兵を連れてきた人だ。
本人の怪我が一番酷かったから覚えてるんだよ。
そうか、元気で居てくれて良かった良かった♪
「対応する範囲は大丈夫ですか? 少なくとも、仮に魔獣暴走が起きた場合の各街への被害が…」
「それなら心配ないよ。ロザミア、フィクセルバート、ベルナール、タルキーニ… これらの街を中心に今回の作戦を遂行すれば、魔獣暴走は抑えられるだろうね。問題は大森林の北だけど…」
ニュールンブリンクの大森林の北と言えば…
「北なら大丈夫だと思います。ライザさんに頼んで王都に魔獣暴走の可能性と対処法を伝えて貰いましたから」
ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんの3人は、一斉にライザさんを見て…
「ライザちゃん、王都まで1人で行けたのか!?」
驚愕の表情を浮かべるミラーナさん。
おいおい…
「なんで1人で行けるの…?」
「そうだよ… 致命的な方向音痴なのに、なんで…?」
ミリアさん、モーリィさん…
あんた等もかい…
「エリカさんが魔法で行ける様にしたんですよ。引き留められた場合はともかく、王都まで一直線に行って戻ってくる魔法を掛けたんです。だから致命的な方向音痴のライザさんでも往復できたんですよ。しっかり引き留められて、エリカさんにはお馴染みのお風呂攻撃を食らったみたいですけど」
「「「あぁ~…」」」
アリアさんの説明に、3人は脱力して納得したのだった。
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「…とまぁ、これが国王陛下からの返事なんだよね…」
ようやく全員が揃い、落ち着いたところでライザさんから国王陛下の返事を聞いた。
当然の如く、テーブルに突っ伏すミラーナさん。
頭から煙が出ている様に見えるのは気の所為だろうか?
もっとも、私もテーブルに突っ伏したい気分なんだが…
「なんでワイルド・ウルフの魔獣暴走より、アタシの暴走を気にしてんだよ…」
「なんで私がミラーナさんを監視しなきゃいけないんですか…」
そこまで言って、私はある事を思い出した。
「そう言えばミラーナさん… ハングリル軍やチュリジナム軍と戦った時、マインバーグ伯爵様がミラーナさんの暴走を気にしてましたよね? 過去に暴走した事、あるんですか?」
「そんな事あるワケ…! いや… 無いとは言えないかも…」
身に覚えがあるんかい…
「確か… 12歳頃の模擬戦で、やたらと苦戦したんだよ… 味方の不甲斐無さにイライラしちゃってさ… 暴走した覚えは無いんだけど、気付いたら勝ってたんだよね。ただ、勝つまでの記憶が無いんだよ…」
それが暴走したって事なんじゃ…
「まぁ、かなりギリギリの勝利だったな。アタシ1人だけが残ってたからさ」
それが敵も味方も見境無く叩きのめした結果って事なんじゃ…
「それが… 暴走したって事なのかな…? やたらと皆がオロオロしてたけど…」
こりゃ、マインバーグ伯爵に詳しく話を聞かせて貰わなきゃだな。
さすがにメリルマート──マインバーグ伯爵領──もワイルド・ウルフ討伐で忙しいだろうから、しばらく顔を合わせる機会は無さそうだけど…
「…まさかと思いますけど、真剣を使っての模擬戦じゃありませんよね?」
答えは何となく判っているのだが、面白そうなので聞いてみる。
「そんなワケ無いだろ… 真剣を使って暴走してたんなら、それこそ死屍累々だよ…」
それはそれで恐ろしいな…
「模擬戦なんだから木剣を使うんだよ。だから誰も死んでないよ。それでも殆どの連中が骨折とかの重傷だったけど…」
やり過ぎだろ…
いや、暴走してたんなら何も考えてないか…
それにしても、1人だけが残ってたって事は、やっぱり敵も味方も関係無しに襲い掛かったって事だよな…
そりゃ、国王陛下や貴族達がミラーナさんの暴走を恐れるワケだよ…
て言うか、マインバーグ伯爵に聞くまでもなかった様な…
かくして全ての謎(?)が解けた私は、スッキリした気分で治療院の仕事を…
って、スッキリするワケ無ぇだろ…
改めてミラーナさんを暴走させるワケにいかないと確信しただけだよ…
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「ご馳走さま~♪ なんか、久し振りにゆったりとした食事って感じだわぁ…」
「ホント、ホント♪ 1ヶ月以上も連絡役で走り回ってたから、携帯食料ぐらいしか口にしてなかったモンねぇ♪」
今日の夕食はミリアさんとモーリィさんのリクエストで、大盛りのミートソース・スパゲティを作ったのだが…
2人は口の周りをミートソースでベタベタに染めながら、至福の表情を浮かべている。
…はて?
携帯食料って、1ヶ月以上も食べられる程の量は無かったと思うけど…
通常、ハンターの依頼遂行の時の食事は現地調達が基本。
長期に渡って拠点を離れる時は食料を携帯する事もあるが、大抵は数日分しか持たない。
荷物になるし、重くなるし、更には野宿の際に匂いで野生動物や魔獣を引き寄せて襲われたりと、メリットよりデメリットの方が大きい。
野宿する場所にも由るけど…
…て事は、2人が連絡役で走り回ってた時って…
「そうなのよ~… 大森林で野宿してたら、しょっちゅう襲われたのよ~… だから、勿体無いけど捨てちゃったのよね… その後は食べられる野草を採ったり、小動物を狩ったりしながら… 大変だったのよ~!」
「私も似た様なモンだよねぇ… マトモな食事なんて、無かったんじゃないかな…? とにかく適当な山菜を採っては齧りながら走ってた記憶しかないよねぇ…」
御愁傷様です…
てか、3人には体力増強、スピードアップ、睡眠不要、飲食不要の魔法を掛けた筈なんだけど…
即効で忘れやがったな?
それでも3人のお陰でワイルド・ウルフの魔獣暴走が抑えられそうなんだから、苦労は報われるんじゃないかな?
これで抑えられなかったら、文字通り骨折り損のくたびれ儲けってヤツだけど…
私には、そうならない事を祈るしかできなけどね…
その祈りが届いたのか、十数日後にはワイルド・ウルフの魔獣暴走の起きる可能性の極めて低くなった報告が各方面に伝えられたのだった。
これで一安心… かな?