第110話 チュリジナム軍より、フライドポテトの美味しさに負けました
「ミラーナ様、皇国軍が動き始めた様です」
「ほぅ? やっと動いたか♪ で、やっぱり正面から来たか?」
マインバーグ伯爵の報告にミラーナさんが嬉しそうに聞き返す。
おいおい…
「まぁ、皇国軍は地形的に正面から攻めるしか策はありませんが…」
ルグドワルド侯爵…
それを言っちゃあ身も蓋も無いんですけど…
「それは言ってやるなよって感じですけどね。とにかく、投石機部隊と弩砲部隊に準備を急がせましょう」
私はそれとなくフォロー(?)を入れ、司令部の治療所へ向かうべく席を立つ。
気合いを入れて、怪我人が出た時に備えなきゃな!
「エリカちゃん… せめて両手いっぱいにフライドポテトの箱を抱えて行くのは止めた方が…」
あ、やっぱり?
駄菓子菓子… じゃなくて、だがしかし!
「いや、お腹が空いたら集中力を欠いて治療ミスを犯すかも知れないですし! そんな事になったら、何の為に私が軍医として来てるのかも判りませんし! だからこれは必要なんです!」
皆さん!
そんなジト目で私を見ないで下さい!
これくらいは許して下さい!
たかだか30パック程度じゃありませんか!
だって!
だってだって!
このフライドポテト美味しいんですよぉおおおおおおおっ!!!!
そして私は逃げる様に──いや、逃げてるけど──治療所へと走り去ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は少し遡り、ミラーナとエリカがチュリジナム皇国軍に動きが見られない事を話していた頃。
ここはチュリジナム皇国の王宮会議室。
チュリジナム皇帝がイライラしながら公爵達に聞く。
「で? まだ我が軍は攻め込まぬのか? まだ躊躇しておるのか? 怖じ気付いておるのか!?」
公爵達は答えない。
いや、答えられない。
皇帝の言う通り、全ての司令官や兵士が躊躇し、怖じ気付いているのだから。
伝令兵の報告や、戦闘能力を奪われて戻って来た兵士の姿が全てを物語っていた。
下手に突っ込めば、大量の石や丸太の様な矢が飛んで来るのだ。
どちらも直撃を食らえば悲惨な死を遂げる事になる。
よしんば直撃を避けても、腕や脚に当たれば戦闘不能になるのは間違い無い。
そうなれば、生き残ったとしても普通の生活には戻れないのだ。
誰もが口を噤むのは当然の事だった。
「仕方が無い。ならば、目の前に餌をぶら下げてやろうではないか」
チュリジナム皇帝がニヤリと笑い、会議室の空気が張り詰める。
「イルモア王国の周辺国は、元々大国だったイルモア王国から割譲された小国であろう? なら、イルモア王国を滅ぼせば周辺国を手に入れたも同然。この戦に勝利した暁には、功績のあった者の身分を問わず小国の王に任じてやろうではないか。イルモア王国も分割して小国を造り、功績のあった者に王として治めさせようではないか。どうだ? これなら戦う気になるであろう? すぐに前線に伝えよ! この条件でも戦わぬ者は、敵前逃亡罪としてその場で斬首せよ! 栄誉か死か! 選ぶのは己れ自身である!」
生か死か。
栄誉か死か。
チュリジナム皇帝自身、『失敗=破滅』と言う図式を自ら描いた事に気付いてはいなかった。
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戦場は凄惨を極めていた。
チュリジナム皇国軍が食らった遠距離攻撃は2回。
1回目も2回目も多くの兵が石や丸太の様な矢を食らい、肉塊や丸太に貫かれたオブジェと化していた。
それでもチュリジナム皇国軍は進軍を止めなかった。
「どうなってやがんだ? 連中、前回と違って目の色を変えてやがる様だが… ルグドワルド侯爵、貴殿はどう思う?」
戦場を眺めるミラーナが、隣に控えるルグドワルド侯爵に意見を求める。
「仰る通りですな。なにやら取り憑かれた様に攻めて来ております。何かあったんでしょうか?」
聞かれてミラーナは首を傾げる。
「前回と今回の間に何かあったと考えて然るべきだな。生き残ったヤツを何名か連れて戻る様、マインバーグ伯爵に伝えてくれ。エリカちゃんに治療して貰って話を聞き出す」
ミラーナの指示に頷き、ルグドワルド侯爵は伝令を走らせる。
それを見届けたミラーナは踵を返し、治療所へ向かった。
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「…てなワケで、連れて来る敵兵の治療を頼みたいんだ。完全に治さなくても構わない。連中、前回と違って退こうとしないんだよ。何があったか聞ければ良いんだ」
治療所のベッドに寝転び、私のフライドポテトをつまみ食いしながら話すミラーナさん。
相変わらず行儀悪いなぁ…
「了解です。それにしても不思議ですよね。何が彼等をそこまで動かすのか、私も知りたいですね」
言いつつ私もフライドポテトを摘まむ。
戦場で作られたとは思えない絶妙の塩加減が何とも言えず、私は追加で50箱を治療所に運ばせていた。
放っといてくれ、美味しいモノは美味しいんだ。
「まぁ、何があったのかが判れば良いからさ。話を聞き出した後は好きにしてくれて構わないよ。捕虜を生かすも殺すもエリカちゃん次第…」
「殺すかぁああああああっ!!!!」
すぱぁああああああんっ!!!!
ぱぐしゃあっ!!!!
久し振りのハリセン・チョップが寝たままのミラーナさんに直撃し、ベッドも破壊したのだった。
普通のハリセンを取り出したつもりだったが、間違ってミラーナさん仕様の特別製ハリセンを出しちゃった様だ。
まぁ、ミラーナさんだから良いか。
その後、日が暮れてようやくチュリジナム皇国軍も兵を退き、負傷しているものの息のある数人のチュリジナム兵が治療所に運ばれて来た。
その負傷兵を回復させ、詳しい話を聞いた私達はチュリジナム皇帝に対して非難の声を挙げたのだった。