今こそ伝える私はあんたの……②
「え……っと、その……」
目に涙を溜めながら、秋月はみるみる真っ赤になった顔で事態を把握しようとしていた。
そんな彼に、私はまた告げる。
「秋月、大好き」
「っ!?」
ようやく心の焦点が定まったらしい秋月は、はっとした表情をする。
そして、溜まりに溜まった涙を次から次へと流し、全身を震わせていた。
私の気持ちが秋月に伝わったようです。
だからまた言ってあげる。
何度でも何度でも言ってあげる。
私の、真実の言葉を。
「大好き」
それへ呼応するかのように、震える声で秋月もまた、自らの想いを私に伝えてくれた。
「俺なんて……愛してるっつーの」
ひしりと抱き合う私たち。
溢れ出すお互いの涙が、気持ちを通じ合えた事による喜びで、もう止まらない状態。
嗚咽を洩らしながら、それでもお互いの体温を、吐息を、気持ちを間近で感じたくて、きつく抱き合う。
そんな中、秋月は泣きながらも私に聞いてきた。
「……うぐっ……いいの? 先輩、いいの?」
自分はこれからも私のそばにいていいのか。
まるで確認しているかの如く、秋月は聞き続けてくる。
それを私は、即座に答えた。
「うん、うん」
こくこくと秋月の腕の中で首を縦に振る私。
そんな私に対し、秋月は未だ信じられないのか、また問うてくる。
「……ほんとに? ほんとに?」
いつもは不遜な態度で、メチャクチャな事をしてくるくせに。
この時ばかりはどうしてそんなに遠慮がちなの。
私は無性に腹立たしくなり、秋月の胸から顔を上げると、張り裂けんばかりの絶叫で彼を叱りつけた。
「いいって言ってるでしょ!? こんなに好きにさせておいて……責任取りなさい!」
我ながら強すぎる姿勢だと思った。
でも、あんなに好きって伝えたのに自信なさげな秋月の言葉を聞くと、言わずにはおれません。
キッと秋月を睨みつけた私は、彼の返答を待つ。
途端、それまでの表情から一転し、ふっと顔を崩す秋月を認めた。
「分かった」
私を見つめながら、意を決したかのように口を開く。
そして、これまでずっと私に見せてくれた笑顔をたたえ、秋月は誓うかのように言葉を繋いできた。
「責任、取る。俺、流香先輩のそばにずっといる」
もうそこから先は、特別な言葉を必要としなかった。
再び交わされる口付け。
今度は秋月からもたらされた、優しく、温かなキス。
とろけるような感触に、それまで緊張感と焦燥感の中で身をやつしていた私の体は、力が抜け、解きほぐされたみたいに軽くなっていくのを感じた。
「先輩……先輩……」
口を通じ、次から次へと秋月から流れ込んでくる熱い吐息。
それは私が待ち望んでいた、秋月の存在を確かに感じさせてくれるもの。
私を慈しんでいるのか、軽く口をついばみながら、何度も唇を重ねてくる秋月。
いつもなら恥ずかしくなってしまう所だけど、今は堪らなく嬉しいです。
幸せに満ちていく。
これ以上ないって思う程、幸せが私にじんわりと染み込んでくる。
ようやく私たち、一緒にいられると実感出来た。
しかもそれは、今、この時だけじゃあない。
これからをも約束してくれる、確かな事柄。
「ずっと……ずっと一緒……」
秋が間近に迫る澄んだ空。
それが私たちを、未来もろとも明るく照らしてくれる。
強かった風もおさまり、緩やかなそよ風となって私と秋月を包み込んできた。
まるで世界から、祝福してもらっているかのように思う私。
それは秋月も、同様に感じてるみたいでした。
「夢みてぇだ……また先輩と、こうしてられるなんて……。ほっぺたつねってみようかな、俺」
唇を離すと、そのまま私の肩へ顔を埋めてくる秋月。
すかさず私は、何気なくも突っ込みをいれてみた。
「その前に、涙拭いた方がいいよ」
「先輩、鼻水も垂れてるしな」
「ほ、ほっといて」
「へへっ」
他愛もなくやり取りされる会話。
でもそれは私たちにとって、意味のあるやり取り。何よりも大切な会話。
再び見つめあった私たちはお互いの顔を確かめると、流れていた涙をふき取りあい、また抱き締め合う。
「秋月のシャツ、私の鼻水だらけになっちゃったじゃないの……。今度からちゃんと、ハンカチぐらい持ってきなさい」
「無理無理。いーじゃん、先輩の鼻水だったら俺、大歓迎だし」
「何それ。私は子ども?」
「違ぇーって。そんだけ先輩に対する俺の愛は深いっつー事。ま、見た目ちっちぇーから見えなくもねー……って、あれ?」
いつものように私をからかってきた秋月が、ふと何かに気付いたらしい。
その先言う言葉を中断したので、私は耳を引っ張ろうとし、それを止めた。
ん? 秋月、どうしたの?
ぎゅうぎゅうと私の体を抱き締めてくる秋月。
その行動に疑問を持った私は、不思議に思いつつも彼にされるがまま、抱きつかれる。
だけどしばらくそうしていたものの、途端、また秋月は口を開きだした。
「ねー先輩、もしかして……痩せた?」
どうやら抱き締めた感触で、秋月は私の体から多少肉が落ちていると知ったみたいです。
それだけで気付いた彼にちょっと驚いたけど、私は事実だったので肯定した。
「う、うん」
秋月と会えなくなった後、食欲があまり出てこなかったからね。
ここ一月以上で、随分体重が落ちてしまいました。
でもそんな事、秋月には到底言えない。心配かけちゃうもん。
だから私は、それとない形で彼に答えた。
瞬間、秋月の口から、悲痛なまでの絶叫が辺りに木霊する。
「お、お、俺の……俺の……Eカップがぁぁあああぁぁぁああっっ!」
はい!?
赤面していた顔が一気に蒼白。
とんでもない事態が起きたと言わんばかりに、秋月の表情は衝撃をあらわにしている。
体もわなわなと震え、絶望を全身から滲み出させてたりもしています。
それというのも体重減少に伴い、ただでさえチビの私が幾分こじんまりした事にあるからですね。
って、ちょっと待った!
あんた事もあろうに、真っ先にそっちの心配をするの!?
普通、『それ』を基準に人の心配なんてしないでしょ!
私は思わず秋月に突っ込みを入れた。
「あんたの頭の中は一体全体どーなってるのっ!?」
「え、ただ先輩の胸のサイズを心配して……いでっ!」
即座に空手チョップを、秋月の脳天に叩き落としてやりました。
でもあまり効いていないのか、尚も絶叫をあげ続ける秋月。
がしっと私の両肩を掴んでくると、どうして私が痩せたのかを追求してきた。
果ては、何かよく分からない事まで熱弁してくる。
「な、何で!? どーして!? 先輩、どんだけ自分が萌え要素持ってんのか分かってんのか!? もっと大事にしなきゃ駄目じゃねーか! 俺、流香先輩のそんなとこも堪んねーんだかんな! いねーよ、こんなに童顔で巨にゅ……いでっ!」
はい、空手チョップ!
危うく色んな方面から罰せられそうになりました。
何なの!?
口を開けば、どこへ向かっているのか分からない道へ真っしぐら。
もう少し、体裁っていうものを身につけなさいよあんたは!
このスケベ! 変態!
は、恥ずかしい!
だけどそんな私に構わないのが秋月。
てゆーか、真髄を発揮です。
これを機会に、彼の中で色々溜まっていたらしいものが、どんどんと私を襲ってきた。
「先輩がこーなっちまったのも、全部俺のせいっつーことか……」
以外にも、秋月は根本的な部分を理解してた様子。
あ、いえ、私が痩せてしまったのは、別に彼のせいではないんですけどね。
ただ単純に、私が自己管理出来てなかっただけです。
でも秋月は自分で思う所があるみたいで、視線をやや落とし、思案に暮れ、ぶつぶつと呟きだした。
「俺が先輩のそばにいなかったから……先輩のふわふわがちびっと減った……」
ふわふわ? 何それ?
あんたの言っている意味がよく分かんないんだけど、視線の先が私の胸元へ注がれているのを見るに、そういう事ですか?
って、どこ見てんのあんたはぁ!
「先輩、いくら先輩が着やせするタイプだからって、俺の目と触覚はごまかせらんねーかんな。これからは、めちゃくちゃ食わせるし触るし揉む……いでっ!」
真剣な顔をして何を口にするのかと思えば、もっと真面目な事を言いなさい!
三度目の空手チョップを秋月へお見舞いした私は、いささか突っ込み疲れが自分に生じてきたのを感じた。
でもそこではたと気付く。
恐ろしいまでに冴え渡る秋月の感覚。
だけど、いくら秋月の感覚が優れているからって、こうも色々と言い当てられるもの?
何だかとっても嫌な予感がする。
ちょっと恥ずかしいけれど、確かめないわけにはいかない。
私は秋月に聞いてみた。
そして、聞いた事を後悔しました。
「ねぇ秋月。ど、どうして私の……サ、サイズ……知ってるの?」
「え? そりゃあとーぜん、見たからに決まってんじゃん。こっそり流香先輩がいない隙にブラを引っ張り出して、妄想を…………って、あっ!」
言っちゃあいけない事を言ってしまった。
自分の中だけに押し留めておこうと思った秘密を、本人の目の前で暴露してしまった。
そんな秋月の慌てた様子が見て取れる。
私が痩せた事以上に顔面を蒼白させ、更には「しまった!」という声が思いっきり彼から聞こえてきましたので。
「あ~き~づ~き~」
地をうねり動いているような声音を発し、ぷるぷると体を震わせる私。
今、確信持って言えます。
いくら少しの間会えなかったとしても、秋月は秋月。
メチャクチャぶりは、時間が経っても健在だという事を!
「あんた! もしかしてうちへ泊まりに来てた時、私のキャビネット漁ったの!?」
「ち、ちげーっ! いや、違くねーけど!」
「どっち!?」
「すんません! 先輩が風呂入ってる時に気になって気になって我慢出来なかったっす! 開けました! 覗きました! 手に取りまし……いででででっ!」
土下座してきたけれど、白状したというより開き直ったと言ってもいい秋月の発言。
そんな彼に、私定番の両耳引っ張る制裁を加えたのは当然ですね。
秋月とは真逆で、茹でだこのように顔を真っ赤にさせた私。
まさか知らない間に彼がそんな事をしてたなんて、夢にも思いませんよ。
本当に油断ならない!
これなら、知らない方がまだマシでした!
恥ずかしさのあまり、私は思いっきり秋月の耳を引っ張っる。
それを秋月は観念したかのように受けてたけど、自分がしでかした事はあまりよく分かっていない様子。
とどめと言わんばかりに、自分の真骨頂を私に向かって解き放ってきた。
「で、でも先輩安心しろよ! 先輩の胸がどんなにちっちゃくなっても、俺の気持ちは変わんねぇ! 寧ろ、これが俺の役目だっての! 任せとけっ! 『責任』持って、また育たさせ……ぐはぁっ!」
「『責任』の意味が違ぁぁあああぁぁぁああううぅっ!」
何やら両手のひらを私の前にかざし、わきわきと動かし始めたので思いっきりど突かせていただきました。
派手に後方へとすっ転ぶ秋月。
それを私ははぁはぁと荒い息遣いで見やった。
もう冷や汗だらだらです。
顔はこれでもかってぐらいに紅潮している。
恥ずかしいなんて感情よりも、焦りが私の中で渦を巻いています。
一体全体、何の決意したんだか!
私が言いたいのは、ただこれからも一緒にいてって意味なんですけど!?
それがどうして、あんたの頭はそっち方面へいっちゃうの!?
スケベや変態なんて、そんな生易しい事言ってらんない!
『ど』をつけてやりますよ、『ど』を。
このどスケベ! ど変態!
まぁ、これが秋月らしいといえば秋月らしいんですけどね。
何も変わっていない彼に、安心もしますけど。
でも久しぶりに彼の破天荒さを目の当たりにしたので、私は軽く自分が脱力感に見舞われたのを感じざるを得なかった。
だけど、その脱力感は一瞬だけ。
逆にそれがあったから気付けたと言ってもいいです。
気持ちが落ち着き、ふと周囲の雑音が耳に入ってくるようになった私は、何やらぼそぼそと声が聞こえてくる事に気付いた。
私はもとより、突き飛ばされた衝撃で未だ寝転んでいる秋月でもない声。
それは、私たちの足元から聞こえてくる気がした。
「ちょっ、ちょっと! あんまり笑ってると、二人に気付かれちゃうから!」
「……くくっ……くっ、沙希駄目、私堪えらんないよ……くくくっ!」
「わ、私も……ぷぷぷっ! お、お腹が……お腹が捩れるぅ~……ぷっ!」
「意外だったからね。楓から話には聞いてたけど、まさか真山先輩がそんな豊胸の持ち主だったとは……いやはや、人は見かけによらないってのはまさにこの事。そりゃあ楓も色々気になっちゃうよね」
「それも何かちげーよ森脇! ってかそこが突っ込みどころじゃあないだろー!? あんのくそ野郎、いつの間にねーちゃんの下着漁りやがってたんだ!? やっぱり今決着つけてやるっ!」
「赤毛、余計な事言うんじゃない! 弟くんも落ち着きな! 折角二人っきりで話してるんだから、流香と秋月をそっとしといてあげよ? ね?」
「その二人っきりも、これからどうなるか分かったもんじゃあないね~?」
「私たち、お邪魔虫~?」
「それじゃあ退散って事で」
「何言ってんだよ智花さんに柚子さん! おめーもだ森脇!」
「こ、こらっ! あんまり押すと体勢が……ってきゃあ!」
「真山、下敷きになってあげなよ」
「って何すんだ! 押してくんな!」
「あっあっ、たんまたんま~! 私たちも」
「おっとぉ~?」
「おやおや」
「きゃあぁ~~っ!」
次第に自分たちの声が大きくなってたのを気付かないでいたらしい。
何やら押し問答しつつ、でも狭い屋上の入り口ですったもんだを繰り広げていたおかげでバランスが崩れたのか。
どどどぉっ、と沙希や智花、柚子の友人三人。
みんなの下敷きに弟の颯太。
そして誰かに腕を掴まれたらしい哲平くんまでもが、屋上へとなだれ込んできた。
えーっと。
どうしてみんながここにいるんだろう、はこの際気にしません。
どちらかと言うと、いつからそこにいたんだろう、というのが気にかかります。
お互いの気持ちを吐露し合い、抱き締め合い、確かめあった。
そこまではまぁ、聞かれて恥ずかしいものではあるけれど、世間体としてはとりあえず差し障りないです。
でもその後。
結構私と秋月、きわどい会話をしてましたからね。
しかも、それはかなりプライバシーの範囲以内で。
一体みんながどこから私たちの話を聞いていたのかと思うと、気が気ではありません。
だけどよくよく話の流れを聞いてみるに、だいぶ前からこの場にいた感じのみんな。
必至にみんなをたしなめていた沙希。
私たちのやり取りが、面白くて仕方がなかったらしい智花と柚子。
とりあえず、何かしらにつけ便乗した哲平くん。
そして、あますことなくそれらの突っ込み役をしていた颯太。
うん。
洗いざらい、聞かれてた節があります。
私はどんどんと否応無しに、羞恥心で体が蝕まれていくのを感じた。
濁流の如く、額から流れ落ちる汗。
顔面も、青を通り越して真っ白です。
いえ、私そのものが真っ白です。
代わりに影の効果線が私の身へと刻み、存在を表してくれる始末。
そんな私の横で、ぼそっと秋月が声を漏らした。
「…………んなとこで何やってんだ、テメーら」
私と同じように人の気配を察した秋月が、私と共に下を覗き込んで冷めた突っ込みを入れる。
それを認めた五人は、若干苦笑い調で答えていた。
まるで「バレた?」と言ってるみたいに。
違いますね。実際にバレましたから。
楓健在。
他のサイトで歩く18禁と言われた男、その名も秋月楓←




