第164話 ライザの王都滞在記
メイドに案内された客室で待つ様に言われたライザは、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。
すぐにでもロザミアに帰りたかったが、風呂で洗われまくって心身共に疲労困憊。
更に全力で飛行してきた事もあって、かなりの空腹である。
「お腹空いたなぁ… こんな事なら、飲まず食わずで飛んでくるんじゃなかったよ… 待てと言われた以上、待たなきゃダメだろうし… 街の食堂で何か食べて帰りたいんだけどなぁ…」
枕に顔を埋め、ブツブツ言うライザ。
コンコンコンッ
「エリカ様の使者様。食事の用意が調いましたので、食堂まで御案内させて頂きます」
「!?」
ライザはガバッとベッドから身を起こすと、一気にドアまで飛んで開け放つ。
ばぁああああああんっ!!!!
「食事!? 今、食事って言った!? …って、あれっ?」
そこには誰も居らず、静かな廊下が広がっているだけだった。
「誰も居ない… もしかして、気の所為だったのかな…? それとも、お腹が空き過ぎて幻聴でも聞こえたのかな…?」
溜め息を吐きつつドアを閉めようとすると、ドアノブが手からスルリと抜け…
バタァアアアン!
大きな音を立ててドアが倒れたのだった。
「えっ!? あれっ? 何で…?」
倒れたドアを見ると、その横で鼻血を出して気絶しているメイドが居た。
「えっ? えっ!?」
慌てるライザ。
「今の音は何ですか!?」
「使者様! 何があったんですか!?」
音を聞き付け、王宮に勤める衛兵が駆けてくる。
「こ… これは!?」
「使者様… 何を為さってるんですか…」
「いや! ボクは何も! 何もしてません! 信じて下さい!」
慌てて言い繕おうとするが、何を言えば良いのか解らないライザ。
その様子に衛兵の1人は溜め息を吐きつつ…
「使者様… このドアは部屋の中に開く内開き仕様です。部屋の外に向かって開けば、当然こうなります…」
「あ…………」
その後しばらくして意識を取り戻したメイドに、ライザは土下座して謝り倒したのだった。
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「あらあら… そんな事があったんですのね? 使者さんって、慌てん坊ですのね♪」
「………………………」
案内されて食堂に来てみれば、そこには国王一家が勢揃いしていた。
王妃から話し掛けられるが、ガチガチに緊張しているライザは何と言えば良いか分からないでいた。
「随分と緊張しておる様だな、使者殿。以前、エリカ殿やミラーナの友人が訪れた時にも言ったのだが、余は国王という立場なだけの普通の人間なのだよ。貴殿と同じくな」
国王の言葉に、ライザは目を丸くし…
「へっ? いや… ボクは人間じゃないんですけど…」
「人間じゃない!? では使者殿、貴殿は…?」
今度は国王が目を丸くする。
「それより、アインベルグ… まだ使者殿の名前すら伺っておらんぞ? いつまでも使者さんとか使者殿などと呼んでいては、失礼ではないか?」
何故か同席しているサルバドール・フォン・ランジェス大公──イルモア王国の宰相であり、国王の腹違いの兄──の言葉に、国王以外の全員が頷く。
「そ… そうでしたな、兄上… では、改めて使者殿の名を伺おう。それと、人間ではないとの事だが…?」
「ハ… ハイッ! ボクの名前はライザって言いまふ! 今は人間の姿れすが、本当はドラゴンなんれふ!」
緊張で噛みまくるライザ。
そんなライザを見て、テーブルに突っ伏して笑う王妃。
「お母様の笑いのツボが解りませんわ…」
首を傾げるロザンヌ。
「もしかして… お母様の普段のギャグが笑えないのって、お母様の笑いの沸点が低過ぎるのが原因とか…?」
ロザンヌとは逆に、冷静に分析をするキャサリン。
「僕も最近、母上のギャグに笑えなくなってきたんですよね… エリカお姉ちゃんとミラーナ姉上のドツき漫才の方が面白くて…」
エリカやミラーナが聞いたら絶叫しそうな事を言うフェルナンド。
その隣では、話をよく理解していないローランドが首を傾げている。
「えぇっとぉ~… ボクはどうしたら良いんですかね…?」
助けを求める様に国王とランジェス大公を見るライザ。
「こ… この際だから、ドラゴンの姿を見せては貰えまいか? 兄上、どうですかな?」
「う… うむ、そうだな… ライザ殿、貴殿さえ良ければドラゴンの姿を見せて頂けるかな?」
特に良い案も浮かばず、殆ど思い付きで提案する2人。
「そ… そんな事で良ければ♪」
言ってライザはドラゴンの姿に戻り…
天井を突き破って食堂を破壊したのだった。
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「ごめんなさい! ごめんなさい! お願いだから死罪だけは勘弁して下さいっ!」
自身が不老不死なのも忘れ、土下座して謝り倒すライザ。
「ライザ殿、そんなに謝る必要は無い。元はと言えば、余が提案した事なのだ。宰相である兄上も同意したのだし、責任があるとすれば我々の方だ」
「国王の言う通り、此度の事は我々に責任があります。ですのでライザ殿、貴殿が気にする事は何も無いですぞ? なにしろ、我々の誰もがドラゴンの大きさを知らなかったのですからな」
2人の言葉に心の底からホッとするライザ。
「そう言って貰えて良かったです… ボク、もう生きた心地がしなかったですから…」
ライザの言葉に2人は顔を見合せ…
「いや、こう言っては何だが… ミラーナの友人である貴殿を処分などすれば、彼奴が暴走するのは目に見えておるからな…」
「だな… ミラーナが暴走すれば、食堂どころか王都が廃墟と化すかも知れんからな…」
(ミラーナさん… あんた、信用されてるのか信用されてないのか、どっちだよ…?)
思わずライザは心の中で呟いたのだった。
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ライザは困惑していた。
夕食の前、入浴は済ませた筈だった。
王妃様、キャサリン様、ロザンヌ様から全身を散々に洗われた筈だった。
なのに何故、また入浴してるのだろう?
そして、何故また3人から全身を洗われまくってるのだろう?
2時間程が経ち、与えられた自室に戻ったライザは疲労困憊で死んだ様に眠ったのだった。