第103話 新たなる火種は、新兵器の実験場になる可能性が高いかも? って、まだ何も作ってませんけど?
「やはり断りおったか…」
苦虫を噛み潰した様な表情でミラーナからの手紙を見るチュリジナム皇帝。
ミラーナからの手紙には、わざわざチュリジナム側が提示した文面を書き写した上で回答が書かれていた。
その内容は…
・イルモア王国が捕らえているハングリル貴族達は身代金を支払うので、早急に全員をチュリジナム皇国に帰国させよ。
【回答】
ハングリル貴族達は亡命し、既にイルモア国民としての身分が保証されてい為、身代金の支払いは不要とする。
・ハングリル貴族達の家族も全員チュリジナム皇国に帰国させよ。
【回答】
ハングリル貴族達の家族は、チュリジナム皇国が人質として捕らえたり、見せしめとして処刑する事を危惧したので保護した。
また、全員がイルモア王国への亡命を希望し、イルモア国民として受け入れ済みなので却下。
・ハングリル貴族達の家族に関しては、誘拐行為として1人当たり金貨1000枚の賠償金を請求する。
【回答】
誘拐の事実は無く、全くの言い掛かりである。
その証拠として、ハングリル貴族達の家族を代表した奥方達の手紙を同封するので読まれたし。
証拠の提示を以て、賠償金の請求は拒否する。
・穏便に済ませたければ、当方の要求を無条件で呑む事。
【回答】
当方に穏便に済ませる気が無ければどうするつもりなのか?
仮に貴国が我が国に戦争を仕掛けるにしても、前のブルトニア王国とハングリル王国との戦争で20万もの兵士を失ったと聞く。
また、貴国が支援したハングリル王国も、10万もの兵士を失っているそうだが、どうするつもりなのか?
当方としては、貴国が無謀な戦争を仕掛けて無様な姿を晒さない事を祈るばかりである。
イルモア王国第1王女 ミラーナ・フェルゼン
そして、同封されていた18通の手紙には、捕虜となっていた夫を助命してくれただけでなく、自分達家族までもイルモア国民として受け入れてくれたイルモア国王に対する感謝の言葉。
そして、同じくミラーナ王女に対する感謝の言葉が綴られていた。
更に、自分達は既にイルモア国民であり、チュリジナム皇国は基より、ハングリルにも戻る気は無い事が書かれていた。
「朕の考えを述べる前に、貴公等の考えを聞こう」
一見、冷静に見えるチュリジナム皇帝だったが、その手は固く握られワナワナと震えていた。
本当なら怒鳴り散らしたいのだが、皇帝としての威厳を保つ為、必死に堪えていたのだった。
重苦しい雰囲気の中、1人の公爵が発言する。
「申し上げ難いのですが、実力行使は止めておいた方が良いと具申致します。理由としましては、その手紙に書かれている通り、我が国は既に20万もの兵士を失っております。更なる戦争は国を疲弊させるだけかと…」
当然の判断であった。
相手は中規模とは言えハングリル王国より大きなイルモア王国である上、前の戦争ではブルトニアの援軍として参加しただけであり、兵士の損耗も皆無に近いと聞いている。
また、イルモア王国の間には、小国とは言えイルモア王国の防壁の役割を担う国が在る。
直接侵攻が難しいのは間違いないのだった。
「ならば、前の戦争で多少なりとも損害を与えているブルトニア王国を経由しての、一点突破で攻め込むならどうか?」
「いや、それでもブルトニアの北… ベルルーシ王国が牽制の兵を送らんとも限らん」
「ならば、こちらも牽制の兵をベルルーシ王国との国境に配置し、戦わずとも足止めさえ出来れば…」
様々な意見が飛び交い、その意見も出尽くしたと思われた時、チュリジナム皇帝が決定事項を述べる。
「皆の意見は解った。では、朕の意見を述べよう」
全員が皇帝を注視する。
皇帝は大きく息を吸い込み…
「我が国はイルモア王国に対して宣戦布告する! 誘拐であろうが救出であろうが、我が国に併合したハングリルから貴族とその家族を奪った事に違い無いのだ! これは、我が国から奪ったも同然である! 侵攻方法はブルトニア王国を経由する一点突破! ベルルーシ王国と、更に北のカルボネラ王国に対しては5万ずつの牽制の兵を置いておく! ブルトニア王国経由のイルモア王国侵攻軍を直ちに編成せよ! 成人──15歳以上──した男は全員徴兵! 最低限の訓練で構わん! 数で圧せば何とかなる! 足りなければ10歳以上の男は全員徴兵して参加させよ!」
とんでもない話だった。
だが、専制君主制を敷いているチュリジナム皇国に於いて、皇帝の言葉は絶対であった。
そして先を見据える事が出来る者は、冷静にチュリジナム皇国の滅亡を確信したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「チュリジナム皇国、動きますかね?」
なんとなく答えは分かっているが、一応ミラーナさんに聞いてみると…
「絶対とは言えないけど、まず動くと見て間違い無いだろうな。それなりに挑発的な返答にしておいたからさ」
予想通りの答え…
「「「「はぁあ~~~~~……」」」」
ミラーナさん以外の全員が大きな溜め息を吐く。
「また皆さん、戦いに行かれるんですね?」
アリアさんは不安そうだ。
まぁ、私達4人は不老不死だから死ぬ事は無いけど…
「アリアちゃん、私達なら大丈夫よ? 不老不死だから首を斬り飛ばされても死なないんだもん♪」
ミリアさん、そ~ゆ~事を明るく言うなよ…
「死なないけど、怪我したら痛いんだよねぇ~… 痛いだけで死なないのはマシなんだけど、やっぱり痛いのはねぇ…」
いや、モーリィさん…
アンタ、ハングリルとの戦争ではかすり傷一つ負わなかったよね?
アンタが怪我したのって、全部アンタ自身のドジが原因だからね?
まぁ、私は後方での医療に専念するだけだから、何も不安は無いんだけど。
この世界、何故か飛び道具って弓矢しか無いし。
投石機すら無いんだよ。
…て事は、私がアイデアを出して投石機を開発したら、相手にとっては未知の武器って事で、かなり有利な戦いになるんじゃあ…
「それ、面白そうだな。何機か試作して使ってみるのも良さそうだ。イルモア王国で作っても良いし、ブルトニア王国に設計図を送って作らせても良いな♪」
私の提案に、目を輝かせて食い付くミラーナさん。
戦争狂か、アンタは…
まぁ、言い出したのは私だから文句は言えないが…
この際だから仕方無い。
チュリジナム皇国には、新兵器──この世界での──の実験台になって貰うか。
悲しいかな、戦争は人類を進歩させる重要な役割を担っているのだ。
前世では、航空機の進歩にも戦争が役に立っていたからな。
進歩し過ぎて人類を絶滅させる様な兵器まで開発してしまったが…
今回の新兵器開発が、その第一歩とならない事を祈ろう。
悲しい事だが、イルモア王国に私が転生した事はチュリジナム皇国の不幸だろう。
だが、そんな事は私の知った事っちゃない。
私は私の住む街、私の住む国を守り、私の周りに居る人達を守る──怪我や病気を治す──だけだ。
それを邪魔する連中は許さない!
それが医者──魔法医──である、私の使命なのだから!
「とにかく、エリカちゃんの言う“投石機”ってのを大量に作成しよう。遠距離からガンガン撃ち込んで、チュリジナム皇国の奴等を恐怖のドン底に叩き込んでやろうか♪」
さすがに大量に作成するのは無理だと思うけど…
チュリジナム皇国にとっては、絶望にも似た戦いが始まりそうだな。