第116話 イルモア王国軍の奮戦と、チュリジナム皇国軍の不穏な空気
「突撃ぃ~ッ! 敵は浮き足立ってるぞぉ! 蹴散らしてやれぇ!」
叫びつつミラーナはチュリジナム軍に向かって走る。
「突出し過ぎるな! 足場の良い所で迎え撃て! 石だらけ、木片だらけの場所を通るのはチュリジナム兵だけで充分だ!」
ミラーナの号令で、石が散乱する場所の十数m手前で止まるイルモア軍兵士達。
対するチュリジナム軍兵士は、この時点で既に疲労困憊。
大量の石や木片が散乱し、雨で泥濘んだ地面を進んで来たのだから無理もなかった。
中央・右翼・左翼からイルモア軍とぶつかったチュリジナム軍兵士は、ある意味で運が良かった。
中央ではミラーナ、右翼ではミリア、左翼ではモーリィが、チュリジナム軍兵士を一瞬の内に天国へと送り届けていた。
下手に斬られて苦しみながら死ぬ事に比べれば、遥かに運が良いと言える。
当の本人達は、単にチュリジナム皇帝に対する怒りを敵兵士達にぶつけているだけだったが…
「ぅおっしゃあぁあああああっ!!!! 敵は怯んでるぞぉおおおおおおっ!!!! 一気に叩き潰せぇえええええっ!!!!」
中央でミラーナが叫ぶ。
「良いですよぉおおおおっ!!!! このまま一気にチュリジナム軍を押し潰しましょぉおおおおっ!!!! この調子なら、イルモア王国の勝利は疑いありませんからねぇえええええっ!!!!」
右翼ではミリアが叫ぶ。
「行っちゃえ、行っちゃえぇえええええっ!!!! チュリジナム兵が何だぁあああああっ!!!! 斬れっ! 叩けっ! 潰しちゃえぇえええええっ!!!! チュリジナム兵よ、死んで私達の糧と成れぇえええええっ!!!!」
左翼ではモーリィがブッ飛んでいた。
この場にエリカが居たなら『少しは落ち着かんかいっ!』と、ハリセンで殴り倒していただろう。
ともあれ3人に気圧され、チュリジナム兵達は及び腰になっていた。
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「如何ともし難い… 我が軍に勝ち目は無い… 私はそう思う… 諸君等の忌憚の無い意見を聞きたい…」
チュリジナム軍、野戦司令部の簡易会議室で、最高司令官は力無く他の司令官達に聞く。
司令官達は互いに顔を見合せて頷く。
「我々も同意見です。このまま戦を続けても、兵の損耗が激しくなる一方でしょう」
「ですが、皇帝陛下の命である以上、退く事も出来ません」
「それです! 皇帝陛下に状況報告は行っておるのでしょう!? 陛下は何と仰っているのですか!?」
最高司令官に全員の注目が集まる。
彼は溜め息を吐いて首を振る。
「陛下は『何としてもイルモア軍を打ち破れ』の一点張りだそうだ… こちらの現状など、考えてもいないのだろうな…」
その言葉に全員が愕然とした。
脱力して椅子に凭れる者、怒りでテーブルを叩く者、涙を流す者、反応は様々だった。
「…この様な事を言うのは憚られるが、陛下は何も解っておられぬのではないか? 我が軍の被害は甚大。既に2割を超える兵が死傷していると言うのに…!」
チュリジナム軍の兵数は、40万から僅か数回の戦闘で30万そこそこまで減っていた。
2割5分近い損耗である。
全滅とされる定義の3割に近い損耗率であった。
「現状を見れば、既に我が軍は… いや、我が国はと言うべきか… 負けたと言っても良かろう。このまま戦い続けたとて勝てる見込みは無い。チュリジナム皇国はイルモア王国に負けたのだ。異論があるなら聞こう」
最高司令官の言葉に誰もが口をつぐむ。
全員が理解していた。
戦争を継続しても無駄に兵を減らすだけで、全く光明を見出せない事を。
「しかし、どうするのです? このまま皇国に… 帝都に引き揚げるのですか? いや、勿論それには賛成です。これ以上の兵を犠牲にする事は避けねばなりません。しかし、皇帝陛下の許可も得ずに戦場を放棄する事は敵前逃亡と見なされ、重大な軍規違反となる可能性が…」
もっともな意見であった。
しかし、戦場を知らない皇帝と、嫌と言う程知り尽くしている者とでは、判断が大きく異なるのも無理はなかった。
そして、最高司令官は1つの大きな決意を固めていた。
「諸君が心配するのも解る。だが、皇帝陛下は戦場を… 戦争を知らぬ。戦場を… 戦争を知らぬ者の身勝手な言動を、これ以上看過するのは我慢出来ぬ!」
最高司令官の怒りに満ちた表情に、誰もが息を呑んだ。
だが、誰もが彼の怒りを理解していた。
「諸君も覚えているであろう。この戦争の… 出陣の時の兵士達の目を。あれはイルモア王国に対する怒りの目ではなく、明らかに皇帝陛下に向けられた怒りの目である事を」
全員が出陣の時の光景を思い浮かべ、自身も少なからず皇帝に怒りの感情を抱いた事を思い出した。
「私は既に、ベルルーシ王国とカルボネラ王国の牽制に当たっている軍勢に手紙を送っている。それは、今回の戦争に納得できない場合、私は状況次第では皇帝陛下を弑するつもりである旨だ。そして実際、納得できない状況になってしまった… それは諸君も理解している事でもあろう」
「では、最高司令官殿… 貴君は…」
最高司令官はコクリと頷く。
「こうなってしまった以上、是非も無かろう。別に私が皇帝陛下に取って代わろうと言うつもりは無い。だが、皇帝陛下を放っておいてはチュリジナム皇国に未来が無いのも事実と言わざるを得ない。こうせざるを得ないのだ。苦渋の決断だと理解して欲しい」
最高司令官は、肩を震わせ泣いていた。
彼の話を聞いた司令官達も、心情を理解し泣いていた。
ここに、チュリジナム皇国と皇帝の末路が決定したのだった。
勿論、イルモア王国側には知る由も無く、戦闘は苛烈を極めていた。
その反面、相変わらずエリカは治療所でフライドポテトと唐揚げに舌鼓を打っていた。
更に言えば、先日思い付いた『餃子』を再現する事にも思いを馳せていた。