第111話 恥を掻かされたらハリセンですね♡
「戦で功績を挙げた者は、身分を問わず小国の王に任ずる!? チュリジナム皇帝の野郎、ふざけやがって!」
捕虜から何があって目の色を変えて攻撃を続けるのかを聞き出した私の報告に、ミラーナさんは驚いて声を荒げる。
そりゃそうだろう。
開戦したばかりで勝つか負けるかも判らない状態──むしろ皇国軍の方が不利──なのに、既に勝ったつもりなんだろうか?
見れば、ルグドワルド侯爵やマインバーグ伯爵も苦虫を噛み潰した様な表情だ。
私に言わせりゃ、まさに『取らぬ狸の皮算用』ってトコだな。
「ミラーナ様。こうなればチュリジナム軍を徹底的に叩いてやりましょうぞ」
「ルグドワルド侯爵の仰る通り、目に物見せてやらねばなりますまい」
周りを見渡せば、2人以外の司令官達も憤っている様だ。
こりゃ、チュリジナム皇帝は自分で自分の首を締めたな。
ミラーナさんを怒らせちゃって、どうなっても知らないぞ?
…いや、ちょっと待てよ?
ミラーナさん、怒りで我を忘れて暴走しないだろうな?
「ミラーナさん、暴走だけはしないで下さいよ? 怒るのは尤もですが、冷静に戦って下さいね? さもないと味方に被害が…」
「なんでアタシが味方を攻撃すんだよっ!」
すぱぁああああああんっ!!!!
べしゃっ!
私はミラーナさんのハリセン・チョップをモロに受け、潰れたカエルの如く床に突っ伏した。
いや、なんかミラーナさんだとやっちゃいそうだったから…
「ミラーナ様。エリカ殿の意見にも一理あるかと…」
「然り。国王陛下もミラーナ様の暴走を危惧しておられましたからな」
「なんだよそれぇええええええっ!? なんで皆、アタシが暴走すると思うんだぁああああああっ!!!!」
ミラーナさん…
アンタ、司令官としての能力や剣士としての実力は100%信用されてるけど、暴走に関しては100%信用されてないのな。
その理由が何なのか、その内マインバーグ伯爵にでも確かめた方が良さそうだな。
「とりあえず、夜襲に備えて見張りの兵を増やして配置しておきます。我々は夕食を摂って、明日に備えましょう」
ルグドワルド侯爵に促され、ミラーナさんと私は司令部の簡易食堂へと向かった。
ハリセンのダメージが残って意識が朦朧としてる私は、ミラーナさんに引き摺られてだけど…
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「ゴメンってば~… 気付かなかったんだよ~… そろそろ機嫌直してくれよ~…」
ここは簡易食堂の一画。
私は怒っていた。
何がって?
ミラーナさんが私を食堂まで引き摺って来た。
それは良い。
いや、良くはないだろうけど…
とにかく引き摺り方が悪かった。
よりによって、片足を持って引き摺りやがったのだ。
その所為でスカートが捲れ上がり、私は大勢の兵士にパンツを見られたのだ。
怒るなと言う方が無理だろう。
「エリカちゃん、魔法で皆の記憶を消すって出来ないの? エリカちゃんのパンツを見た部分の記憶だけ消したら良いんじゃないかしら?」
「そうそう、それそれ! 皆のパンツを見た記憶を消してさ、アタシもハリセン一発受けるから許してくれよぉ!」
ミリアさんの提案に乗っかり、許しを乞うミラーナさん。
まぁ、皆の記憶を消す程度、簡単だからな。
ハリセンも受けるって事だし、それで許すか。
「分かりました。じゃ、まず私のパンツを見た人の記憶を消します」
言って私は魔法の呪文を唱えるフリをする。
勿論、口をモゴモゴ動かしてるだけで、何も唱えていない。
そもそも私の魔法に呪文なんて必要ないんだから。
「…さて、これで私のパンツを見た人の記憶も消しましたし、次はミラーナさんにハリセン一発ですね♡」
言って私はハリセン──ミラーナ仕様──を異空間収納から取り出す。
「え~と… アタシの記憶は消えてないみたいだけど…?」
冷や汗を流しながらミラーナさんが言う。
「私も消えてないわよ?」
「うん、私も」
ミリアさんとモーリィさんも、首を傾げながら言う。
リンダさん達も、ウンウンと頷く。
「それはホラ、女同士だから良いかな~と思いまして。じゃ、ミラーナさん♡ 覚悟は出来てますね?」
言いつつ私はハリセンをバッティング・フォームで構える。
「えぇとぉ… 皆の記憶も消した事だし、少しは手加減してくれると嬉しいかな~なんて思ってるけどぉ… ダメ?」
「勿論、ダメです♡」
両手の人差し指をツンツンしながら言うミラーナさんに、私はニッコリ笑ってダメ出しをする。
そして…
「覚悟ぉっ!!!!」
すぱかぁああああああんっ!!!!
べちぐしゃぁああああああっ!!!!
私のフルスイングしたハリセンに叩き飛ばされたミラーナさんは、簡易食堂の壁をブチ破って外の地面に倒れ込んだのだった。
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「やはりダメか…」
チュリジナム皇国軍の司令部では、司令官達が死んだ魚の様な目をしていた。
皇帝が餌として『功績のあった者は戦後、小国の王として任じる』と言う提案を出したにも拘わらず、満足できる戦果は何も無かったのだ。
むしろ、無駄に兵を減らしただけに過ぎなかった。
イルモア王国の新兵器の攻撃で、一瞬にして数千人が死傷。
怯んだ状態で白兵戦に突入し、更に数千人が犠牲になった。
40数万人の軍としては僅か数%の損失に過ぎなかったが、この様な戦闘が続けば自軍の戦力は徐々に削られ、いずれ敗北するのは目に見えていた。
「ダメなのは解っている。だが、退く事は許されん。退けば皇帝陛下が我等を断罪するのは間違い無かろう。敵と戦って死ぬか、退いて斬首されるか… 我等に与えられた道は、そのどちらかしか無い。私はチュリジナム皇国の貴族として、そして武人として、同じ死ぬなら戦って死ぬ事を選ぶ」
その言葉に他の司令官達も頷く。
そして彼は言葉を続けた。
「今から話すは、ここだけの話だ。諸君がどう思うかは自由。だが、私の心からの本音として聞き流して欲しい」
彼が何を言いたいのか、司令官達は何となく理解していた。
そして、その通りの事を彼は話した。
「私は皇帝陛下に失望した。いや、絶望したと言っても良いだろう。彼我の戦力差は拮抗してると言っても良いが、兵器の差で敗けは確実だろう。にも拘わらず、現状を把握しようともせず、無謀な戦いを止めようともしない皇帝陛下には、もはや愛想が尽きた。それでも私はチュリジナム皇国の貴族であり軍人だ。皇国が滅ぶのを見るのは耐え難い。よって私は今回の戦で玉砕するつもりだ。諸君等は私と共に玉砕するも良し、生きて皇国の最期を見届けるも良しだ。私と志を共にする者は、あの世で皇帝陛下に説教してやろうではないか!!!!」
話を聞いた司令官達は深々と頷いた。
この瞬間、チュリジナム皇国の命運は決まったのであった。