第138話 ちょっと策謀を巡らせてみましたw
話は少し戻り、私達が海水浴場──漁村近郊の砂浜──からロザミアに戻った時の事。
「ただいま~…」
「ただいま帰りました~…」
治療院に着いたのは夜20時を過ぎた頃。
「2人共、何処に行ってたの? 帰ったら誰も居ないからビックリしちゃったわよ」
ミリアさんが心配そうに駆け寄って来る。
そう言や、大急ぎで出発したから臨時休診の知らせを出すのも忘れてたな…
「仕方無いんで、私が夕飯作ってるよ♪ もう少しで出来るから、座って待ってて~♪」
モーリィさんがキッチンから声を掛ける。
今日は私が当番なんだけど、居ないから代わりに作ってくれてるのか…
悪い事しちゃったかなぁ…?
「ところでミラーナさんは? 一緒じゃないの?」
「あぁ、実はミラーナさんは…」
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「お… 置いてきぼりって… ノルンからロザミアまで歩いて帰ってくるっての…?」
「50㎞は在ったと思うんだけど… 自らの提案とは言え…」
「「哀れ…」」
モーリィさんの作った夕飯を食べながら事の顛末を話すと、2人は同情してる様で呆れているみたいだった。
まぁ、確かに自身で提案したんだから仕方無いんだけどね…
それにしても50㎞かぁ…
さすがのミラーナさんでも数日は掛かりそうだな…
たった1人だし、野盗に襲われるかも知れないな。
まぁ、剣は持たせてるし、ミラーナさんの実力を考えたら問題無いだろ♪
体力の消耗度合いにも依るけど…
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結局、ミラーナさんが帰ってきたのは3日後の夕方。
野盗には5回襲われたそうだ。
勿論、全て返り討ちにしたそうだが、さすがに4~5回目はギリギリだったらしい。
そりゃ、かなり体力も消耗してただろうからなぁ…
「疲れたぁ~… もう動きたくないよぉ~…」
帰ってくるなりソファーに倒れ込むミラーナさん。
自業自得…
でも、そうは行かないんだよなぁ…
「気持ちは解りますけど、すぐに出発しないとマズいんじゃありませんかね? 今日は8月20日ですから、王都での社交パーティーに間に合わせようと思えば、今日中にロザミアを出発しないと間に合いませんよ?」
「そうだったぁ~… 休んでるヒマなんて無いじゃんかよぉ~…」
ブツブツ言いながら、準備を始めるミラーナさん。
さすがに気の毒だと思い、私達も出発準備を手伝う。
時間も無いので、ドレスなんかは王宮の自室に置いてある物で済ますらしい。
何故か水着を持って行くって事だけど…
もしかして、王都の北に在る湖で遊ぶつもりなのかな?
疲れ過ぎて遊んでる余裕は無いと思うけど…
それに、ちょっとした罠も仕掛けるつもりだし…
かくしてミラーナさんは、大慌てで王都に向けてロザミアを出発したのだった。
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「ところでエリカちゃん… マインバーグ伯爵様に手紙を書いてたけど、何を書いてたの?」
「ニヤけてたから、なんか悪どい事でも考えてると思うんだけどねぇ…」
悪どいかどうかは知らないが、少なくともミラーナさんにとっては面白くないだろうな♪
ミリアさんの言う通り、私はマインバーグ伯爵に手紙を書いて早馬で送った。
内容は、言ってみれば〝意趣返し〟だ♪
毎回ミラーナさんに体術勝負を仕掛けられて叩きのめされてる伯爵に、仕返し──と言うと聞こえは悪いが──の機会を作ったのだ。
ミラーナさんは漁村から3日間歩いてロザミアに帰り、休む間も無く王都へ向かった。
乗り合い馬車ではロクに休めないだろうから、王都に着いても疲れが残っているだろう。
今こそが体術勝負に勝つチャンス。
断っても『戦争で敵が此方の都合を考えてくれると思いますかな?』とでも言えば、断るに断れないだろうしな♪
そもそも、そのセリフはミラーナさん自身がマインバーグ伯爵に言ったセリフだからな♪
「うわぁ~… エリカちゃん、策士と言うか策謀家と言うか……」
「えげつない事、考えるよねぇ~…」
「あはは… は…」
引き気味のミリアさんとモーリィさんに、苦笑するアリアさん。
「実際、どうなるかは判りませんけどね。なにしろ、あのミラーナさんが相手ですから…」
「「「確かに………………」」」
3人は互いに顔を見合せ…
「「「マインバーグ伯爵様、どうか安らかに…」」」
両手を組んでマインバーグ伯爵の冥福を祈ったのだった。
死んじゃいねぇよ…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミラーナ様、お待ちしておりましたぞ♪」
ニコニコ笑顔でミラーナを出迎えるマインバーグ伯爵。
それを見たミラーナは、訝しげな表情で彼を睨む。
「何なんだ、マインバーグ伯爵? やけに嬉しそうな顔だな…?」
言われて伯爵の笑顔はニコニコからニヤニヤに変わる。
「そうですかな? まぁ、そうかも知れませんな。では早速ですが、恒例の体術勝負と行きましょうか♪ 謁見の間にて、皆が待ちわびておりますぞ♪」
言うが早いかミラーナの手を取り、歩き出すマインバーグ伯爵。
「ちょっ… ちょっと待て! アタシは着いたばかりで疲れてて… いや、それ以前から疲労困憊で…」
「ん? 戦争で敵が此方の都合を考えてくれますかな? これはミラーナ様が私に言われたセリフでしたな。確か、私もヴィランに着いたばかりで疲れているからと、体術勝負を断った時でしたが…」
「そ… そう来るか… まさか貴殿に遣り返されるとは…」
さすがのミラーナも、疲れ果てた状態ではマインバーグ伯爵の手を振りほどけない。
殆ど抵抗もできずに謁見の間へと連れて行かれ、恒例の体術勝負が始まった。
「さすがはミラーナ様ですな… 疲れているとは言っても、全くそれを感じませんぞ…」
肩で息をするマインバーグ伯爵。
「くっ… 疲れてさえいなけりゃ、とっくに勝負は着いてるんだよ…」
ミラーナも肩で息をしながら応える。
白熱した闘いに、見物している者達は思わず息を呑む。
「ですが、そろそろ決着ですかな…?」
「だな… お互い、もう限界だろ…」
そして2人は同時に動き…
ずるっ!
がごんっ!
同時に足を滑らせ、頭と頭が互いの全体重を掛けて激突した。
「うっ… くっ!」
「ンがっ…」
体重で勝るマインバーグ伯爵の頭突きの威力が高かったらしく、その場に倒れ伏すミラーナ。
マインバーグ伯爵もダメージは在るものの、何とか立ち上がる。
目を回して動けないミラーナを見て、見物していた全員が歓声を挙げる。
「うおぉおおおおおおっ!!!! 初めてミラーナ様に勝ったぞぉおおおおおおっ!!!!」
ダメージでフラフラになりつつも、拳を突き上げて喜ぶマインバーグ伯爵。
だが、その姿勢のままで彼も気を失ったのだった。
~追記~
両者共あまりのダメージに数日寝込む事になり、国王から体術勝負の禁止を言い渡されたのだった。