第107話 私に変な栄誉を与えないで下さい
作戦会議は続く。
目立つポジションは嫌だが、投石機や弩砲を説明しなければいけないので、否応なしに目立つ事になる。
ちなみに組み立て開始は日が落ちてから。
それまでに早く組み立てるコツなんかを教えなきゃならない。
とは言え、私が教えるられるのは会議室に入ってる人達だけ。
そこから先は各部隊に任せるしかない。
が、それでは心許無いので、徹夜で各部隊を見回る事を伝えておいた。
それに何故か感動している貴族達や部隊長達。
そして日が落ち、辺りは暗闇に包まれた。
松明の灯りが照らす中、順調に投石機と弩砲が組み立てられていく。
投石機は100mぐらいの間隔で5台を設置する。
その間に2台の弩砲を設置、更に外側に1台ずつの弩砲を設置する。
これで400m以上の範囲をカバーして敵の進軍に備える。
ちなみにチュリジナム皇国の軍は、ここから2km近く離れた場所で夜営しているそうだ。
なので、敵が此方の様子を望遠鏡で観察してたとしても、松明の灯りが小さく見えるだけで何をしているのかまでは判らない。
朝になり、進軍して来た敵の狼狽振りが目に浮かぶ様だと司令官達はほくそ笑んだ。
「う~ん… 遠くから見れば投石機は単なる櫓にしか見えないし… 弩砲は人の背丈の3分の2程度の高さだから、そもそも見えないかも知れませんけどね」
私が言うと、司令官達はガックリと肩を落として項垂れた。
落ち込むなよ…
「いやいや! 実際に使えば、その威力に狼狽えるのは間違い無いですし!」
励ます私の言葉にパァッと表情が明るくなる司令官達。
面倒臭いな、コイツ等…
そして日が昇り、私は最後に全ての投石機と弩砲を点検する。
問題無い事を確認し、何かあったら呼ぶ様に指示をして司令部へと戻った。
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ブルトニア王国軍が朝食と作戦会議を終えた頃、チュリジナム皇国軍が姿を現した。
「フム、まだまだ予想射程距離の倍は離れているか… ところでエリカ殿は?」
ルグドワルド侯爵が敵との距離を測り、マインバーグ伯爵に聞く。
「エリカ殿は徹夜明けでしてな。朝食の後、治療所のベッドで仮眠を取っておられます」
「そうか… 発案者のエリカ殿に最初の一撃を放つ栄誉をと思っていたのだが、致し方あるまい。まぁ、それも敵が攻めて来ればの話だ。エリカ殿が起きるまで敵が攻めて来ない事を祈ろう」
ルグドワルド侯爵の言葉にコクコクと頷くマインバーグ伯爵。
彼もエリカに最初の一撃を放つ栄誉を与えたかった。
「それにしても、この様な物まで考案するとは恐れ入りましたな。石の大きさは拳大から人の頭の大きさまでバラバラですが、当たればタダでは済みますまい。更に弩砲とやらで飛ばす矢の大きさときたら、まるで細めの丸太ですぞ。敵に刺さらずとも、当たるだけで戦闘不能になりますな」
その様子を見ていたミラーナが口を挟む。
「今んトコ、敵に動きは見られないな。昨日エリカちゃんも言ってたけど、向こうには櫓が突然5台も出現した様に見えてるんだろう。櫓から放つ矢は、地上から放つより遠くまで届くのは誰でも解るからな。攻めるのを躊躇してるって感じかな?」
ルグドワルド侯爵とマインバーグ伯爵は、ミラーナの言葉を真剣に聞いている。
指揮官としてのミラーナの実力は、王都での模擬戦にミラーナが10歳で初参加した頃から知れ渡っていた。
なにしろ2人共に、ミラーナに模擬戦で勝った事が無いのだ。
多くの武闘派貴族達が単独では勝てず、ならばと連合を組んで挑んでも、必ず綻びを見付けられて防御の穴を突かれ、成す術もなく負けてしまうのだった。
そんなミラーナの言葉を自らの糧にすべく、2人以外にも司令部に居る全ての貴族達までもが聞き耳を立てていた。
「まぁ、敵さんには攻めるしか手が無いワケだが、こちらは迎撃する側だからドッシリ構えてりゃ良いさ。焦る事は無い。今の感じだと、敵さん『あれは何だ!?』ってな思いでアタフタしてるんだろうさ。斥候が様子を見に来るだろうが放っておいて構わん。どうせ何だか解りゃしないんだ。それより、下手に動揺して斥候なんかに攻撃しない様、投石機部隊や弩砲部隊に伝令を走らせておいてくれ」
ミラーナの言葉にハッとして動く司令官達。
それを見てミラーナは近くに居るミリアとモーリィに、敵が動いたらエリカを起こす様に伝える。
彼女もまた、エリカに最初の一撃を放つ栄誉を与えたい様だった。
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「ふぁああああ… 良く寝た~… のかな…?」
私は大きく伸びをし、コキコキと首を動かす。
目を閉じて耳を澄ませてみる。
静かなので、まだ戦端は開かれていない様だ。
部屋──治療所──を見回すと、ドア付近にミリアさんとモーリィさんが椅子に腰掛けている。
「お2人共、どうしたんですか? そんな所で…?」
2人共、本来なら投石機と弩砲で混乱した敵を討ち果たすべく戦場に居る筈なんだけど…
「実はミラーナさんに頼まれたのよ」
「そうそう♪ 敵が動いたらエリカちゃんを起こしてくれって♪」
あぁ、怪我人が出た時の為に、私に準備をさせようってトコかな?
「そうじゃなくて、最初の一撃を放つ号令をエリカちゃんにって事らしいのよ♪」
「はぇっ?」
ミリアさんの言う事の意味が解らず、私は変な声を出してしまう。
「つまり、投石機と弩砲の発案者であるエリカちゃんに、最初の一撃を放つ栄誉を与えたいらしいね♪ ちなみにミラーナさんだけじゃなくて、ルグドワルド侯爵様とマインバーグ伯爵様も同意してるよ♪」
「ほぇっ!?」
モーリィさんの言葉に、またも変な声を出してしまう。
そんな私を無視し、2人はベッドから私を引き摺り出して連行する。
「ちょちょちょっ! 何処へ連れて行くんですかっ!?」
「「司令部♪」」
私の質問にハモって答える2人。
ちょっと待ったらんかぁああああいっ!!!!
私は号令を掛ける事を了承しとらんぞぉおおおおおおっ!!!!
しかし、身体の小さい私は抵抗する事も敵わず、無事(?)に司令部へと連行されたのだった。
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「敵との距離は!?」
「およそ500m! 間も無く予想射程圏内に入ると思われます!」
マインバーグ伯爵の言葉に第1投石機の部隊長が応える。
その言葉にマインバーグ伯爵が私を見て頷く。
「各投石機と弩砲、発射用意!」
私は合図用の旗を掲げ、半ばヤケクソ気味で叫ぶ。
「敵との距離、およそ400m!」
各部隊に緊張が走り…
「放てぇえええええええっ!!!!」
叫びつつ、私は掲げた旗を前方に振り下ろす。
その瞬間、投石機からは大小様々な大きさの石が放り出され、弩砲からは細身の丸太と言っても良い矢が発射される。
そうして戦端は開かれたのだった。