第162話 私のトラウマに触れたら、逆にトラウマを植え付けますよ♪
私が示した方針──ワイルド・ウルフの雌を中心に討伐──が行われて数日。
まだまだロザミア近郊に限定される効果しか現れていない。
効果と言っても、単に雌の個体数が減少しているのが判る程度。
とは言え、全体の数を把握していないので、何%減少しているのかは判らない。
まぁ、ロザミア近郊ではワイルド・ウルフの集団自体が減少してるので、魔獣暴走が起きる可能性は低くなってきている。
「ある程度は落ち着いたんですかね? ロザミア近郊に限定されてるとは思いますけど…」
「それなりに落ち着いた様に思えますけど、前にミラーナさんが言ってましたよね? ミラーナさん達が討伐した範囲に他から流れ込んで来る可能性も否定できないって」
アリアさんは少し考え…
「…確かに言ってましたね。だとすると、まだまだ安心するのは早いって事ですね…」
ロザミアのハンター達の頑張りに加え、私の考えた案もあってか、随分と魔獣暴走が起きる可能性は低くなってきた様には思える。
だがそれは、飽くまでもロザミア近郊に限っての事。
広大なニュールンブリンクの大森林の一部に過ぎない。
その一部の範囲に増えたワイルド・ウルフが流れ込んでくる。
勿論、最初から流れ込むのを計算していたワケではなかった。
偶然なのか、本能か何かでロザミア近郊のワイルド・ウルフが減ったのを感知したのかは判らない。
だが、ゆっくりではあるものの、ニュールンブリンクの大森林全体のワイルド・ウルフが減ってきているのは確かな様だ。
勿論だが、順調に減っている範囲もあれば、そうでない地域もある。
ワイルド・ウルフが減っていない地域には、まだまだ魔獣暴走の危険性は大きいのだ。
「エリカちゃんの言う通りだな。大森林の中は、ワイルド・ウルフが少ない地域と多い地域があったよ。数日中にミリアさんとモーリィさんも戻ると思うけど、同様の感想を言うだろうね」
いつの間にか戻ってきていたミラーナさんが会話に加わる。
相変わらず気配を消してるのな…
「ミ… ミラーナさん!? いつの間に戻ってたんですか!?」
「たった今だよ。マークさんに報告しようと思ってね。それより、ワイルド・ウルフ討伐の方針が少し変わってるみたいだけど?」
驚くアリアさんの質問に淡々と答え、逆に質問してくるミラーナさん。
「あぁ… 私がワイルド・ウルフの繁殖を抑制する方法を考えてみたんですよ。繁殖を抑えられれば、魔獣暴走を起こす可能性が、この先も減るんじゃないかって」
「繁殖を抑制? どうやって?」
私は先日マークさんに説明した方法──雌だけを絶滅させない程度に討伐──をミラーナさんに話した。
すると…
「なるほど! 同じ事を普段の間引きでも行えば、ワイルド・ウルフの魔獣暴走は抑えられるな!」
あの~… ミラーナさん…?
「他の魔獣や魔物にも適用すれば完璧だよな! よしっ! 帰ってきたばっかりで疲れてるけど、ひと暴れしてやるか!」
言って走りだそうとしたミラーナさん。
いかんっ!
ミラーナさんに関わらせたら、雌を絶滅させかねない!
そんな事になったら、大森林の生態系が崩れる元になる!
そう考えた私は思わず叫んだ。
「ミラーナさん! ステイっ!!」
「わんっ!」
…………………………………………
しばし沈黙の時が流れる。
そして…
「…アタシは犬かぁっ!」
すぱぁああああああんっ!!!!
恥ずかしさで顔を真っ赤にしたミラーナさんのハリセンが、私の顔面に炸裂したのだった。
─────────────────
ミラーナさんがロザミアに戻って数日。
ようやくミリアさんとモーリィさんもロザミアに戻ってきた。
「なんでミラーナさんの方が先に戻ってるんですか…?」
「そうだよぉ~… 私やミリアの方が近い街だったのにぃ~…」
体力と速度が違い過ぎるんだろうな…
疲れてるのに悪いとは思うが、私は2人にワイルド・ウルフの雌を絶滅させない程度に討伐する方針を伝えた。
「ミラーナさんには伝えてあります。申し訳無いですが、その方針を改めて各街に伝えて貰えますか?」
「「えぇ~!? また走るのぉ~?」」
ハモってブー垂れるミリアさんとモーリィさん。
ふむ…
「なら、私の魔法で体力と速度を大幅にアップ。更に、眠らず飲まず食わずで走り続けられる様にしましょうか?」
3人は顔を見合せ…
「「「そんな事、できるの」」かい!?」
おいおい…
チュリジナム皇国との戦の後王都に行って、逃げ帰る(?)時に御者と馬に同じ魔法を掛けただろ…
私の言葉に3人は少し考え…
「そう言えば、掛けてたわよねぇ…」
「そんな事もあったよねぇ…」
ミリアさんとモーリィさん、思い出したみたいだな。
「そんな事、あったっけ…?」
ミラーナさん…
アンタには記憶力ってのが無いのかい?
すぱぁああああああんっ!!!!
「記憶力が無いんじゃなくて、覚えた事が多過ぎて思い出せないだけなんだよっ! って、前にもこんなやり取りした覚えがあるな…」
そ~ゆ~のは覚えてんだな、この女…
「それより気になってるんだけど、ライザちゃんは?」
「そうそう。連絡役になれなくてブー垂れてたけど、他のパーティーに参加してるとか?」
私とアリアさんは苦笑しながら上を指差し…
「「あれからフテ寝してます… 食事の時以外、ず~っと…」」
今度は私とアリアさんのセリフがハモった。
「「「おぉ~い…」」」
─────────────────
そして翌日、私は3人に体力増強、スピードアップ、睡眠不要、飲食不要の魔法を掛けて送り出した。
更にフテ寝していたライザさんを叩き起こし、ヴィランまでの連絡役を頼んだ。
「ボク、できるかな? 方向音痴を自覚しなさいって、ミリアさんとモーリィさんからハリセンを食らわされたし… 実際、致命的な方向音痴だし…」
「大丈夫ですよ♪ ヴィランまで一直線に行って、国王陛下に手紙を渡し、また一直線に帰ってくるだけの簡単な仕事です♪ 魔法を掛けて出来る様にしますから、安心して下さい♪」
「こっこっこっこっ、国王陛下!?」
ニワトリかよ…
「ぼぼぼぼぼ、ボクなんかに会ってくれるワケ無いんじゃない!?」
ライザさんは慌てふためいて、腕が奇妙な動きをする。
タコが踊ってるみたいだな…
「エリカ・ホプキンスの使いでロザミアから来たって言えば、会ってくれるかも知れませんよ? 少なくとも、城の門番に言って手紙を見せれば陛下に渡してくれる筈です。陛下と家族の皆さんには、懇意にして貰ってますから♪」
「そ… そうなの…? てか、エリカちゃんって、国王陛下とも知り合いなワケ?」
「まぁ、何と言うか… 魔法医としての活動が認められて王都に招聘されて以来、何故か気に入られちゃいましてね… 特に王妃様や子女の皆さんに…」
どんな風に気に入られてるかは言いたくないし、思い出したくもないんだけどな…
「エリカさん、王妃様や王女様達から凄~く気に入られてるみたいなんですよ♪ 何でも王都に行く度に、女性陣からお風呂に誘われて洗いまくられてるんだとか♪」
思い出したくないってモノローグで言っとるやろうがぁっ!
アリアさん! アンタも洗われてみるか!?
寄って集って抵抗できずに洗われるんだぞ!
相手は王族なんだから、下手に抵抗したら不敬罪になるかも知れないんだからな!
「エ… エリカさん… 目が怖いです…」
「アリアちゃん… もしかして、触れちゃいけない心の傷だったんじゃ…?」
私はアリアさんにツカツカツカッと詰め寄り、ガシッと彼女の腕を掴む。
「アリアさんも経験してみた方が良さそうですねぇ…? 勿論、ライザさんも手伝ってくれますよねぇ…?」
ニッコリと笑いながら話し掛ける私に、何故か怯えた表情の2人。
いや、そんな事はどうでも良いのだ。
「さぁ、行きましょうか♪ アリアさん、覚悟して下さいね♪」
「ど… 何処に連れて行くんですかっ!? それに、覚悟って何ですか!?」
私はズリズリとアリアさんを引き摺りながら笑顔で応える。
「何となく想像できるでしょう? お風呂で全身、隅々まで洗ってあげますからね♪ ライザさんはアリアさんが逃げない様、全力で押さえ付けて下さいね♪」
「エ… エリカさん! 待って下さいっ! ライザさん! エリカさんを止めて下さいよぉおおおおっ!」
涙目になりながら懇願するアリアさんを、私は有無を言わさず浴室へと引き摺って行く。
その後、ライザさんに押さえ付けられたアリアさんを、私は満足するまで3時間以上洗い続けたのだった。