第139話 秋の行楽への想いとイルモア国王の哀しみ
「ねぇねぇ、秋は何処に行こうか?」
9月も半ば、休診日前の夕食時。
突然モーリィさんが切り出した。
「気が早いわねぇ、モーリィ… 秋の行楽が楽しめる時期まで、まだ1ヶ月以上は在るんじゃない?」
ミリアさんが呆れた様に言う。
確かに気が早いとは思うけど…
「だってさぁ、ミラーナさんが帰ってくるのが10月半ばだよね? それから考えるんじゃ、遅いと思うんだけどなぁ…」
そうかも知んない。
考えてみれば、異世界に来てから秋を楽しんだ記憶が無いなぁ…
秋と言えば…
・食欲の秋
・スポーツの秋
・読書の秋
・芸術の秋
等々…
この世界と言うか、イルモア王国の季節の移り変わりは日本のそれに近い。
惑星の自転軸の傾きが地球に近いんだろうか?
イルモア王国の緯度も、日本と似た様な位置なのかも知れない。
まぁ、異世界だから地球とは別の太陽系──惑星──ではなく、別次元の地球なのかも知れないけど…
…いや、さすがにそれは無いか。
地球と比べて公転の日数が5日も少ないしな…
それはとにかく、イルモア王国には季節が存在する。
それを楽しまないのは嘘だろう。
しかし…
「ロザミア近郊って、近くに川は在りますけど山は無いし… 行楽に適した場所ってのも無い様な…」
私の指摘に固まるミリアさんとモーリィさん。
おいおい…
あんた等、地元だろ…
つい数年前に来たばかりの私の意見に反論するだけのロジックも持ってないんかい。
「それを考えると… ロザミア近郊での行楽って、出来る事が限られるんですか?」
アリアさんに言われてミリアさんとモーリィさんが考え込む。
地元なら、こんな程度の疑問にパパッと答えられなくてどうするよ?
「パッと思い付くのは川原でのBBQですかね? でも、それは最近ノルン近くの浜辺でやりましたし… 秋の味覚… 山菜を採ろうと思っても、山が遠いですからねぇ… 休診日を利用して行くとしても、1日では無理な距離でしょうしねぇ…」
治療院の屋上から見た感じだと、ロザミア周辺って平地ばっかりなんだよなぁ…
ちょっとした丘が在る程度。
隣の街まで行けば、山が近いんだけどな。
「隣の街ですか… 間に宿場町が2つ… 気軽に行ける距離じゃないですね…」
アリアさんの言う通り、気軽に行ける距離じゃないんだよなぁ…
「空でも飛んで行ければ早いんだろうけど、無理な話だよねぇ…」
空ねぇ…
私だけなら魔法で飛べるけど、他の皆は無理かも知れない。
てか、空を飛んで移動してる人なんて、転生してから見た事が無いんだよなぁ…
「空を飛べる人って… 居るんですか?」
私の質問に3人は顔を見合せ…
やがてフルフルと首を振る。
やっぱ居ないか。
「浮かび上がるだけなら私も出来るけど、飛ぶのは無理よねぇ… 高さ、方向、角度、速度… それら全部を同時に制御しないといけないから難しいし、とにかく使う魔力が多いのよ。マトモに飛べる人なんて、世界中に何人も居ないんじゃないかしらねぇ?」
「そうそう。精々出来て、人の歩く速度より少し速く… ちょっと能力が高くて駆け足ぐらいの速度で進む程度だよねぇ。フヨフヨ飛んでくって感じ? ミリアが言う様に、制御が難しいからさ」
ミリアさんの説明に、モーリィさんが補足する。
前世で読んでたラノベなんかでそんな魔法が在ったな。
レビテーションとか言ったっけか?
そんな速度じゃ、馬車の方が早いじゃん。
「だとすると、秋の行楽は川で釣りとかBBQを楽しむのが妥当なトコですかねぇ? さすがにニュールンブリンクの大森林で行楽を楽しむのは危険ですし…」
そもそも行楽を楽しむ場所じゃないしな…
魔獣や魔物が跋扈してる場所で行楽を楽しむバカは居ない。
いやまぁ、私達なら楽しめない事もないか?
ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんってバケモノじみた人達が居れば、魔獣や魔物も単なる雑魚に過ぎないだろうし…
すぱぱぁああああああんっ!!!!
ずべしゃぁあああっ!!!!
ミリアさんとモーリィさんのハリセン攻撃が後頭部に炸裂した私は、顔面から床に叩き付けられる。
「エリカさん… また声に出てました…」
アリアさんが呆れた様に言う。
「あ… やっぱり…?」
結局、この日は良い案は出ず仕舞い。
とりあえずミラーナさんが帰ってくるまでに、各々考えておく事で終了したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「秋が近付いてきたなぁ… まだまだ暑い日が続いてるけど…」
王都の北に在る湖の畔。
水着姿でデッキチェアに寝転んで寛ぎながら、ミラーナが呟く。
「そうですわねぇ… ところで秋になると、ミラーナ姉様は20歳に成られるんでしたわよね? まだ良い男性は居ませんの?」
隣のデッキチェアで、同じく寝転びながらキャサリンが聞く。
「居るワケ無いだろ? アタシはエリ… じゃなくて、ニュールンブリンクの大森林で不老不死になったんだ。そんなアタシが誰かと結婚して家庭を築けると思うか? それに、不老不死でなくてもアタシより弱い相手と結婚なんて御免だね」
ミラーナの言葉にキャサリンは少し考え…
「不老不死はともかく、ミラーナ姉様に勝てる様な男性なんて居ないんじゃ…? 男性に限った事ではありませんけど…」
キャサリンの言葉に訝しげな表情を浮かべるミラーナ。
「おいおいキャサリン… お前、アタシの事を何だと─」
「バケモノ…」
ミラーナの言葉を遮る様に言うキャサリン。
「キャサリンの言う通り、ミラーナはバケモノですわねぇ♪」
「そうですわ♡ ミラーナ姉様は間違い無くバケモノです♡」
母親のマリアンヌ、3女のロザンヌもキャサリンの意見に同意する。
「は… 母上! それにロザンヌも! なんで皆揃ってアタシをバケモノ扱いするんだよっ!」
抗議の声を挙げるミラーナ。
「そう思われるのも仕方あるまい。お前は熟練ハンターが3人で倒すオーガを1人で4体、軽く倒すのであろう? それをバケモノと言わずして何と言う?」
父親であり、イルモア国王のアインベルグが問う。
だが、少し弛んだ身体にブーメラン・パンツなのが、その国王としての威厳を台無しにしていた。
また、それに誰も突っ込まないのが同情であったのかは定かではない。
「父上… それなら内容は少し違いますが、アタシも言わせて頂きます。その水着を着用するなら、もう少し身体を引き締めて下さい。さすがにパンツの上に腹の贅肉が覆い被さる様な体型では、見ていて恥ずかしいですぞ?」
言われてアインベルグは自身の腹を見る。
悲しいかな、自身の腹が邪魔をしてパンツが見えない状態だった。
「うっ… いや、これは… そのぉ…」
かくしてイルモア国王アインベルグは妻子に突っ込まれまくり、泣く泣くダイエットを決意したのだった。