第155話 元旦は、意外な訪問者と意外な事実が明らかになりました
「まったく… なんで私が参加した飲み会の翌日は、朝の部の診療が毎回ハンター達の二日酔い治療なんですかねぇ…?」
私は治療院のダイニングで昼食を取りつつ愚痴る。
元旦前後は街の食堂街も閉まってるから仕方無い。
「それはともかくとして、元旦から治療院を開けてるとはねぇ… 今まで王都で過ごしてたから、知らなかったよ」
ミラーナさんは元旦から忙しくする気は無いらしく、朝から部屋でゴロゴロしていた。
基本的に5の付く日を休みに定めてる私は、元旦だろうが関係無く治療院を開けている。
もっとも正月なだけあって、治療に訪れる人は疎らだ。
「怪我も病気も、元旦とか関係ありませんからね。朝の部はハンター達の二日酔い治療で忙殺されましたけど… 普通なら元旦前後の数日は、普段の1~2割程度の来院ですよ」
「皆、のんびり家族と過ごしたりしてるみたいですからね」
「ボク、ちょっとギルドに顔を出したけど、開店休業って感じだったよ? 受け付けの女性も、暇そうだったなぁ…」
ハンターの兄ちゃん達も、元旦ぐらいはゴロゴロしてるのかな?
ミリアさんやモーリィさんも、元旦は家族と過ごすと言って帰宅しているし…
一昨年はハングリル王国と、去年はチュリジナム皇国との戦で、元旦どころじゃなかったからなぁ…
もっとも、2人共ロザミア育ちだから帰省って感じじゃないけど…
「アリアさんは帰省しないんですか? ライザさんは、帰ろうにも方向が判らないでしょうけど…」
「私の住んでた森は遠いですからねぇ… イルモア王国の北西の端っこですから… 帰るだけでも、馬車で1ヶ月半は掛かります」
と… 遠いな…
「ボクが住んでた所は… よく判んないな。峻険な山に囲まれた場所だったから、そもそもイルモア王国じゃないのかも…」
他の国から来たんかい。
いや、もしかしたら別の大陸から来たって事も…
飛んでたのが夜なら、海の上を飛んでても分からないだろうし…
それどころか、飛びながら寝てたって事も考えられるよな。
ライザさんがロザミアに来たのも、飛行中に居眠りして近くに墜落したのが原因だし…
「エヘヘ♪ 否定できないのがツラいよねぇ♪」
「他人事みたいに言わないで下さいよ…」
ポリポリと頬を掻くライザさんに、私は思わず突っ込みを入れる。
「1人で飛んでると退屈なんだよね。だから天気が良いと、ついウトウトと…」
「それで今まで、よく街中に墜落しませんでしたね…」
まぁ、街と街との間が広いからな。
そうそうピンポイントで墜ちないだろう。
「何度か墜落しそうになった事はあるよ? けど、不思議と寸前で身体が持ち上がるんだよねぇ… ロザミアでも同じだったみたい。それとなく街の人に聞いてみたんだ♪」
聞いたんかい…
てか、当事者が朗らかに語るなよ…
「多分ですけど、上昇気流で身体が僅かに持ち上がったんでしょうね」
「「ジョーショーキリュー?」」
興味の無さそうなミラーナさんを除いた2人の声がハモる。
興味が無いと言うより、付いて来れないだけの気もするけど…
さすがに上昇気流を理解するだけの文明は発達してないか…
「何らかの原因によって大気が上昇する流れの事です。空気は温められると軽くなる性質があるんですよ。この場合、街から発生する生活の熱でしょうね。料理を作る時の熱とか、人体の発する熱とか… 様々な理由で、街の上空には少なからず上昇気流が発生してるんですよ。さすがに雲を生成する程の大きな影響はありませんが、飛行物体を多少押し上げる程度の影響はあるかも知れませんね。多分…」
「多分ですか… でも、可能性は0ではないって事ですね? なら、その仮説の通りかも知れないと… ライザさんがロザミアに墜落しなかったのも、上昇気流で押し上げられたとも考えられますよね」
飽くまでも仮説の域を出ないけど。
とは言え他に考えられない以上、それしか考えられないけどな…
「ま、考えても仕方無いだろ。それより、さっさと食わないとメシが冷めちまうぜ?」
我関せずと言った感じのミラーナさん。
少しは脳を使えよ…
ま、これ以上話しても何の益も無いか…
そう判断した私は手早く昼食を食べ終えると、少し早いが夕方からの診療に向けて準備を始める。
もっとも、正月の間は暇なモンだけどな。
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「「ただ~いま~…」」
夕方からの診療の準備を終え、寛いでいた所へミリアさんとモーリィさんが力無く帰ってきた。
「お2人共、2~3日は実家で過ごすんじゃなかったんですか? それに、随分と意気消沈してますけど… 何かあったんですか?」
アリアさんが2人に聞くと、バツが悪そうに視線を逸らす。
実家で何かあったな?
「だってぇ~… 帰った途端に『まだ良い男性は見付からないの?』とか、『そろそろ結婚して孫を抱かせろ』とか言われるのよ~… のんびりする様な雰囲気じゃないわよ~…」
「まだミリアは良い方だよ… 一人っ子だからさ… 私なんて、妹が先に結婚して子供を産んでるから肩身が狭くって… その上で同じ事を言われるんだもん…」
それで居辛くなって帰ってきたのか…
「ご両親は、お2人が不老不死なのをご存知無いんですか? 知ってたら、無理に結婚しろとは仰らないと思うんですが…」
アリアさんの言う通りかも知れない。
国王陛下や王妃様が、適齢期を迎えたミラーナさんに何も言わないのも、彼女が不老不死なのを知っており、無理に結婚する必要性を感じていないからだろう。
もっとも、妹が子供を産んでるモーリィさんはともかく、一人っ子のミリアさんは厳しいかな?
「なんとなくだけど、知ってるんじゃないかな~とは思うんだけどね…? ハンター連中は勿論、ギルドの職員も知ってるからさ…」
「それだけの人が知ってたら、言わなくても噂で聞いた事ぐらいはありそうよね… 単に忘れてるだけの可能性もあるけど…」
その時、治療院のドアをノックする音が聞こえた。
まだ診療時間前なのに誰だろうと思いつつドアを開けると、そこには商店街でよく顔を合わせる2組の夫婦が立っていた。
オルデン夫妻にノーマン夫妻。
あまり人の話を聞かず、どちらかと言うと自分達の話を捲し立てる性格の人達だ。
ただ、嫌味にはなってないし、話自体が面白いので、誰もが好意を持っている。
「えっ… と… オルデンさん達にノーマンさん達じゃないですか…? まだ診療時間じゃありませんけど… 何かありましたか?」
私に言われて4人は気まずそうに後頭部をポリポリと掻き…
「いや… 以前からエリカちゃんに言い忘れてた事があると思ってたんだけどね?」
「世間話の序でに話そうと思ってて、ついつい忘れちゃってたのよ」
双方の奥さん達が、申し訳無さそうに言う。
「ウチの娘が世話になってるだろ? 礼を言おうと思ってたのを忘れててね」
「ウチの娘もだ。挨拶しようと思ってたんだが、つい世間話が弾んで言いそびれてたんだよ」
何の事だ?
全く話が見えないんですけど…?
その時、私の両肩をミリアさんとモーリィさんがポンッと叩き…
「「紹介するね… これ、私達の両親…」」
「はへっ?」
変な声、出ちった…
てか、両親!?
そう言えば、私は2人の苗字を知らなかったな…
「私、フル・ネームはミリア・オルデンなの…」
「私のフル・ネームは、モーリィ・ノーマンなんだよね…」
「ふぇっ!?」
また変な声が出ちった…
「あの~… 立ち話も何ですから、リビング上がりませんか?」
「そうそう。とりあえず2階に上がろう!」
「ボク、なんだか喉が渇いたな。エリカちゃん、お茶でも淹れようよ♪」
アリアさん、ミラーナさん、ライザさんがフォローっぽく話し、2階へと上がって行く。
これって茶番か?
茶番なのか?
ロクな話に成りそうにないと思いつつ、私も2階に上がる。
勿論、杞憂でした…
リビングに集った総勢10名での会話は、何の実りも無い単なる雑談に終止したのだった。