第115話 雨の中の戦闘開始 with フライドポテト&唐揚げ♡
夜が明けると、生憎の雨だった。
視界は悪くなるし、地面は泥濘んで進軍の妨げになる。
だが、それは攻め込んで来るチュリジナム軍にとっての話で、迎え撃つ立場のイルモア軍には関係ない。
むしろイルモア軍にとっては有利に働く。
敵の進軍速度が落ちるという事は、投石機や弩砲の射出回数を増やせる可能性が高まるのだ。
せいぜい1~2回増やせる程度だろうが、それでも敵の兵数を白兵戦の前に削げるのは僥倖だろう。
それを敵が危惧して今日の戦闘を中止しなければの話だが。
「敵影を確認! 距離、およそ1500!」
監視兵が叫ぶ。
どうやら、敵が戦闘を中止するかも知れないと思っていたのは杞憂だった様だ。
相変わらず敵は無謀な戦闘を続けるつもりらしい。
ならば、こちらも遠慮は無用。
投石機と弩砲で文字通り潰し、更に白兵戦で蹂躙してやるだけだ。
「投石機部隊! 弩砲部隊! 射出準備、急げぇっ!」
これから始まるチュリジナム軍の無謀としか思えない特攻に、私は溜め息を吐く以外は出来なかった。
「はぁ… 戦果を挙げられる可能性があっての特攻ならまだしも、投石機や弩砲に潰される前提での特攻とは如何なモノなんでしょうねぇ…?」
私は誰に聞くでもなく、独り言の様に呟く。
今までの戦いを見ると、チュリジナム皇国側は何の工夫もしていない様にしか思えない。
単純に正面から突っ込んで来るだけ。
まぁ、地形的に正面から突っ込むしか方法は無いとも言える。
勿論だが、それを見越して選んだ戦場でもあるワケなんだが…
それにしても戦術が単調過ぎやしないか?
確かに私の感覚では、この世界は私の知る中世ヨーロッパ程度の文明だ。
それでも中世ヨーロッパの文明では、それなりに戦術が構築されていた筈なのだが…
我々の500m右側は崖であり、そこを登ってくる可能性を考慮して落石部隊を配置してある。
登らずに崖下を迂回して後方へ回ろうとしても、同様に落石攻撃を行い道を塞ぐ。
塞がれた道を突破しようとしても、弓矢部隊の餌食となるだけだ。
また、我々の1㎞左側は禿げ山だ。
こちらに発見されない様に迂回するなら山の向こう側を進軍する必要があるが、峻険な山を迂回などしていたら兵が疲弊して満足に戦えないだろう。
「皇国軍は、正面から攻めるしか方法は無いって事だろ。潰されるのを解っていながら突っ込んでくるのは、勇敢でもあり哀れでもあるな…」
しみじみと言うミラーナさんだが…
哀れと言いつつ、ニヤニヤ笑うのは止めた方が…
暴れられるのが嬉しいんだろうが、その笑顔に周りの将兵達はドン引きだぞ?
「暴れるのはけっこうですけど、味方に被害を出さない様に注意して下さいよ?」
ジト目で言う私の台詞に、ミラーナさんの笑顔が引き攣る。
被害なんて出さないと言いたいだろうが、3人が激突して失神してから1日も経ってないからな。
言いたくても言えないだろ。
ミラーナさんはしゃがみ込み、地面に〝の〟の字を書いていじける。
おいおい…
「敵兵との距離、およそ700!」
「よしっ! 第1弾、放てぇっ!!!! すぐに第2弾を準備しろっ! 完了したら順次発射! 可能なら、今日は5~6発お見舞いしてやれ!」
監視兵が告げるとミラーナさんが叫ぶ。
立ち直り早いな、おい…
「…着弾の様子、昨日よりエグくなってないか? 石が当たって後ろにフッ飛ぶなら分かるけど、前や横にもフッ飛んでるぞ?」
「それは昨日までの石が大量に散乱してるからですよ」
「それって……… あぁ、なるほどね」
ミラーナさんは少し考えたが、すぐに理解した様だ。
昨日までの攻撃で、地面には大量の石が散乱している。
その石に、飛んできた石が当たるとどうなるか?
砕け散った石は前後左右あらゆる方向へ不規則に跳ね返り、直撃を免れた兵士に襲い掛かるのだ。
矢も例外ではない。
細身の丸太の様な矢であるが、所詮は木材。
石に直撃すれば砕け散り、その破片が敵兵士を襲う。
また、破片が甲冑の隙間から中に入れば、動く度に痛みを与える。
ジョイント部分に当たれば動きを阻害する変形を作り、表面を凹ませるだけでも違和感を覚えさせる。
そんな状態で白兵戦に突入するのは、敵とは言えど同情を禁じ得ない。
「むしろ、その方が地獄かもな… 直撃を食らった方が、長く苦しまずに死ねるからラクだろ。死ねなかった連中には、哀れみさえ感じるよ…」
そ~ゆ~考えもアリっちゃアリか…
確かに誰しも苦しんで死にたくはないわな。
同じ死ぬなら、一瞬で死にたいと思うのは無理からぬ事だろう。
それが死ぬ程の怪我も無く、戦闘を継続せざるを得ない兵士は確かに哀れだ。
ミラーナさん、意外に慈悲深いのかな?
「だからこそ、アタシは一撃で屠ってやらなきゃな♪」
慈悲の欠片もありゃしねぇ!
いや、むしろ慈悲深いのかも…
苦しんでる敵に止めを刺して、苦しみから解放してやるのも一つの慈悲である。
所謂『武士の情け』ってヤツだな。
ミラーナさんの場合は全く違う様な気がするんだけど…
そんな事を考えてる内に遠距離攻撃は4発目が射出され、5発目の準備が終わりつつある。
「やっぱり敵の進軍速度が落ちてますね。ただでさえ大量の石が散乱して足場が悪い上、雨で泥濘んだ地面ですからね。石や矢が人に当たらずとも、泥を跳ねる事で進軍を邪魔してるんでしょうね」
「泥が跳ねて進軍を邪魔? そんな事、あるのかい?」
ミラーナさんには疑問らしい。
けど、泥は意外に厄介なモノなのだ。
渇いた地面なら、石の着弾で舞い上がるのは殆どが砂だ。
そしてそれは、そんなに高くまでは舞い上がらない。
だが、泥は違う。
意外に高く飛び散り、目に入りでもすれば視界を奪われる上に痛みで戦闘どころではなくなる。
目に入らずとも、甲冑にへばり付く事で動きを妨げる要因にもなる。
「なるほどねぇ… 泥って意外に厄介なんだな。なら、イルモア軍としては今が好機ってヤツだな♪」
ミラーナさんはニヤリと笑い、剣を構える。
そして…
「第5弾、放てぇっ! 近接戦闘部隊も突っ込むぞ! チュリジナム軍を蹂躙してやれ!」
言って自ら先頭に立ち、敵に突っ込んで行った。
私は負傷兵が出た時に備え、治療所へと向かうのだった。
勿論、フライドポテトと唐揚げの箱を両腕いっぱいに抱えて…