第160話 ワイルド・ウルフの討伐はグダグダな感じで進んでます… よね…?
「ふぅ… 意外に手強かったな。ミリアさ~ん、モーリィさ~ん、ライザちゃ~ん、無事か~い?」
闇に向かってミラーナが声を掛ける。
「ミリアで~す。こっちは大丈夫ですよ~♪」
「モーリィで~す。こっちも大丈夫で~す♪」
ミリアとモーリィの明るい声が聞こえるが、ライザからの返事が無い。
やがて2人はミラーナと元へと歩いてくる。
3人は顔を見合せ…
「もしかして、ライザちゃんに何かあったんじゃ…」
「まさか… だってライザちゃん、ドラゴンだよ? いくらなんでもワイルド・ウルフ程度に…」
ミリアとモーリィの表情が曇る。
「いや、ちょっと待ってくれ」
言いつつ目を閉じ、辺りの気配を探るミラーナ。
そして、何かを感じたのか闇に向かって歩き出す。
その先には、地面に仰向けで横たわるライザの姿があった。
「「これは……………」」
その姿を見て肩を落とし、溜め息を吐くミリアとモーリィ。
ミラーナも肩を落として横たわるライザに近付き、ミリアとモーリィも後に続く。
そして…
「「「寝るなぁっ!!!!」」」
すぱぱぱぁああああああんっ!!!!
「うぇえええっ!? 何、何!?」
3人からのハリセン・チョップを顔面に食らい、飛び起きるライザ。
「何、何!? じゃないだろっ! 何を呑気に寝てんだよ!」
ミラーナの怒鳴り声に、辺りをキョロキョロと見回すライザ。
「あれっ? もしかしてボク、寝てた?」
全く緊張感の無いライザのセリフに、3人は再度大きな溜め息を吐いたのだった。
─────────────────
「何をやってんですか… て言うか、よくワイルド・ウルフ… だけじゃないですよね… 多くの魔獣や魔物が跋扈する様な場所で呑気に寝てられましたね…」
昼を少し過ぎた頃に戻ってきたミラーナさん達と、ギルドの食堂で昼食を食べながら夜番の出来事を聞いた私は、呆れながらライザさんに話し掛ける。
「う~ん… なんか知らないけど、ワイルド・ウルフ… だけじゃなくて、他の魔獣も魔物もボクの方に向かってこなかったんだよね… それに、ボクが近付くと逃げてくし… で、退屈だな~って思って座ってさ、そのまま寝ちゃったみたいなんだよね、あはは♪」
笑ってんぢゃねぇよ…
てか、魔獣や魔物が近付いてこなかった?
それってもしかして…
「ライザさん… 魔獣や魔物、もしかしたらライザさんの正体に気付いて近寄らなかったんじゃ…?」
「その可能性は考えられますね… 魔獣や魔物にも依りますけど、警戒心が強い種族って多いですから… ライザさんがドラゴンだって、本能的に察知したのかも知れませんね」
考えながらアリアさんが言う。
なるほど…
野生動物の勘ってヤツか…
動物じゃなくて魔獣とか魔物だけど。
人間は見た目で判断するが、魔獣や魔物にとって見た目は何の関係も無いからな。
「なるほどなぁ… だったらロザミアの手前にライザちゃんを置いとけば、ワイルド・ウルフはロザミアに近付かないんじゃ…」
「ライザさんを魔獣避けの置物扱いすなっ!」
すぱかぁああああああんっ!!!!
べちこぉおおおおおおおおんっ!!!!
私のハリセンの一振りはミラーナさんを吹っ飛ばし、ギルドの壁にめり込ませたのだった。
─────────────────
「ハイ、これで大丈夫ですよ。目を開けてみて下さい」
「…見える! 良かったぁ~♪ ジャイアント・スパイダーの毒液が目に入った時は、もうダメだと思ったからなぁ… エリカちゃん、ありがとうな♪」
「私は魔法医として当然の事をしたまでですよ♪ お礼なら、治療院まで連れてきてくれたハンター仲間に言ってあげて下さいね♪ それより、気を付けて下さいよ? 大森林で注意しないといけないのは、討伐対象のワイルド・ウルフだけじゃないんですから」
「エリカちゃんの言う通りだな♪ もっと気を付けるよ。ここまで運んでくれた仲間には、酒でも奢ってやるとするか♪」
「それが良いですね♪ じゃ、お大事に~♪」
この日の最後の患者さんを治療し、玄関を閉めてリビングへと上がる。
リビングではミラーナさん達4人が寛いでいる。
明日は昼番だからな。
今夜は栄養のある食事を取って、しっかり休養して貰わなきゃ。
「何か食べたい物のリクエストはありますか? 頑張って貰わなきゃいけませんから、用意できる物なら何でも─」
「「「「肉!!!!」」」」
私が言い終わる前に、4人は前のめりになってリクエストしてくる。
「…相談なんだけどさぁ、制限解除してくれないかな? アタシ、エリカちゃんの魔法で1食300gしか肉を食べられないじゃん? せめて、ワイルド・ウルフ討伐の間だけでも解除して欲しいなぁ…」
そう言や、そんな魔法を掛けたっけな。
肉食中心のミラーナさんの健康を考えての魔法だったけど。
魔獣討伐は体力と気力勝負だし、期間限定だから良いか。
「解りました。メンタル面とスタミナを考えて、討伐が終わるまでは制限を解除しますね。とりあえず、お腹を壊さない程度… 今夜のミラーナさんには、700gのステーキを用意しましょうか? ライザさんなら1㎏は食べそうですね… ミリアさんとモーリィさんは…」
「私は300gで充分かな? サラダも食べなきゃね」
「私も300gで♪ ミリアと一緒で、サラダもお願いね♪」
うんうん♪
2人共、私が教えた事──バランスを考えた食事──を守ってくれてるな♪
「ボクの肉は1㎏で良いけど、サラダも1㎏貰えるかな? いっぱい食べて、いっぱい出さなきゃ…」
すぱぱぱぱぱぁああああああんっ!!!!
「「「「「食事の前に言う事かぁああああああっ!」」」」」
ライザさんの一言に、5人全員がハリセン・チョップを叩き込んだのだった。
─────────────────
「「いってらっしゃ~い♪」」
私とアリアさんは、ワイルド・ウルフ討伐に向かう4人を笑顔で送り出す。
「さぁ、今日も気合いを入れて患者さんを治しましょうか♪」
「いつも思うんですけど… 毎回エリカさんが安く完璧に治すからって、ハンターの皆さん怪我し過ぎなんじゃありませんか?」
それは… どうだろうな…?
「考え過ぎじゃありませんか? まぁ、多少はその傾向もあるとは思いますけど、そもそもハンターに怪我は付き物ですしね。むしろ、怪我をしないハンターの方が珍しいと思いますよ? ミラーナさんやモーリィさんでも、ドジって骨折してましたからね」
「…なら、ミリアさんは珍しい部類に入るんですかね? 私が治療院に来て、まだミリアさんが怪我したのを見た事がありませんから」
そう言えば…
確かにミリアさんって怪我しないよなぁ…
ミラーナさんには及ばないものの、スピードだけなら誰にも負けないから、それが怪我を回避させてるのかな?
スピードでミリアさんを上回ってるミラーナさんは、大木に激突して肋骨と腕を骨折してたけど…
「そんな事、ありましたねぇ…♪」
「ブルトニア王国への援軍から帰った後でしたねぇ…♪ モーリィさんも、似た様な感じで骨折してましたよねぇ…」
私とアリアさんは、苦笑しながら2人のドジを思い出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「へっくしっ!」
「くしゅっ!」
「どうしました?」
「もしかして風邪とか?」
くしゃみをするミラーナとモーリィに、ミリアとライザが声を掛ける。
「いや、そんな感じはしないけどな…」
「なんだろ…? 急に鼻がムズムズしたんだよね…」
ミリアとライザは顔を見合せ…
「これって、多分… よねぇ?」
「ボクもそう思うよ… 多分だけど…」
「「エリカちゃんとアリアちゃんが… ねぇ?」」
と、ミラーナとモーリィには聞こえない様に話すのだった。
やがて4人はワイルド・ウルフ討伐の簡易宿所に到着し、引き継ぎをしながら簡単に報告を受ける。
「なるほど… まだ安心するには早いけど、それなりには減ってきたって感じかな?」
「えぇ、ロザミア近くの集団が減った分、他から流れて来てるみたいですけどね。それも最近は少しずつですが、減ってきてるみたいですよ。他の街のハンター達が担当しているエリアまでは把握できませんが、似た様な状態だと思われますね」
簡易宿所を纏めるマークが説明する。
「互いに連絡は取れないのかい? まぁ、難しいとは思うけどさ…」
「ミラーナさんの仰る通り、難しいですね。できない事もありませんが、やはり危険が伴いますからねぇ…」
魔獣や魔物が跋扈するニュールンブリンクの大森林を突っ切るのは容易い事ではない。
不可能ではないが、マークが言う様に危険が伴う。
「なら… アタシ達が連絡役になろうか? 今の状態なら、アタシ達が抜けても大丈夫だと思うしさ♪ アタシ、ミリアさん、モーリィさんの3人で、それぞれ他の街と連絡を取ってみるよ」
「それは良い案かも知れませんね。ミラーナさんは勿論ですが、ミリアやモーリィも実力的に単独行動しても問題にならないでしょうし。お願いしますよ」
ミラーナの案を、にこやかに採用するマーク。
すると…
「えぇ~っ!? ボクだけ除け者~!?」
自分の名前が挙がらなかった事に不満を顕にするライザ。
しかし…
すぱぱぁああああああんっ!!!!
「「自分の方向音痴を自覚しなさいっ!」」
ミリアとモーリィのハリセンがライザの顔面を直撃し、ライザはその場に倒れたのだった。