第120話 病気の原因は殴りましょうか? いや、さすがにマズいですよね…?
あれから7日。
私達の乗った馬車は、マインバーグ伯爵領の領都『メリルマート』に到着した。
あれっ?
そう言えば、ミラーナさんの領地ってロザミアだけじゃないんだっけか?
「あぁ、アタシの領地はロザミアを中心に、だいたい四方に馬車で半日程度の範囲だよ。だから、漁村の『ノルン』もアタシの領地なんだ。あそこの魚で作った刺身や寿司、新鮮だから旨いよなぁ♪」
「サシミ? スシ? 何ですかな、それは?」
「私は一度だけですが、エリカ殿の治療院で馳走になりましたぞ。最初は躊躇しましたが、また食してみたいですなぁ♪」
ルグドワルド侯爵が反応し、マインバーグ伯爵が思い出す。
最近では私の影響からか、ロザミアでは徐々に知られつつあるのだが…
さすがに海から離れた内陸部での刺身や寿司の知名度は0。
いや、ロザミアのテーマパークのホテルで提供されているから、全く知られていないってワケでもない。
庶民の間では知られつつあるが、貴族の耳に入る程ではない様だ。
ミラーナさんとマインバーグ伯爵が簡単に説明すると、ルグドワルド侯爵は興味津々で聞き入っていた。
こりゃ、邸でキッチンを借りる事になるかな?
いや、そもそも生の魚が無いから無理か…
王宮なら定期的に魔法で冷凍した魚を送ってるから、頼めば食べられるだろうけどな。
手紙で作り方も教えたし。
「フム… ならばロザミアに行った折にでも、観光ホテルで食してみるとするかな? エリカ殿に頼むのも悪かろう」
「それが良いかも知れませんな。ではエリカ殿、そろそろ到着するので宜しく頼みますぞ」
「任せて下さい、伯爵様♪ それに、ご家族にお会いするのも楽しみです♡」
「息子達は驚くであろうな。この様な可愛らしい少女が腕の良い魔法医だとは、思いも寄らぬであろうからな。はっはっはっ♪」
少女と言っても、中身は27歳の青年なんだけどねぇ…
言えんけど…
────────────────
「「「お帰りなさいませ、旦那様!」」」
執事や侍女達が声をハモらせてマインバーグ伯爵を出迎える。
さすがは領都の邸宅。
とにかく敷地が広い。
馬車が門を潜ってから屋敷に着くまで10分近く掛かったぞ!?
「うむ。皆、変わりはないか? 今日は客人を連れて帰った」
「承知致しました。皆様お泊まりでしょうか? ならば、部屋は幾つ用意致しましょうか?」
侍従長らしい人が伯爵に尋ねる。
「うむ。本日は宿泊して頂くので、5部屋用意してくれ。それから、妻と息子達を応接室に呼んでくれ」
「承知致しました、では」
言って侍従長(らしい人)は奥へと消えて行った。
私達は伯爵の後に付いて応接室へ入る。
さすがに応接室は玄関近くに在るんだな。
ソファーに座って待つことしばし。
侍従長(らしい人)に連れられて4人の男女が入ってくる。
女性は当然、伯爵夫人。
そして1人の青年と2人の少年。
「よぉ、フィリップ! 久し振りだな、元気だったか?」
「あ… あぁ、ミラーナ… 殿下… 久し振りだ… ですね…」
ミラーナさんが青年に気安い雰囲気で声を掛け、青年は少々ビビった様子で返事する。
なるほど…
この青年がミラーナさんの婚約者候補になってブッ飛ばされた人なんだな…
「…何だよ、その無理矢理な敬語は…? そっちの方がアタシより1つ歳上だろ? それに、元・婚約者候補なんだから普通に喋れよ。まぁ、アタシにブッ飛ばされて泣いてたから、気持ちは解る気がするけどさ♪」
「うわぁあああああっ! それは言うなよぉおおおおおおっ!」
泣いたんかい…
それを聞いた私は勿論、ミリアさんやモーリィさんまで遮光器土偶みたいな表情になっていた。
対して呆然としているのが弟達。
「あ… 兄上… ミラーナ殿下に… ブッ飛ばされたのですか…!?」
「まさか… 父上に次いで武闘派の兄上が…?」
言われてみれば、確かにフィリップ様はガッシリした体格だな…
でもまぁ、4体のオーガが相手でもミラーナさんは1人で立ち向かうからなぁ…
相手が悪かったな。
「それは忘れてくれ! ミラーナも、思い出さなくて良いんだよ! それより、父上! 笑ってないで、こちらの客人を紹介して下さい!」
マインバーグ伯爵は私達に背を向け、肩を震わせて笑っていた。
伯爵…
アンタが息子をミラーナさんの婚約者候補にした結果なのに笑うって…
伯爵夫人まで一緒になって笑ってるし…
それは酷いんじゃ…
「そ… そうであったな… いや、スマン…」
涙を拭いながら息子に謝罪(?)する伯爵。
おいおい…
「まずは、こちらの2人だが… ミラーナ様のハンター仲間とでも言うのであるかな? ミリア殿とモーリィ殿だ」
「初めまして! ミリアと申します!」
「初めまして! モーリィと申します!」
緊張してやんの…
「そして、こちらの少女が魔法医のエリカ殿だ。お前達も、王都での出来事を噂で聞いた事があろう?」
あぁ、あの王都で多くの都民を治療した件か…
ここでも噂になってたんだな…
「え… こんな小さな子供が…?」
もう慣れたけどね、この反応…
「今日は、その偉業を直に見る事になるぞ? ミランダの持病を治してくれるそうだからな」
言われて私は伯爵夫人様の前に進み出て、カーテシーで挨拶する。
「お初にお目に掛かります。エリカ・ホプキンスと申します。早速ですが、診療させて頂きますね? まずは、お掛け下さい」
言って私は伯爵夫人様をソファーに座らせる。
そして眼に力を込め、身体の内部を隅々まで診る。
なるほど…
確かに重症だな…
肝硬変か…
事実、メデューサの頭と呼ばれる腹部静脈の怒張──クモ状血管腫──が見られるからな。
肝臓は〝沈黙の臓器〟とも呼ばれ、異変で病気に気付いた時には手遅れの場合が多い。
黄疸も出てるから、末期症状に近いな…
でも、私の魔法医としての実力…
と言うか、私のどんな魔法でも無制限に使える能力と医学知識があれば何も問題は無い。
「ラクにしてて下さいね。すぐに治しちゃいますから♡」
私は伯爵夫人の右胸の下に手を当て、肝臓の状態を確認しつつ治療を施す。
程無くして夫人の顔色は良くなり、体調の回復した夫人は伯爵に駆け寄り抱き付く。
「あぁっ! アナタっ! 倦怠感も何も無いのよ! 治ったのよ! 病気が治ったんだわ!」
うんうん、良かった良かった♪
でもまぁ、見ている方が恥ずかしくなる程の抱擁は遠慮して欲しいんだが…
「これでまた大好きなお酒が飲めるのね! 今日からまた、ブランデーを浴びる程飲みまくるわ! ついでに今夜は宴会よ!」
ちょっと待ったらんかい、コラ。
「奥方様… それが病気の主な原因です… 酒を摂取し過ぎなんですよ… 飲むなとは言いませんが、程々を心掛けて下さい…」
私に言われ、不満な表情の伯爵夫人。
「えぇ~っ!? だって、主人が居ない間の楽しみってお酒しか無いんですよ!? まだまだ女盛りですのに、ルドルフ様ったら仕事や鍛練ばかりで…」
「いや、ミランダ… そなたの気持ちも解るのだが、いかんせん私も最近は疲れが溜まっておってだな… その… 何と言うか…」
息子達の前で生々しい会話は止めろ。
まぁ、仲が良いのは喜ばしいが…
ルグドワルド侯爵も、何か言いたげな様子で眉間に皺を寄せていた。
おいおい、まさかアンタの奥さんも肝硬変じゃないだろうな。
…まさかと思うけど、イルモア王国の貴族夫人は全員が酒の飲み過ぎで肝硬変を患ってたりして…
そんな私の心配を余所に、宴会の準備は粛々と進められていたのだった。
とりあえず、奥方が肝硬変を患ってる貴族の主人は、全員殴ろうと思ったのだが…
さすがに貴族を殴るのはマズいと判断しました…