第122話 お酒は適度に楽しみましょう ~飲み過ぎ注意~
マインバーグ伯爵領のメリルマートを出発してから2週間が過ぎ、私達はルグドワルド侯爵領の『フィクセルバート』と言う領都に到着した。
さすがに侯爵領なだけあって、マインバーグ伯爵領の領都『メリルマート』よりも大きな街である。
メリルマートの領民は1万人ぐらいらしいが、ここフィクセルバートの領民は2万人近く居るらしい。
ロザミアの人口が3千人程度である事を考えても、如何に大きい街かが分かる。
だからと言うワケでもないだろうが、領主邸の規模もマインバーグ伯爵の領主邸より大きい様だ。
パッと見た感じでも一回りデカいな…
「「「ご主人様、お帰りなさいませ!」」」
ここでも執事や侍女、メイド達が揃ってルグドワルド侯爵を出迎える。
私達は侍女に案内されて応接室へ…
そこには何故か、私達が王宮で着る事になっているドレスが用意されていた。
「実は私が王宮に連絡しておりましてな。我が領地を訪問してから王都に向かうと… どうやら陛下達が気を利かせてドレスを送って下さった様ですな」
ここで着るのか…
この虹色に輝く銀のドレスを…
金貨5000枚──日本円にして約5億円──のドレスを…
まぁ、宿場町じゃなくて侯爵邸だから問題は無いだろうが…
私は仕方無くドレスを着て、それまで気にしてなかった装飾に目を奪われる。
虹色に輝く以外では、何かキラキラしてるな~としか思ってなかったんだけど…
これって、もしかして…
「おぉっ! これが例の…!」
「アレックス殿は初めて見るのでしたな? さすが、王都の仕立屋が技術の粋を集めて作っただけのドレスでありますな」
ルグドワルド侯爵が目を見開いてドレスを見詰め、前回のヴィランからの帰りに見慣れたマインバーグ伯爵が感心しつつ説明する。
艶やかな銀の生地。
その生地が光の当たり具合に依って虹色に輝く。
その輝きを邪魔せずとも存在感を隠さない──しかし主張し過ぎない──装飾のリボンやフリル。
腰の後ろには、正面から見ても存在感抜群の巨大なリボン。
そして、今まで──私は──気付かなかったが、ドレス全体に散りばめられた1~2ctのダイヤモンド。
うん、そりゃ~金貨5000枚ってのも頷けるわな…
着るだけでも冷や汗モンだよ…
「聖女に相応しい姿ですな」
「あぁ、我が妻もエリカ殿に診て貰えれば全快するのは間違い無いだろうからなぁ…」
頼むから聖女は止めてくれ…
「なんでアタシまで着替えなきゃいけないんだよ…」
膨れっ面のミラーナさん。
良いじゃん。
どうせ王都ではドレスを着るんだろ。
「私は少しテンションが上がりますけどね♪」
楽しげなミリアさん。
「なんか落ち着かないけどね~。このヒラヒラした感じとかさ…」
モーリィさんの言う事は解る。
私もヒラヒラした感じが苦手なんだよ…
慣れだとは思うけど、なんか動き難いんだよなぁ…
「まあまあミラーナ様、ご無沙汰しております♪ アレックスの妻、ジェニファー・フォン・ルグドワルドにございます♪ 今宵はゆるりとしていって下さいまし♪ お連れの皆様も、緊張なさらずにね♪」
応接室のドアを開け、ルグドワルド侯爵夫人が明るく挨拶する。
病気持ちとは思えないな…
「おぉ、ジェニファー! 元気そうで何よりだ! ミラーナ様とマインバーグ伯爵は存じているから省くが、こちらはそなたの病を治してくれる魔法医にして聖女のエリカ殿だ!」
…聖女は止めろ、おっさん。
仕方無く私はカーテシーで挨拶する。
「お初にお目に掛かります。ご紹介に与りましたエリカ・ホプキンスにございます。以後、お見知りおきを」
「そして、こちらはミラーナ様のパーティー仲間であるミリア殿とモーリィ殿だ。2人共、此度の戦で大活躍しておったのだ」
「は… 初めまして! ミリアと申します!」
「お… 同じくモーリィと申します!」
「「…って… あぁっ!」」
ずどべしゃっ!
私の真似をしてカーテシーで挨拶しようと思ったんだろうが…
慣れない動きに足を縺れさせて床に倒れ込む2人。
おいおい…
「と… とにかくエリカ殿に診て貰いなさい。聖女殿に掛かれば、どんな病も治して貰えるからな♪」
だから聖女は止めろってんだよ…
言えんけど…
とにかく私はジェニファー様の診療を行い…
「肝硬変ですね… お酒、毎日飲まれてますか?」
「えぇ… だいたい1日ブランデーとウィスキーを、合わせて20~30本でしょうか…」
ちょっと待て、コラ。
明らかに飲み過ぎだろ…
「そんなに飲んで、身体を壊さないのが無理ってモンですよ… 肺高血圧も併発してますし、危なかったですね」
「はいこうけつあつ…? エリカ殿、それは何だね?」
ルグドワルド侯爵が聞いてくる。
医学の発展していない世界じゃ、知らなくて当然か…
「肺高血圧とは、何らかの原因により慢性的に肺動脈圧が上昇する病態の総称で、難治性の循環器疾患・呼吸器疾患の1つです。奥方様の場合、肝硬変が原因ですね。過度の飲酒で肝硬変を患い、その肝硬変が肺高血圧を誘発したって事です」
「そ… そうなのか…? 解った様な、解らない様な… で、危なかったと言っていたが…」
やっぱり気になったか…
「このまま放置していれば、体内酸素飽和度──最大限に達した状態──が低下して低酸素血症になり、それにつれ運動能力も低下します。進行に伴って肺血流量が低下し、最終的には右心不全に至るところでした」
「そ… そうなのか…? で、放置していたら、どうなっていたのだね?」
「奥方様の病気の状態から推測すると… 症状としては、呼吸困難やショック症状といった急性症状が出現していた可能性が高いですね」
「それはつまり…?」
言いたかないが、危機感を持って貰う為には言わずばなるまい。
「最悪の場合、死に至っていた可能性が極めて高かったと言わざるを得ません。でもまぁ、間に合って良かったです♪ 今すぐ、健康体に戻しますから安心して下さい♡」
言いつつ私はジェニファー様の治療を行い、数分後に彼女は健康体に戻ったのだった。
「ついでに、グラス一杯で──マインバーグ伯爵夫人と同じ様に──程好く酔える様にしておきましたから♪ ちなみに二杯以上飲んだ場合、酔い潰れて寝こけちゃいますから気を付けて下さいね♡」
「エリカちゃん… せめて今夜は回復祝いに飲ませてやりなよ…」
私の処置にクレームを入れるミラーナさん。
アンタが一緒に飲みたいだけだろ…
まぁ、仕方無い。
魔法の効果を無くしておくか…
私はジェニファー様に魔法を掛け直す。
「はい、これで先程の魔法の効果は無くなりました。回復祝いって事で、今夜は好きなだけ飲んで下さい。でも、明日からは一杯しか飲めない様にしますからね」
「よっしゃぁああああああっ!!!! この邸の酒を全部持って来いっ! 今夜はジェニファーさんの回復祝いの宴会…」
すぱぁああああああんっ!!!!
ずべしゃぁああああああっ!!!!
私のハリセン・チョップで床にめり込むミラーナさん。
「な… なんで…?」
「ミラーナさんが飲みたいだけでしょうが! この際だからハッキリ言っときますけど、ミラーナさんだって同じ病気になる可能性はあるんですからね! そうなったら、強制的にグラス一杯しか飲めない様にしますから! それがイヤなら、お酒は控えて下さいっ!」
「エリカちゃんの悪魔ぁああああああっ! アタシの唯一の楽しみを奪わないでくれぇえええええええっ!!!!」
他に楽しみを見付けろ。
酒しか楽しみが無いなんて虚し過ぎるだろうが。
ダバダバ涙を流すミラーナさんを、私を含めた全員が冷めた目で見詰めていた。
アンタはもう少し自重する事を覚えろ。