第102話 今後の展開次第では、面白い事になりそうですw
チュリジナム皇国の宮殿は騒然としていた。
先だって亡命した2人に加え、戦争捕虜としてイルモア王国に捕えられている貴族全員がイルモア王国に亡命したのだ。
しかも、その家族も含めて。
「どうなっているのだ! 何故、家族の亡命に誰も気付かなかったのだ!」
チュリジナム皇国皇帝の叱責に、ハングリル地方の貴族達は項垂れるしかなかった。
何を言っても言い訳にしかならない。
皇帝に呼び出され、事の顛末──ハングリル軍の捕虜と、その家族全員の亡命──を聞かされるまで、何も知らなかったのだから。
「揃いも揃って役立たず共が! 我が皇国から借りた20万もの兵を失っただけでなく、捕虜となった連中の家族までも敵の手に渡しおって! 連中の家族はハングリル内に居た筈であろうが! 見張りも付けておかなかったのか!」
勿論、見張りは付けていた。
それでも亡命を許してしまった。
忽然と消えた。
そうとしか言えなかった。
過ぎてしまった事は仕方無いし、それはチュリジナム皇帝も理解していた。
それでも怒鳴らずにはいられなかった。
その日、夜遅くまで皇帝の怒鳴り声は宮殿に響き渡っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今頃、チュリジナム皇国では大騒ぎでしょうね」
私の提案を受け、亡命したハングリル貴族の奥方全員がチュリジナム皇帝に手紙を出した。
全員が同じ内容で、既にイルモア王国に亡命した事を簡潔に書いてある。
勿論、私の魔法の事は伏せて。
「そりゃ、騒ぐだろうな。捕虜となった連中の家族がおかしな行動に出ない様、見張りも付けてただろうし… にも関わらず忽然と姿を消し、いつの間にかイルモアに亡命してたんだ。元・ハングリル国王や残った貴族連中も、大慌てだろうさ」
自分でやった事とは言え、とんでもない事をしてしまった気がしないでもないな…
でも、放っておいたら残された捕虜の家族がどんな目に遭わされていたか判らないからなぁ…
「でも、この事でチュリジナム皇国がイルモア王国に戦争を仕掛けるって事は無いんですか?」
アリアさんが問い掛ける。
うん、それは私も考えたけど…
「それは難しいだろうな。まず陸路で攻め込もうとしても、間にイルモアの友好国が在る。まずは前の戦争で戦ったブルトニア王国。その北にはベルルーシ王国。更に北にはカルボネラ王国。全て小国だが、何代も前からイルモア王国の友好国だ。と言うか、元々イルモア王国の一地方だったんだよ。臣籍降下した王族に国として与えて独立させたんだ。西側の3ヶ国も同様だな。言い方は悪いが、本国であるイルモア王国の防壁の役割を担ってな」
なるほど…
つまり、イルモア王国は本来なら半島部分の殆どを支配する大国だったワケか…
それを何代も前に臣籍降下した王族の血を引く人物に統治させ、本国であるイルモア王国の防壁としての国を興させたって事か。
その結果、大国だったイルモア王国は中規模の国となり、平和を満喫してるってワケだ…
「…だとすると、状況次第ではブルトニアを含めた6ヶ国はイルモア王国に戻るって事なんですか?」
ミリアさんが真剣な表情でミラーナさんに聞くと、当然と言った表情でミラーナは頷く。
「まぁ、西側の3ヶ国は防壁にもなってないけどな。なにしろ先には海しか無いんだ。遥か彼方に大陸は在るが、遠過ぎて攻め込むのも難しいだろう。現実として戦争に備える必要があるのは東側だけって事だね。だから、西側の3ヶ国は後方支援の為に控えてるって感じかな? で、問題なのは東側なんだけど…」
言葉を切るミラーナさん。
まぁ、言いたい事は解る。
戦争にすら成らないからな。
チュリジナム皇帝も解ってる筈だ。
イルモア王国がラクに勝てる相手ではない事を。
イルモア王国にはミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんのバケ○ノが居る。
更に、死んでさえいなければ、どんな重傷でも一瞬で完治させる私という魔法医が居るのだ。
こちら側に負ける要素は微塵も無い。
多分…
「客観的に見て、チュリジナム皇国がイルモア王国に戦争を仕掛けても不利なだけでしょうね。まず、20万もの兵士を前の戦争で失ってるから、数的不利は否めないでしょう。併合したハングリルから兵士を集めようとしても、ハングリルだって同じ様に10万もの兵士を失ってますからね。それに、イルモア王国には皆さんが居るんです! ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんの戦闘力と、エリカさんの魔法医としての実力があれば、負けるなんて考えられませんよ!」
眼を輝かせて力説するアリアさん。
でも、さすがに私達4人だけじゃ無理だからね?
敵が一ヶ所からしか攻め込んで来ないなんて、あり得ないんだから。
勿論、絶対とは言い切れないけど。
一ヶ所に全戦力を集中させて攻め込んで来る可能性も、無きにしも非ずだし。
とりあえずはチュリジナム皇帝が戦争に踏み切らない事を祈るしかないか…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「つい先程、ミラーナから手紙が届いた。貴殿達の家族は全員、ミラーナが治めるロザミアと言う街で保護しておるそうだ」
「「「「おおおおおおおっ!!!!」」」」
自分達が亡命する事で、家族に危害を加えられるのではと心配で仕方が無かったハングリル貴族達。
その歓声がイルモア王宮謁見の間に響く。
「まだ日程は決まっておらぬが、準備が調い次第、王都に向けて送り出すとの事だ。貴殿達の家族が揃い次第、貴殿達の処遇も決めよう。さすがにハングリル王国時代と同じというワケには行かないが… 少なくとも貴族位だけは保証しよう。もっとも、我が国の領地を治める貴族達の補佐的な役割を担う立場としての貴族位だがな」
その言葉に全員が頷く。
直接イルモア王国に攻め込んだのではないが、友好国──実はイルモア王国から分割された国──に戦争を仕掛けて負けた上に捕虜となった以上、最悪なら死罪になっても仕方が無かった。
そんな自分達に対してイルモア国王は亡命する事を提案してくれた。
それだけでも感謝しているのに、家族までも救い出してくれたのだ。
これ以上、何を望む事があろうかと思っていた。
なのに、身分は低くなるが貴族位まで保証してくれると言う。
その寛大過ぎる処置に、全員が涙した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何を考えてるんですかね…?」
「あぁ、何を考えてんだろうな…」
ミラーナさんの元に、チュリジナム皇帝からの手紙が届いた。
多分、国王陛下の元にも同じ内容の手紙が届いているだろう。
その内容に、私もミラーナさんも呆れていた。
勿論、口には出していないがミリアさん、モーリィさん、アリアさんも呆れている。
そして、毎度お馴染みのマインバーグ伯爵──王都に捕らえられているハングリル貴族達の家族を迎えに来た──もだ。
概要としては以下の通り。
・イルモア王国が捕らえているハングリル貴族達は身代金を支払うので、早急に全員をチュリジナム皇国に帰国させよ。
・ハングリル貴族達の家族も全員チュリジナム皇国に帰国させよ。
・ハングリル貴族達の家族に関しては、誘拐行為として1人当たり金貨1000枚の賠償金を請求する。
・穏便に済ませたければ、当方の要求を無条件で呑む事。
…こいつ、現実が見えてないんじゃないか?
「チュリジナム皇国の皇帝… アタシ達を舐めてんのか? それとも、虚勢を張ってんのか?」
ミラーナさん、怒ってるな…
当然、私も怒ってるけど…
「これは… チュリジナム皇国は滅ぼさなきゃダメですね…」
完全に殺る気になっている私に…
「「「「それはやり過ぎ」」」」
と、ミラーナさん達からと…
「さすがに滅ぼすのは…」
マインバーグ伯爵からもダメ出しを食らいました。
いや、こんなバカ野郎、プチッと殺っちゃった方が後の憂いが無くなって良いと思うんだけどなぁ…
そして話し合いの結果、チュリジナム皇帝からの手紙に書かれている要求は全て拒否。
イルモア王国がハングリル貴族と家族全員の亡命を受け入れた事と、賠償金の請求は受け入れない旨を書いた手紙をチュリジナム皇帝へ送る事に決定。
勿論、イルモア国王にも知らせる。
後はチュリジナム皇帝の判断に任せるってトコかな?
向こうの出方次第では、完膚無きまでに叩き潰してやるからな!