第158話 魔獣の本能に対抗するには、ミラーナさんの本能が有効ですか?
トントントントン…
私は夕食として七草粥を作る為に、ニース近郊の山で採った山菜と、ロザミアの八百屋で買った根菜を包丁で切っている。
作り方を知っているのは私だけなので仕方無い。
そんなに難しいモノでもないのだが…
とにかく切り刻んだ(?)山菜や根菜を米に混ぜ込み、通常より多めの水を入れて炊き込むだけ。
まぁ、その水の量も、重湯を何割にするかで変わるのだが…
とりあえず、今回は重湯の無い全粥を作るので、米1:水5の割合で炊く事にした。
「七草粥だっけ? 初めて食うけど、身体に良いんだっけ?」
「身体に良いと言うより、胃腸に優しいですね♪ 前にも言いましたが、年末年始での食べ過ぎ・飲み過ぎで弱った胃腸を休める為の食事… そう考えて貰えば良いでしょうね」
まぁ、私が皆を管理してるから、暴飲も暴食もさせてないけどな。
「私も食べた事は無いわねぇ… エリカちゃん、七草粥って美味しいの?」
「これも前に言ったと思いますが、美味しいか不味いかで言うと普通ですね。ハッキリ言いますけど、味付けは塩のみです」
案外、塩のみの味付けってのもシンプルで良いんだけどな。
シンプル・イズ・ベストとも言うし。
そして、大鍋で作った七草粥は思った以上に好評で、全員が何度もお代わりをしていた。
結果、私以外が食べ過ぎでお腹を壊し、争う様にトイレへ駆け込んでいたのだった。
…胃腸を休める為の七草粥でお腹を壊してどうすんだよ…
当然、私が治療する事になり、治療費として銀貨1枚ずつキッチリ頂きました♪
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「魔獣暴走だと!?」
翌日の昼。
朝の部の治療を終えてギルドでアリアさんと昼食を食べていると、マークさんの驚く声が聞こえてきた。
「いや、まだ兆候が見える程度なんですけどね。そこそこ奥に行ったパーティーが、あちこちでワイルド・ウルフの異常に数が多い群れを見たらしいんですよ。で、もしかしたらってんで、マークさんに知らせてくれって」
ワイルド・ウルフか…
繁殖能力が高く、魔獣暴走を起こし易い厄介な魔獣だったな…
「ワイルド・ウルフの間引きは順調だった筈だが… 西の大森林──ニュールンブリンクの大森林──は、やたらと広いからな… ロザミアのハンターだけじゃ、さすがに全ての範囲は出来ないか…」
他の街にもハンターは居るんだろうが、ロザミアに比べると少ないだろうからなぁ…
「マークさん、仮にワイルド・ウルフが魔獣暴走を起こしたとして、ロザミアに押し寄せる可能性は考えられますか?」
気になった私は、思わず会話に割り込んでしまった。
「あぁ、エリカちゃん。その可能性は考えられるよ。勿論、必ず押し寄せて来るとは言い切れないがな。だが、用心するに越した事はないだろう」
それは当然だろう。
『かも知れない』と考えるのは、決して悪い事ではない。
大丈夫だろうと楽観して、最悪の結果を迎える事は珍しくないのだ。
「じゃあ、魔獣暴走が起こると考えておいた方が良さそうですね。人間相手の戦争と違って、魔獣や魔物の動きは予測するのが困難ですから… ミラーナさんでも作戦を立てるのは難しいでしょうね…」
アリアさんも不安気に考え込んでいる。
「だよなぁ… 人間なら次にどう動くのか予測できても、魔獣や魔物だと難しいだろうからなぁ…」
魔獣や魔物に理性は無いからな…
理性を持っている人間が相手なら、次にどう動くかの予測も立て易い。
だが、本能のみで動く魔獣や魔物の動きは予測不可能と言っても過言ではない。
魔獣や魔物に限った事ではないが…
理性を持っているのは人間と、亜人と呼ばれる種族のみ。
アリアさんみたいなエルフや、ライザさんみたいなドラゴンなんかが相当する種族だ。
前世では人間だけだったけど…
「アリアさんやマークさんの言う通りですね。魔獣や魔物の動きは予測不可能ですから… でも、ミラーナさんなら何とかしてくれるかも知れませんよ?」
私の言葉に、マークさんは驚きの表情を浮かべ…
「えっ? いくらミラーナさんでも、本能のみで動く魔獣や魔物の動きを予測するのは難しいんじゃないか?」
「そうですよ! いくらミラーナさんでも、それは難しいんじゃないですか!?」
おいおい…
アリアさんはともかく、マークさんは何年もミラーナさんを見てるんだろ?
「ミラーナさんなら大丈夫ですよ♪ マークさん、知ってるでしょ? ミラーナさん自身が本能のみで動いてるんですから♪ ワイルド・ウルフの動きを予測するなんてのは、ミラーナさんが本能だけで思考すれば…」
すぱぁあああああああんっ!!!!
がごんっ!
「あ痛ぁっ!」
突然、後頭部を襲った衝撃で、私は思いっ切りテーブルに額をぶつけた。
「褒めてんのか貶してんのか解んないから一発ブチ込んだけど、どっちだい?」
「どっちか解らんかったら、とりあえず一発ブチ込むんかいアンタはぁああああっ!!!!」
手に持ったハリセンを肩に乗せるミラーナさんに、私は痛む額と後頭部を擦りながら突っ込む。
「いや… 前半は褒めてたみたいだけど、後半は明らかに貶してたろ? だから理不尽な一発とは思わないけどなぁ…」
「言い方が悪かったとは思いませんけど、一応は褒めてたつもりだったんですけどね…」
「そこは思いますなんじゃ…?」
アリアさんが苦笑しながら突っ込む。
「それはともかく… エリカちゃんが言う様に、ミラーナさんは魔獣や魔物の動きを予測するのは可能ですか?」
マークさんの問い掛けに、ミラーナさんは少し考え…
「100%は無理だけど、ある程度なら可能かな? 少なくとも、ロザミアに向かって魔獣暴走を起こさない様にするなら出来るかもよ?」
「本当ですか!?」
驚くマークさん。
勿論、私も驚いてるけど…
出来るんかい…
やっぱり、ミラーナさんも本能で動いてるからなのかな?
すぱぁああああああんっ!!!!
ばごんっ!
またもハリセンの一撃を食らい、私はテーブルに額を打ち付ける。
「な… なんで…?」
「いや… また貶された気がしたから、つい…」
なんぢゃ、それはっ!
「気がしただけで叩くんか、アンタはぁああああっ!!!!」
「いや… ここでアタシが『エリカちゃん、今…』とか言っても、どうせ『気の所為です』とか『何も考えてません』とか言うだろ? だから、とりあえず一発入れとこうかな~と…」
こ… こいつ、私の誤魔化しを回避するとは…
「ミラーナさんとエリカちゃんの漫才は置いといて… ミラーナさん、ロザミアに向かって魔獣暴走を起こさせない方法ってのを教えて貰えますか?」
漫才って言葉、異世界にもあるんかい…
いや、そんな事はどうでも良い。
ミラーナさんの言い方だと、魔獣暴走は防げなくてもロザミアに被害が及ばないだけに聞こえる。
「とりあえずはニュールンブリンクの大森林で、大規模なワイルド・ウルフ討伐だよな。ロザミア中のハンターを総動員して行うんだ。単純だけど、これしか方法は無いね」
確かに…
大森林のロザミア近郊でワイルド・ウルフの討伐を大規模に行えば、ロザミアに向かって魔獣暴走が起きる可能性は低くなる。
しかし…
「確かに、それならロザミアに被害が及ぶ可能性は低くなりますね… だけど、他の街は…」
「それは仕方無いさ。他の街まで守ってやるのは不可能だろ。アタシ達に出来る事は、魔獣暴走の危険を知らせてやるのが精々だ。勿論、間に合うかは判らないし、確実に魔獣暴走が起きるとも限らない。思い過ごしなら良いんだけどな…」
だよなぁ…
ワイルド・ウルフの異常に数が多い群れを、ニュールンブリンクの大森林に入ったハンターがあちこちで見たってだけだからなぁ…
でも…
「とりあえず、ニュールンブリンクの大森林に近い街には、通達を出した方が良さそうですね。杞憂に終われば良いですけど、マークさんが言う様に、用心するに越した事はありませんからね」
そして即日、ロザミアにミラーナさんを中心とした『ワイルド・ウルフ討伐隊』が結成された。
討伐隊はニュールンブリンクの大森林に向かい、同時に大森林近くの街には早馬で通達が出されたのだった。