第114話 反省してますか?
「夕食の時間であるが、その前に明日の作戦を簡単に説明する」
夜20時、司令部の会議室兼将校用食堂に司令官や部隊長が集まり、最高司令官のルグドワルド侯爵が話し始める。
ミラーナさんはルグドワルド侯爵の隣で、憮然とした表情で椅子に座っている。
作戦自体は投石機と弩砲の発射間隔を今日より更に縮め、敵の進軍を牽制する事。
今日は3発射出したが、明日は4発。
可能であれば5発射出する事。
白兵戦に於いても、接敵前に弓矢での攻撃を行う事。
同じく接敵前に於ける、中・遠距離での魔法攻撃の積極的使用。
ただし、魔力枯渇を起こさない様、充分に注意する事が言い渡された。
「…と、諸君は各々の部隊で編成を考えて欲しい。ミラーナ様、如何ですかな?」
「…………………………………………」
ミラーナさんは無言でルグドワルド侯爵を睨み付ける。
「ミラーナ様… 何か問題でも?」
ミラーナさんは大きく溜め息を吐き、ルグドワルド侯爵に言う。
「作戦自体は問題無い… それより、いつまでアタシは椅子に縛り付けられてなきゃいけないんだよ…?」
そう。
ミラーナさんは、未だにロープで椅子に縛り付けられていた。
勿論、『私達は戦場で調子に乗り過ぎ、互いに激突して失神した恥晒しです』と書いたプラカードを首からブラ下げたままで。
ちなみにミリアさんとモーリィさんも、一般兵士用の食堂で同じ状態だったりする。
「エリカ殿、そろそろ宜しいのではないか? 確かに今日のミス… と言うか、不注意を知った時には私も笑… 驚きましたが…」
「おいコラ、マインバーグ伯爵! 今、笑ったって言いかけたろ! アタシだって、好きで激突したワケじゃないぞ! 偶然なんだよ、チキショーッ!」
椅子に座ったまま悶絶するミラーナさん。
「仕方無いですねぇ… まぁ、そろそろ良しとしますか」
言って私はミラーナさんの背後に回り…
「ミラーナさんの活躍には皆さんが期待してるんだから、もっと注意して下さいよ?」
私はミラーナさんを後ろからギュッと抱き締め…
「不老不死とは言え、怪我はするんです。ミラーナさんが怪我したら、司令官や兵士の皆さんが動揺して戦局に大きな影響が出るかも知れないんですよ?」
「エリカちゃん…」
しんみりするミラーナさん。
だが…
「だから調子に乗り過ぎて本能だけで動くなって~のっ!」
私はミラーナさんの顎先に肘を置き、前腕と上腕で頸動脈を挟み込む。
スリーパー・ホールドの体勢に入って数秒。
ミラーナさんは白眼を剥いて失神した。
「とりあえず会議を続けて下さい。私はミリアさんとモーリィさんの所に行きますね♪ あの2人も騒いでるかも知れないから黙らせないと♪ あ、今の事はミラーナさんには内緒ですからね♪」
全員の目が点になっていた様だが、気にしない気にしない♪
どうせ私はイルモア王国最強だと言われてるんだ!
開き直ってやるわい!
───────────────
「…んあっ? え~と… あれっ?」
目を覚まし、キョロキョロと周りを見渡すミラーナさん。
「起きましたか? 後はミラーナさんだけなんで、早く食べちゃって下さいね」
ミラーナさんの隣では、ミリアさんとモーリィさんが食事を終えて寛いでいる。
「何があったんだろ… エリカちゃんがアタシを後ろから抱き締めて、何だったか嬉しい事を言ってくれてた事は何となく覚えてんだけど…」
ブツブツ言いながら食事するミラーナさん。
よしよし、スリーパー・ホールドで絞め落とした事は覚えてないな♪
「ねぇ、エリカちゃん。なんでミラーナさん、失神してたの?」
「そうそう、私も知りたいんだけど」
余計な事を聞くな、お前等!
「それ、アタシも知りたいな。何だか分からないけど、急に意識が遠のいた様な…?」
言いつつ考えつつ、それでも食事の手は止めないミラーナさん。
腹減ってんだな、もう22時だし…
「さあ? 私が後ろから抱き締めてたら、急に寝ちゃったんですよね~。疲れてたんじゃないですか? 話を聞くと、結構激しい戦闘だったみたいですし」
とりあえず誤魔化す!
「それより、皇国軍を探っていた諜報員からの報告です。多少減ったとは言え、皇国軍は35万人は降らないそうです。そして何より、連中の士気を保っているのが『勝利の暁には、功績のあった者を小国の王に任ずる』との皇帝の言葉です」
私の話を聞き、表情を強張らせる3人。
「そうだったよな… この戦、絶対に負けるワケにはいかねぇ… 万が一にも負けたら、イルモア王国は解体されて分割されちまう。その上、何処の馬の骨とも分からねぇヤツに王として分け与えられちまう。イルモア王国の歴史は200年も無えが、アタシの先祖が統治して以来ずっと平和で豊かな国を保って来たんだ。絶対に負けるワケにはいかねぇ!」
敵意剥き出しで怒りを露にするミラーナさん。
それでも食事の手を止めないのが彼女らしいのだが…
「私だって! 絶対に負けませんよ! 私もイルモア王国は大好きなんですから、連中の好きにはさせません!」
「私もイルモア王国は大好きだもんね! イルモア王国が在るからロザミアが在るんだし、大好きなイルモア王国が蹂躙される事にでもなったら、ロザミアだって無事じゃ済まないもんね! 絶対に守るよ!」
ミリアさん、モーリィさんも気合い充分の様だ。
諜報員の報告に依ると、皇国軍兵士の戦意は微妙だそうだ。
戦意の高い者と低い者の差が激しいらしい。
功績を挙げて小国の王になる事を夢見ている連中と、功績を挙げても身分の高い者が優先されるだろうと諦めている者に二分されているのだとか。
それでも勝てば何かしら褒美を貰え、豊かな生活を送れる可能性は考えられるのだ。
皇国軍としては『勝利かヴァルハラか』ってトコだろう。
ヴァルハラとは天国の事で、言葉を変えれば『死』を意味する。
それはすなわち『勝つか死ね』と言われるのと同義である。
そして、大半は後者──ヴァルハラ=死──となる。
更に皇国軍にとって我が軍の投石機と弩砲は、ヴァルハラへの片道切符を強引に渡す地獄の使者なのだ。
その攻撃から運良く生き残っても、無傷のイルモア軍との白兵戦に突入する。
勝てる見込みは殆ど無い。
だからこそ、こちらは気が抜けない。
相手は死兵──死ぬ事を前提として戦う者──なのだ。
これほど厄介な敵は居ない。
だからこそ、そんな戦いを兵達に強要するチュリジナム皇国は叩き潰さなければならない!
ミラーナさんを絞め落とした事を誤魔化し、3人の意識をチュリジナム皇国軍に向ける事に成功した私はコッソリとガッツポーズ!
「ちなみに明日からは基本的にミラーナさんが中央の軍、ミリアさんが右翼の軍、モーリィさんが左翼の軍に、それぞれ単独で配置されます♪ 今回みたいに調子に乗って、互いに激突して失神しない様にとの事と、味方にも変な影響が無い様にとの事なので異論は認められませんから♪ これなら3人共が好き勝手に暴れても大丈夫ですよね? 全軍一致で賛同を得ましたので、それぞれ味方の居ない所で暴れて下さい♪」
私の言葉に3人は顔を見合せ…
「「「気を付けます…」」」
と、頭を垂れたのだった。
口だけじゃない事を祈ろう…