第109話 敵は動く? 動かない? 私達は何をする?
あれから3日。
チュリジナム皇国側に、これと言った動きは見られない。
まぁ、それまで一進一退の攻防だったのが、ほんの僅かな時間で一気に劣勢──主にメンタル面で──になってしまったのだ。
簡単には反撃に出られないだろう。
もっとも、イルモア王国側もメンタル面でダメージを受けていた。
チュリジナム側とは違う意味で。
「皆さん、そろそろしっかり食べないとダメですよ? いい加減、敵が気持ちを持ち直す頃かも知れませんからね」
ゲチョグロの死体を見て以来、私以外の司令官達やミラーナさん達は殆ど食事をしていない。
幸いなのは、一般の兵士達がゲチョグロの死体を見ておらず、全員体調良好な事だろう。
だが、指示を出す者が体調不良では士気に拘わる。
「そうは言うがエリカ殿、胃が受け付けてくれんのだよ。気持ちの上ではしっかり食って皆を率いねばと思っておるのだが…」
いつもと違い、弱々しい台詞を吐くマインバーグ伯爵。
確かに、初の解剖実習を終えた後は、多くのクラスメート達が似た様な状態だったっけ。
でも、ここはそんな平和な場所じゃない。
ちょっとした判断ミスが命取りになる、生きるか死ぬかの場所。
兵士達を鼓舞する人物が、そんな弱音を吐いてどうすんだ。
「いつもと同じ様に食べようとするからですよ。肉や野菜、ひと欠片ずつで構いません。少しずつ、ゆっくりで良いですから。そうすれば食べられる筈です」
私のアドバイスを半信半疑で食べ始める司令官達。
だが、長い時間は掛かったものの、全員が出された食事を完食したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何がどうなっておるのだっ!!!!」
会議室でテーブルを叩きながらチュリジナム皇帝は叫んだ。
少し前に到着した伝令兵から数日前の惨敗を聞かされた皇帝は、怒りに震えていた。
一夜にして櫓の様な物が5台も出現しており、戦闘が始まるかどうかと言う時に、何処からともなく飛んで来た大量の石や細身の丸太とも言える太さの矢に、多くの兵が潰された。
そう、倒されたと言うより潰されたと言う方が正確な表現だった。
報告を聞いただけでは想像も出来なかった。
たかが石だろう。
そう思いたかった。
敵との距離も400m近くは離れていたと言う。
にも拘わらず、何が起きたか理解するヒマも無いまま更に第二撃を食らい、数百人もの兵士が潰されて部隊は壊走したと言う。
会議室に集まった公爵達も、伝令兵の報告だけでは詳細が解らずオロオロしていた。
「皇帝陛下… おそらくイルモア王国は、我々の知らぬ新たな兵器を開発したのではありませぬか? 対する我がチュリジナム軍に、その様な物はありませぬ。一旦軍を退かせ、我々も新たな兵器を開発してから臨むべきではありませぬか?」
公爵の1人が動揺を抑えながら進言する。
が、その手は震えを抑えられずにいた。
テーブルの上でワナワナと震える手に、自身の汗が滴り落ちる。
「まだだ… まだ負けたワケではないっ! 伝令の話を聞けば、敵の新兵器も即効性には欠けるっ! その隙を突く様、全軍に伝えよっ!」
ヤケクソ…
そう言うしか表現の出来ないチュリジナム皇帝の叫びが会議室に響き、皇国軍には死刑宣告とも言える命令が下されたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「動きませんね…」
「動かないな…」
私とミラーナさんは、同じ台詞を何日も繰り返している。
あの日──チュリジナム皇国軍の先鋒部隊が潰された日──以来、皇国軍は沈黙していた。
「これほど動かないとは変ですな」
「おぅ、ルグドワルド侯爵。貴殿も変だと思うか?」
「はい。敵の斥候らしき者の姿は何度か見掛けておりますが、こちらの様子を遠巻きに眺めておるだけでありますな」
ルグドワルド侯爵の言葉にミラーナさんは腕を組んで考える。
待つ事しばし…
「…我々の左右から攻め込んで来る可能性は考えられるか?」
「地形的に難しいですな。我々の右側は500m先が崖になっております故、守るに適してはおりますが、攻めるに適しておりません。それでも万一に備えて落石部隊を配置しております。そして左側は禿げ山ですし、1km程は離れております。木々が豊富な山なら隠れ進んで奇襲も可能ですが、禿げ山ではこちらから丸見えなので不可能です」
ミラーナさんの質問にルグドワルド侯爵が答える。
「…山の向こう側から回り込む事は出来ても、攻めて来る姿が丸見えでは無意味だな。なら、敵が攻めて来るのは…」
「私達の正面からしか無いって事ですね。だから躊躇して様子見しか出来ないって感じですかね?」
「エリカちゃん! アタシの台詞、取らないでくれよぉっ!!!! コラッ! ルグドワルド侯爵! 笑うなっ!!!!」
続く台詞を私に取られてブー垂れるミラーナさんを見て顔を逸らし、肩を震わせて笑いを堪えるルグドワルド侯爵に文句を言うミラーナさん。
「やっぱり投石機と弩砲の威力が敵には衝撃だったんでしょうね。考案した私自身、あんなに破壊力があるとは思ってませんでしたから」
考案したと言うか、地球の歴史に登場してた兵器を私なりに再現しただけなんだけどね。
それでもこの世界では未知の兵器のワケで、何も知らない相手には非常に有効だっただけだ。
いずれは誰かが考案しただろう。
それを前世の知識で先取りしただけに過ぎない。
今の有利が永遠に続く事はあり得ないのだ。
懸念すべきは…
「とにかく、地形的に敵は正面から攻めるしか出来ないって事か。それに対して新兵器の威力。そりゃ~動くに動けないのも無理は無いな。動いたとしたら、それは死兵って事だな」
「死ぬ事を前提として攻めて来るという事でありますか!? それはさすがに… 誰も死にたくて戦場に来ているワケではないと思いますが…」
ルグドワルド侯爵の言いたい事は解る。
しかし、国や家族を守る為に自らを犠牲にする精神を持ち合わせている者も居るのだ。
かつての特攻隊の様に…
勿論、全員が全員同じ思いでは無いだろう。
中には命令で仕方無くという者も居るだろうし。
ただ、チュリジナム皇国の兵士がそうかと聞かれれば、私は違うと返す。
私は先日の戦場跡で、辛うじて息のあった兵士の最後の言葉を聞いていた。
それは、チュリジナム皇帝に対する恨みの言葉。
まだ若く、成人したばかりと思われる兵士は、この戦場へ強引に駆り出されていたらしい。
彼はチュリジナム皇国と皇帝を心から憎みながら死んでいった。
「そうなのか…? 許せねぇな、チュリジナム皇帝…」
私の話を聞いたミラーナさんの眼が怒りに燃えていた。
「ミラーナ様… 気持ちは解りますが、暴走だけはなさらない様にして下され」
ルグドワルド侯爵がミラーナさんに釘を刺す。
「ですね。ミラーナさんが暴走したら、敵だけじゃなくて味方にも斬り掛かりそうですし」
私は素直に思った事を言う。
その後ろでウンウンと頷く大勢の司令官達。
いつの間に来たんだ、あんた等…?
「アタシは狂戦士かよっ! てか、お前等も何を納得顔で頷いてやがんだっ! ど~ゆ~意味だぁあああああああっ!!!!」
周りの反応に悶絶するミラーナさん。
もしかして、自身が周りからどう思われてるのか知らなかったのか?
まぁ、知ってたらこんな反応は無いわな…
これで少しは自身の評価を気にして自重くれると良いんだけど…
無理だろうなぁ…
そんなミラーナさんを無視し、私はノンビリと紅茶を飲むのだった。
ここ、戦場だよね…?