第140話 秋の行楽への悩みと、意外な来訪者
9月最後の休診日、私達は未だに秋の行楽に何をするのか決めかねていた。
ロザミア周辺には行楽を楽しめる場所が無いので、出掛けられる場所は限られている。
まずは南に馬を駆けさせて1時間弱の漁村と、その近くに在る海岸と言うか砂浜。
夏に海水浴を楽しんだ場所だ。
そして東に流れている川。
そこそこの大きさで、河川敷も広々としている。
釣りやBBQなんかが楽しめそうだ。
西には通称『西の大森林』と呼ばれるニュールンブリンクの大森林が在る。
ただ、ここは魔獣や魔物が跋扈していて、とてもレジャーを楽しめる様な場所ではない。
残る北はといえば…
何も無いのだ。
遠くに山々が聳えているが、そこへ行くには宿場町を2つ越えた先に在る『ニース』と言う街まで行く必要がある。
とても休診日1日を利用して行ける距離じゃない。
「なかなか話が纏まりませんね…」
ギルドの食堂で昼食を食べつつ、10日も続く私達の会議(?)に愚痴るアリアさん。
「わざわざ漁村近郊の砂浜まで出掛けてBBQをするより、近くの河川敷でした方がラクで良いでしょうしね。とは言え、あまりに近過ぎて趣に欠けるのも否定できませんし…」
こんな調子で、ミラーナさんが帰ってくるまでに決められるんだろうか…?
「エリカちゃんにアリアちゃん、何を悩んでるんだい? 俺で良けりゃ、相談に乗るよ?」
声を掛けられて振り向くと、ギルドマスターのマークさんが立っていた。
マークさんも秋の行楽に適した場所なんて、あんまり知らないんじゃないかな?
確か、他所の街からロザミアに来たって言ってた様な…
「ロザミア周辺で秋の行楽に適した場所? 東の川しか思い浮かばないなぁ…」
やっぱり…
「後は北に在る隣の街… ニースって言うんだけど、山の麓の街で自然豊かな良い場所だよ。ただ、馬車で3日掛かるから、治療院の事を考えると現実的とは言えないよなぁ…」
3日か…
レジャー1日、往復6日…
確かに、私的な事で1週間も費やして治療院を空けるのは気が引けるなぁ…
今までは私が居なくても代わりの魔法医…
王都から派遣して貰ったり、アリアさんに頑張って貰ったり…
どちらも私的な事ではなく、王都に招聘されたり参戦したりと、公的な事だったからな。
さすがに私的な事で王都から魔法医を派遣して貰うワケには行かないよなぁ…
「自然が豊かな場所なら、山菜狩りとか楽しめそうなんですけどねぇ… サッと行ける場所じゃないのが残念ですよ…」
「サッとかぁ… 確かに難しいねぇ…」
「ちなみにですけど、馬で駆けたら何時間ぐらい掛かるんですか?」
「え~っと…」
マークさんは腕を組み、宙を仰いで考える。
しばらくして…
「やっぱり無理だな… 全く休憩無しに走らせたとしても、片道20時間は掛かるよ」
ガックリと肩を落とす私とアリアさん。
片道20時間なんて、絶望的だろ…
仮に強行するとして…
診療終了が20時。
すぐに出発しても、到着は翌日の夕方16時。
1時間だけ山菜狩りをして帰る。
何も楽しめない気がする…
そして治療院に帰り着くのが翌朝9時。
そのまま診療開始。
ダメだ…
そんな状態で診療なんかしたら、治療ミスや誤診が起きても不思議じゃない…
秋の行楽は諦めるしかないんだろうか…?
と、その時ギルドのドアが開き…
「ちょっと聞きたいんだけど、この街に魔法医は居るかな?」
と、砂まみれでズタボロの服を着た、15~16歳の少女が入ってきた。
よく見ると全身キズだらけで、所々血が出ている。
「私が魔法医ですけど、どうされたんですか!?」
「えっ? アンタが魔法医?」
少女はキョトンとして私を見つめ…
「マジで?」
信じられないって表情で聞いてくる。
「マジで」
私が答えると、少女は何やら考え込み…
「ゴメン、他を当たるよ」
踵を返して去ろうとする。
「ちょっと待たんかいっ!」
私が手近にあった木のコップを投げ付けると…
ぱこぉおおおおおおおんっ!!!!
「あ痛ぁっ!」
見事、後頭部に直撃。
「ぐぉおおおおおおおっ!!」
少女はコップの当たった場所を抑え、その場で悶絶する。
床に落ちた木のコップは、粉々に砕けて原型を留めていなかった。
いけね…
前世の自分が、センター最深部からキャッチャーまでノーバウンド返球出来る強肩だったの忘れてた。
「えぇと… 大丈夫ですか?」
「ンなワケあるかぁああああああっ! メチャクチャ痛かったわぁああああああっ!」
少女は涙をダバダバ流しながら抗議する。
「すいません… でも、貴女も悪いんですよ? 私が魔法医だってのを信じずに何処かへ行こうとするから…」
「えぇと… じゃあ、ホントに…?」
私はコクリと頷く。
少女がマークさんやアリアさんの方を見ると、2人もウンウンと頷く。
「そ… それじゃ、ボクの治療… お願いできるかな…? お金、あんまり持ってないけど…」
少女はモジモジしながら言う。
ボクっ娘なのか…
異世界に来て、初めて会ったな…
「お金は心配しなくて大丈夫ですよ。1回の治療で何ヶ所治しても銀貨1枚ですから♪」
「ふぇっ!? たったの銀貨1枚!?」
治療費が銀貨1枚と聞いて驚く少女。
何処か遠くから来たのかな?
ロザミア周辺や王都周辺の街では、私の治療院の事や治療費の事は知れ渡ってるし、最近ではマインバーグ伯爵領やルグドワルド侯爵領でも知られ始めている。
勿論、その周辺の街でも。
国境付近の小さな町では知られていないみたいだから、その辺りから来た旅人(?)なんだろうか?
「ここで治しても良いですし、治療院で治しても良いですよ?」
言われて少女は何かを考え始める。
(人に聞かれたくない事があるなら、治療院の方が良いと思いますよ? 今日は休診日だから、関係者以外は誰も居ませんし…)
少女にしか聞こえない様に耳元で囁くと、少女は頷き立ち上がる。
「じゃあ、治療院で」
そして私達は治療院へと戻る事にした。
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「こんな近くに在ったんだ…」
治療院とギルドを交互に眺める少女。
「ここだと、誰にとっても便利なんですよ。ここは街の中心部ですからね。休診日なので、そこの路地から勝手口を使って入りましょう」
言って、治療院の横に在る細い路地から勝手口へと案内する。
鍵を開けて中に入り、治療室へ。
「さて… ここなら言い難い事も言えます。で、その身体中の怪我ですが… 何があったんですか?」
「えぇと… この子も関係者なのかな…?」
アリアさんが気になる様子。
「こちらはアリアさん。彼女も魔法医なので安心して下さい」
「アリアと言います。見ての通りエルフで、エリカさんの弟子なんです♪」
「エルフ!? 弟子!?」
文字通り目を丸くして驚く少女。
「名前、まだ聞いてませんでしたね。治療した人にはカルテ… 治療記録を作ってますので、いろいろ聞きますが大丈夫ですか?」
「ん… それは大丈夫。ボクの名前はライザ… 人間じゃないから、苗字は無いんだよね」
人間じゃないって…
耳は普通だからエルフじゃないな…
見た目は普通の人間と全く変わらないけど…
「人間じゃない… でも、エルフでもありませんよね? ドワーフとも思えませんし… 他に人型の種族って…?」
「信じて貰えるかは分からないけど… 実はドラゴンなんだよね、あはは… この怪我も、この街の上空を飛びながら居眠りして墜落しちゃってさ…」
「はぇっ!?」
なんか変な声が出ちゃったけど…
ドラゴンなのはともかくとして、居眠りして墜落したって…
何してんだか…
「とりあえず治療しちゃいますね。それから、ちょっと相談したい事があるんですけど…」
私はある事を思い付き、ライザさんに協力をお願いする事にしたのだった。