第156話 新型ハリセンの威力は、思わぬ出費を招きました
オルデン夫妻とノーマン夫妻を迎えてのリビングでの話は混迷を極めていた。
何故かと言えば、両夫妻の話が全てバラバラなのだ。
肝心の不老不死の話は、またも忘れてるのか出てこない。
こちらから話を振ろうにも、マシンガンの様に捲し立てられて話を変えられない。
そんな状態が1時間程続き…
「あら、もうこんな時間!? そろそろ夕飯の買い物に行かなくちゃ!」
「私も買い物に行かないと!」
「それじゃあな、モーリィ。怪我には気を付けるんだぞ」
「ミリア、お前も怪我に気を付けろよ。じゃあな」
そう言い残し、さっさと帰っていったのだった。
私達はテーブルに座ったまま、呆然としていた。
何しに来たんだ、あの4人は…
世間話をしただけで、最後まで不老不死についての話は出なかったし…
「結婚しろとか言ってたのも忘れてるみたいだな… 忘れっぽいのか?」
ミラーナさん…
人の事、言えないだろ…
「このまま忘れてて欲しいわねぇ…」
ボソッと言うミリアさんに、モーリィさんがウンウンと頷く。
2人共、結婚願望は無くなったんだろうか?
「あぁ、それねぇ… エリカちゃんに不老不死にして貰うまでは、マジで考えてたんだけど…」
苦笑しながらモーリィさんが言う。
「不老不死になっちゃったら、不思議と考える事が減ったのよねぇ…」
やはり苦笑しながらミリアさんが言う。
「そのワリには年齢を気にしてたみたいですけど…? 以前──第144話参照──言ってましたよね? 『婚期、逃しちゃったのかな』とか『26歳から上って何故か引かれる』とか『25歳と1つしか変わらないのに』とか…」
よく覚えてんな。
私も2人が歳の事を気にしてたのは覚えてるけど、さすがにセリフまでは覚えてないぞ。
そう言えばミリアさんも、私の何気無いセリフを覚えてたな。
2人には、何か特別な能力でも…
って、そんな事はないだろう。
単に記憶力が優れてるだけなのかも…?
「特有の能力なのかは判りませんけど、エルフの記憶力が高いのは確かですね。でも、この場合は『何気無く聞いた事の方が記憶に残る』ってヤツじゃないですかね?」
それは言えてる。
私も前世で似た様な経験があるからな。
何となく読んでた本に書かれてた英語が記憶に残ってて、意外な場面で役立った事も多い。
「そんな事、言ったっけ?」
「覚えてないわねぇ…」
お前等は記憶力が無いんかい。
「言ってたよなぁ… 確か、アリアちゃんとライザちゃんが不老不死にして貰った時じゃなかったっけ?」
ミラーナさんの記憶力も意外なトコで優れてるな。
普段は記憶力が無いんじゃないかって思うぐらい、物覚えが悪いのに…
すぱぁあああああああんっ!!!!
がごんっ!
「あ痛ぁっ!」
私は後頭部をハリセンで叩かれ、勢い余ってテーブルに顔面から突っ伏した。
「物覚えは悪くないよ。覚えた事が多過ぎて、すぐに出てこないだけなんだからね」
とてもそうは思えないんだけど…
てか、もしかして…?
「エリカさん… また声に出てましたよ…?」
気まずそうにアリアさんが指摘する。
やっぱりか…
治りそうにないな、思った事を口に出すクセ…
「まぁ、エリカちゃんがそう思うのも、仕方無いっちゃ~仕方無いんだけどな。今言った様に、覚えた事が多過ぎるんだよ。人の顔や名前、王女として教育された事、剣術に体術に魔術に戦術、権謀術数に人心掌握術… 思い出すだけでも頭が痛くなるよ…」
聞いてる此方も頭が痛くなるわいっ!
いや、ちょっと待て…
「ミラーナさん… 人の顔や名前、王女としての教育は分かります。でも、それ以外ってミラーナさん自身が望んで勉強した事ですよね? 覚えた事が多過ぎるって、結局は自業自得なんじゃ…? ミラーナさんの言い分は正論に聞こえますけど、結局は言い訳に過ぎませんよね?」
私の指摘にミラーナさんが固まる。
「えぇっとぉ~… それだけ一生懸命、勉強したって事でぇ~… だから記憶力が無いとか悪いってワケじゃないって事でぇ… てか、エリカちゃん…? なんでハリセン持ってんのかな~…?」
「ミラーナさんの記憶力が悪いのは自業自得… それを棚に上げて、私をハリセンで叩いたお返しをする為ですよ?」
私は手にしたハリセンで空いた掌をパシパシ叩きながら、ニッコリと微笑む。
「参考までに聞きたいんだけど、そのハリセンのタイプって…」
「安心して下さい、ライザさん仕様ではありませんので♪ とは言え、今までのミラーナさん仕様でもありませんけどね♪」
言葉の前半で安心した表情を浮かべたミラーナさんだが、後半で表情が一気に曇る。
「今までの…? それって、もしかして…」
自身に及ぶ危険には敏感だな。
「お察しの通り、これは『改良型ミラーナさん仕様ハリセンMARK Ⅱ』ってヤツです♡ いやぁ~、苦労しましたよぉ♪ 以前の『ミラーナさん仕様ハリセン』より威力が高く、それでいて『ライザさん仕様ハリセン』に比べて威力を格段に抑える必要がありましたからねぇ♪」
「あはは~、そうなんだ~… ちなみに、どの程度の威力なのかな~?」
凄ぇ棒読みのセリフだな、おい…
まぁ、気持ちは解らないでも無いかな?
「威力ですか…? まぁ、少なくとも『ミラーナさん仕様ハリセン』の3倍は在ると思いますけど…」
「そんなモン作るなよぉ! 以前のハリセンだって、吹っ飛んで壁にめり込んだんだぞ! なのに、少なくとも3倍の威力!? 壁にめり込むどころか、ブチ破るだろ!」
半泣きになって抗議するミラーナさん。
「大丈夫ですよ♪ 壁じゃなくて、窓に向かって吹っ飛ばしますから♪ それにホラ、既にアリアさんが窓際に待機して、いつでも窓を開けられる状態ですから♡」
最近は慣れてきたのか、建物に被害が出ない様にアリアさんが絶妙のタイミングで窓やドアを開けてくれるのだ。
先日、ギルドでライザさんを吹っ飛ばした時も、バッチリのタイミングでドアを開けてくれたしな♪
「何やってんだよアリアちゃん! 窓を開ける準備より、エリカちゃんを止めてくれよ!」
「無理ですよ… エリカさん、笑ってるじゃありませんか… 普通の人が怒る場面でエリカさんが笑ってるって事は、エリカさんが本気で怒ってるって事ですから… 本気で怒ってるエリカさんを、私が止められると思いますか?」
アリアさんに言われ、ミラーナさんはミリアさんとモーリィさんに助けを求めて視線を向ける。
視線に気付いた2人は、勢いよく首をブンブン振って拒否する。
「よく解らないけど、皆が無理って事はボクにも無理だと思うよ?」
ミラーナさんから視線を向けられたライザさんは、ミラーナさんが助けを求める前に拒否の意向を露にする。
「皆、アタシを見捨てるのかよぉ~…」
触らぬ神に祟りなしってヤツかな?
この場合、触らぬ神に祟りなしって感じだけど…
ちょっと違う感じもするけど、細かい事は気にしない!
てなワケで、私はハリセンをフルスイングする。
ずどぱぁあああああああんっ!!!!
すかさずアリアさんが窓を開ける。
「ぎゅにょわぁあああああああっ!」
ひゅぅううううううう…………
変な叫び声と共にミラーナさんは吹っ飛んでいき…
ぐわっしゃぁあああああああんっ!!!!
十数秒後、ギルドからド派手な音が聞こえたのだった。
「エリカさん… 威力、高過ぎませんか?」
アリアさんが呆れ顔で言う。
「ちょ~っと強くし過ぎましたかねぇ…? まさかギルドまで吹っ飛ぶとは…」
後日、ギルドより建物の修理費として、金貨5枚の請求書が届いたのだった。