第157話 山菜採りは危険がいっぱいなんですよ?
新年最初の休日を翌日に控え、私達は夕食を取りながら予定を話し合っている。
以前話した『春の七草』を採りに行く為だ。
春の七草とは、セリ、ナズナ、ハハコグサ、ハコべ、コオニタビラコ(小鬼田平子)、カブ(蕪)、ダイコンの事。
勿論、地域に依って多少の違いはあるし、必ずしも全てを揃える必要もない。
要は気分だ、気分。
そもそも異世界で揃えられるとも思えないし。
胃に優しい七草粥を食べ、年末年始の暴飲暴食(?)で疲れた胃や腸を休めるのが目的だからな。
もっとも、治療院に住んでる誰も、暴飲暴食なんてしてないけど。
しようとしても、私が止めるしな。
「で、やっぱり行き先はニース近郊の山かい? あそこなら、ついでにトリュフが採れるだろうしなぁ♡」
トリュフの香りにハマったミラーナさんが、恍惚とした表情で聞いてくる。
…ヨダレ、垂れてますよ?
まぁ、仕方無いか…
トリュフに味は殆ど無いが、その香りは他の食材の味を引き立てる。
ハマるのも無理はない…
気付けば他の皆もウンウンと頷いている。
全員ハマっとるんかい。
「まぁ、今の時点で沢山の山菜が採れる場所はニース近郊の山しか知りませんし、そろそろトリュフも少なくなってきましたから、補充しないといけませんしね」
言って私はライザさんを見る。
「それならボクの出番だね、任せといてよ♪」
言って、ライザさんは自分の胸をドンッと叩き…
「げほげほっ! げほっ! ごほっ!」
おいおい…
少しは加減しろよ…
「それと、ライザさんの背中に直接乗るのはバランスが悪そうなので、ちょっとした工夫をしてみましたから♪ 楽しみにしてて下さいね♪」
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翌朝、私達は朝食を終えると街の外に出た。
私は異空間収納から木箱を取り出す。
テーマパーク建設の責任者で、投石機や弩砲を作ったグランツさんに頼んで製作して貰ったのだ。
「変わった形の箱だな。ボートみたいだけど、一応は箱か…」
普通の四角い箱ではなく、ホームベース型の箱。
何故、こんな形にしたかと言えば、空気抵抗を減らす為だ。
ライザさんが尖った側を上にして背負えば、飛行中は尖った側が前を向くので空気を切り裂く状態になる。
「なるほどねぇ… ボク、空気抵抗なんて考えた事もなかったよ。で、このロープに腕を通して背負えば良いんだね?」
箱の下には2本のロープが付いており、リュックみたいに背負える様になっている。
「じゃ、ライザさん。ドラゴンに戻って箱を背負って下さい」
「らじゃ~♪」
ライザさんはドラゴンの姿に戻って箱を背負い、私達を乗せる為に伏せる。
「全員、乗ったかな?」
「全員、搭乗完了♪ ライザさん、お願いします♪」
「らじゃ~♪」
言って、ライザさんは勢いよく立ち上がり…
ぼてぼてぼてっ!
全員、箱から投げ出されて地面に落っこちた。
すぱぁあああああああんっ!!!!
「立ち上がらずに、そのまま浮き上がらんかぁっ!!!!」
私はライザさんの身体を駆け上がり、渾身のハリセン・チョップを叩き込む。
ライザさんは頭部を地面にめり込ませ、ヒクヒク痙攣していた。
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「最初から立ち上がらない様にって、言ってくれれば良かったのに…」
ニース近郊の山に着くと、ライザさんはブツブツ言い始める。
「何を言ってんですか。普通に考えたら分かるでしょう? 形は違っても、ただの箱なんですよ? 立ち上がったりなんかしたら、乗ってる人が落っこちるのは当然でしょう!?」
「そりゃまぁ、そうなんだけど…」
私の言い分にライザさんは返す言葉も無かった様で、それ以上は文句を言わなくなった。
「さぁ、ブツブツ言うのは終わりにして、春の七草を採取しますよ♪ ライザさんは嗅覚を活かして、トリュフ採取を頑張って下さいね♪」
「はぁ~い…」
なんか、やる気が無さそうだな…
仕方無い…
「頑張ってくれたら、ご褒美として夜食に何か美味しい物を作ってあげますよ? 皆さんには内緒で♪」
「任せといてよ♪ ボクの嗅覚の出番だね♪」
そう言うと、ライザさんはダッシュで山に入って行った。
単純なヤツ…
ライザさんの方向音痴に振り回された経験があるミリアさんとモーリィさんは、慌てて彼女の後を追って山に入る。
「まぁ、こんな所で迷子になられても困りますしねぇ…」
苦笑しながらアリアさんが言う。
ですよねぇ~…
「じゃ、アタシ達は山菜採りしようか? ダイコンとか蕪とか、八百屋で売ってるのは良いとして… 他のはエリカちゃんが描いてくれた絵図と同じのを探せば良いんだよね?」
私は七草粥に使える山菜をイラストにして色を付け、予め全員に配付してある。
基本であるセリ、ナズナ、ハハコグサ、ハコべ、コオニタビラコ(小鬼田平子)は勿論だが、更にワラビ、ゼンマイ、ササゲ、ミツバなんかも描いておいた。
当然、ロザミアの八百屋で買える物は描いていない。
「他にもニンジン、ゴボウ、ネギ、ユリ根、キノコ類なんかもありますけど、それらは一応ロザミアでも買えますからね。ここで採れるに越した事はありませんけど、採れなくても買えば済む山菜は省いてあります。でも、キノコ類は注意して下さいね? 私は見れば判りますけど、カエンタケやドクツルタケみたいに致死性の高い毒キノコもあるので注意して下さい。特にカエンタケは、わずか3gの摂取で死ぬと言われてますから」
私の話を聞いたミラーナさんの顔が青褪める。
「ど… 毒のあるキノコが多いのは知ってたけど、そんなに強い毒性のキノコもあるんだな…」
「エルフは菜食が基本ですから、ある程度は知ってましたけど… たった3gで死んじゃう毒キノコは知りませんでした…」
まぁ、カエンタケみたいに毒性の強いキノコは多くないが、それでも食用のキノコに似た毒キノコを食べて中毒を起こす事例は多いからな。
例を挙げればツキヨタケ、カキシメジ等は、誤食しやすい事が知られている。
ツキヨタケはシイタケやムキタケ、ヒラタケなどと誤認されやすく、誤食した場合には下痢や嘔吐といった中毒症状から、死亡例も報告されている。
カキシメジは外見が似ていて地上に生える食用のチャナメツムタケやクリフウセンタケ、シイタケなどと間違われる場合がある。
こちらは食後30分~3時間後で頭痛、腹痛、嘔吐、下痢を引き起こすが、食べた量により変動する。
医療機関により胃の内容物を吐かせ、点滴療法により1~3日で回復する。
本種による死亡例は報告されていないが、やはり注意は必要だろう。
そもそも点滴療法自体がこの世界には存在していないので、下手すると死んでしまう可能性は否定できない。
まぁ、私達は全員が不老不死だし、私やアリアさんの魔法で解毒すれば問題無いのだが…
「キ… キノコって怖いんだな… 見付けたら、とりあえずエリカちゃんに見て貰う事にするよ…」
「それが最善でしょうね。食用キノコと毒キノコは見た目が非常に似ている物も多く、専門家でも簡単には見分けるのは難しいとも言いますしね」
「私達も、死なないだけで毒に当たれば苦しむのは普通の人と同じですからね…」
アリアさんの言う通り、私達は不老不死だから死なないが、怪我はするし痛い思いもする。
だから毒を摂取しても死にはしないが、毒に因る苦しみは普通の人と同じ様に味わうからな。
そんなの、死なないのが判っていても御免被りたいのは当然だろう。
そんな事を考えたり、説明したりしていると…
「トリュフ見っけ~♪」
「セリもあったわよ~♪」
「これってシイタケかな? 乾燥させると美味しい出汁が取れるんだっけ?」
…嫌な予感…
私はダッシュでモーリィさんの元に向かい、彼女が手にしたキノコを確認する。
「…これ、シイタケに似てますけど、ツキヨタケって言う毒キノコです… 危なかったですね。知らずに食べてたら30分から3時間で発症し、下痢と嘔吐が中心となって、腹痛も併発するトコでした。景色が青白く見えるなどの幻覚症状が起こる場合もあって、重篤な場合は痙攣・脱水等を来します。死亡例も少数報告されていますが、キノコの毒成分自体によるものではなく、激しい下痢による脱水症状の二次的なものであると考えられてるんです」
私の説明に、青褪めるモーリィさん。
「こ… 怖~… これ、そんな危ないキノコだったんだ…」
「毒キノコって、食用キノコに似た物も多いですからね。まぁ、私が確認しますから安心して下さい♪ それはともかく、頑張って山菜採取しましょう♪」
「「「おぉ~っ♪」」」
そして私達は、日が傾くまで山菜採りを満喫したのだった。