第152話 ナッシュがギルド復帰しました。相変わらず信用されてませんが…
「エリカちゃん、重傷だ! すまないが診てやってくれ!」
マークさんが担ぎ込んで来たのは、何故かナッシュさん。
商店で働いてる筈だから、店長さんとかが一緒に来るなら分かるけど…
「あぁ、最近になってギルドに復帰したんだよ。ギリギリだが及第点ってトコでな」
商店での丁稚奉公で接客を学び終え、やっとマークさんに認められてギルドに復帰が許されたのか…
それも及第点ギリギリって…
ナッシュさんなら、そんなモンか…
で、いきなり怪我したんかい…
「で? 怪我の原因は何なんですか? まさか、前みたいにワザと…」
「いや、復帰を認めたとは言え、まだまだ信用するには早いからな… ナッシュには誰かが必ず付き添って監視する事にしてる。だから今回の怪我は、間違い無くワザとじゃない」
やっぱり信用されてないんだな…
いや、当然だとは思うけど…
復帰を許されただけでも感謝すべきだろう。
ナッシュさん、若い女性からの評判は最低最悪だったみたいだからな…
とにかくナッシュさんを治療室に運んで診察する。
首が変な方向に曲がってるトコを見ると、骨が折れてるかも知れないな。
眼に力を込めて診てみると…
「マークさん、これ… 重傷を通り越して重体ですよ? 首の骨が折れちゃって、生きてるのが奇跡に近いですよ? すぐに治しますけど、何があったんですか?」
言いつつ私は折れた首の骨を修復。
更に傷付いた脊髄も修復する。
「今まで勤めてた商店のクセが残ってたんだろうな。階段に気付かず、落っこちやがったんだよ。その時に持ってた荷物が首を直撃したみたいだな」
「…私が居て良かったですね。私が来るまでロザミアに魔法医は居ませんでしたから… それに、下手な魔法医だと脊髄の損傷に気付かず、全身麻痺になってたかも知れません」
「お… 思ったより酷い状態だったんだな… てか、そんな状態のヤツをここまで運んで来て良かったのかな? そんなに酷かったんなら、その場に寝かせておいてエリカちゃんに来て貰った方が…」
本当は、それが正解なんだよね。
脊髄を損傷した場合、下手に首を動かすと脳ヘルニアや脳浮腫を引き起こす場合がある。
そうなると、良くても身体の何処かに麻痺が残ったり、最悪の場合は死ぬ可能性もある。
「とにかく、怪我人の意識が無かったり、意識があっても身体が動かない状態なら、迷わず私を呼んで下さい。その際、誰も患者に触れない様に厳命して下さいね?」
「俺もパニクってたからなぁ… 今後は気を付けるよ。注意事項として、ギルドに通達を貼り出しておいた方が良いかな?」
それが良いだろうな。
ハンターの兄ちゃん達も知らない事だろうし。
ただ、ニュールンブリンクの大森林の中だと難しいかも…
私を呼びに来て、現場に駆け付けるだけでも結構な時間が掛かるし…
何より魔物や魔獣が跋扈してる場所で、悠長に私が来るのを待ってられないだろう。
「だよなぁ… だけど、大森林の外に運び出すだけでも危険は減るからなぁ… 何か良い方法はないかな…?」
「とにかく首が動かない様に固定する事ですね。患者を担いで移動すると、揺れで首が動くかも知れませんから… 足を持って引き摺った方がマシですね。慌てずゆっくりと。魔物や魔獣に襲われない様に、なるべく多くの人で周りを囲んでです」
マークさんは、私の言葉を懸命にメモる。
ギルド・マスターとしての責務だろうな。
ハンター達は、怪我をする覚悟は勿論だが、死ぬ覚悟も持っている。
だが、その危険を少しでも減らす様に促すのはギルド・マスターの役目だ。
それを聞かずに怪我したり死んだりしても、それはハンター自身の自己責任。
「んぐ… うぅ~ん…」
ようやく気が付いたナッシュさんが、ベッドに寝転んだままで伸びをする。
「ふぁあ~… 良く寝た~…」
「『良く寝た』ぢゃないでしょうが! このバカたれぇえええええっ!」
すぱぁあああああああんっ!!!!
前回の来院に引き続き、ナッシュさんにハリセンが炸裂する。
「あ痛ぁっ!」
何故か裏声で叫ぶナッシュさん…
どこぞの一子相伝の拳法の伝承者か、お前は…
「あたたたた… えっ? 何だ? ここ、エリカちゃんの治療院? なんで!?」
この『あたたたた』は裏声じゃないから、伝承者っぽくないな。
…って、そんな事はどうでも良いんだよ。
「やっと気が付いたか。お前、階段から落っこちたんだよ。で、運悪く持ってた荷物が首を直撃してな…」
「マークさんが慌てて運び込んだんですよ。首の骨が折れちゃってて、脊髄… 首の骨の中を通ってる太い神経の束って言えば解りますか? それが傷付いてたんです。下手したら全身麻痺… 最悪、死んでましたよ?」
マークさんと私の話を聞き、真っ青になるナッシュさん。
「そ… それで…? 治ったんだよね…? 治してくれたんだよね…?」
「安心しろ。エリカちゃんが治してくれたから、もう大丈夫だ。それより職場が変わったんだから、少しは注意して動け。お前、ロザミアだから助かったんだぞ? 他の街だったら、エリカちゃんもアリアちゃんも居ないんだ。その意味は、今の話を聞いたら解るな?」
「マークさ~ん、治療院に運んでくれてありがとうございました~… エリカちゃ~ん、治してくれてありがとう~…」
涙をダバダバ流しながら、マークさんと私に頭を下げまくるナッシュさん。
これで少しは注意して仕事するかな?
とりあえず、再度クビにならない事を祈ってあげよう…
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その日の夕食時、ナッシュさんの事を話してみたら…
「ナッシュが復帰したとは聞いてたけど、居ないと思ったら怪我して治療院に運び込まれてたのか… まぁ、ナッシュと言えば怪我、怪我と言えばナッシュだからなぁ…」
「ドジなのは相変わらずなのねぇ… まぁ、ワザと怪我してた頃に比べたらマシかしら?」
「結局、バカは治ってないって事じゃん♪ ナッシュのバカを治すのは無理かも知んないけどさ♪」
ナッシュさん、ボロカスに言われてるな…
ちょっと同情するよ…
「少し前にギックリ腰の治療に来た時に初めて会って… その時にエリカさんから聞きましたけど、そんなに変な人なんですか?」
アリアさんが聞くと、ライザさん以外の全員が黙って頷く。
「ボクはロザミアに来てから、まだ会った事がないんだよねぇ… てか、アリアちゃんは何年もロザミアに居るのに、最近になるまで会ってなかったんだ…」
「えぇ、皆さんから『会わない方が良い』って言われてましたから。ですので危険人物だと思ってましたし…」
その認識で間違ってないと思う。
商店での丁稚奉公でマシになったと思うが、染み付いた悪癖が簡単に直るとは思えないからな。
「とにかく、アリアさんとライザさんはナッシュさんに近付かない様にして下さいね? マシになったとは思いますけど、私やミラーナさんとは過去に色々ありましたから。ミリアさんやモーリィさんは同じギルド職員でしたから、ナッシュさんの扱いには慣れてるでしょうけど…」
「「変な事したら、ハリセンでシバき倒すから大丈夫よ♪」」
ハモって言うな…
ナッシュさん、当分の間はハリセンでシバかれるんだろうなぁ…
確定事項じゃないけど、まだまだ信用されてないみたいだから仕方無いかな?
とにかく当分の間は耐えろ、ナッシュ。
全ては自業自得、因果応報だ。
己の行動、言動を見直して反省しろ。
私は心の中でナッシュさんの冥福を祈るのだった。
いや、死んでませんよ?




