異変は突如として訪れる②
休み時間。ざわめくクラス。女子は黄色い声を絶やさないし、男子は驚きまくっています。
それもそのはず。どかどかと遠慮なく、上級生の教室に入る美形の一年生を見れば、ね。
「先輩、来たよ!」
にこにこと満面の笑顔を振り撒き、自分の席で座っている私を見下ろしてくる秋月。
「…………」
「…………」
「…………」
こちらは呆然としていますね。目を点にさせている沙希、智花、柚子。
当然ですね。私から朝の登校について聞き出そうとしたら、話の中心人物とも言える秋月がやって来たわけだから。
「どういうこと……?」
いち早く我に戻った沙希が怪訝な顔をして私を見、その後秋月を見た。それをにこやかに秋月も返す。
「あ、先輩の友だち? ちわっす。流香先輩にいつも世話んなってまーす」
「いつも世話を焼かされてまーす」
プイッ、とそっぽを向く私。やけに愛想のいい秋月へ、ちょっとした抵抗のつもりだった。だけど秋月はそんな私の態度にもう慣れたのか、近くの空いている席から椅子を引っ張ってきて、私の隣に座る。
「先輩ひでー。俺のこと何だと思ってんだよ!?」
私の発言がどうやら不満の秋月。少し頬を膨らませながら、彼は私に抗議をしてきた。それを直ぐ様、私も返す。
「生意気セクハラ俺様大型犬」
秋月にはピッタリです。コイツにはあだ名をつけるより、私に対する不届き行為を羅列していった方が秋月が秋月たらしめるものだから。
でもそんな私に負けず、彼もサラッと言い返してきた。
「生意気セクハラ俺様は分かっけど、大型犬ってどーゆー意味だよ」
何!? 認めた!?
「あんた前半部分は自覚あるの!? えぇ~~~~? 犬って見たまんまでしょ、あんたいつも飛び付いて来るし」
あっさりと認めた秋月に眉を寄せた私は、少々、含みを持たせた形で言ったつもりだった。でも、効かないのが秋月です。
「それはスキンシップ。つーか! えぇ~って何だよ! 自覚ないよりかマシじゃん?」
「自覚ある方に問題あるでしょ――!? 始末に負えない! ちょっと、もう少し離れてよ!」
「やなこった」
「それよりも……」と言いながら秋月は、距離を取ろうとしている私を無視し、更に近付いて来る。そして、仕舞いには手を握ってきた。
「せんぱ~い。俺、先輩からも欲しいんっすけどー? ……………頂戴?」
秋月の『頂戴』発言は、密かに私たちの会話を聞いていた女子をノックアウトさせたらしく、次から次へと腰を抜かす生徒たちが続出した。それを私は横目で確認する。
一方、沙希と智花と柚子は、秋月との会話の途中からフリーズしてしまっていた。
「調子に乗らないの!」
私は握られていた手を振り払い、腕を組んだ。
「用も無いのに連絡してどうすんの!? 時間の無駄もいいとこでしょ」
もっともな意見を言う私。そう、時間は有限なのです! いちいち構ってられない。ましてや相手が自分をおちょくってくる人間だったらなおさらのこと。
でも、やっぱりこれも秋月には効かなかった。
「つめてーなー。じゃあさ、返事くらいくれよ。折角交換したのに全っ然! 返事くれないじゃんか! さみしーんですけど~~」
人の机に頭を転がせて、上目使いに秋月は私の顔を覗き込んだ。あぁ。そういえば昨日、連絡先を交換した後に秋月から沢山来たんだっけ。内容が……。
先輩今何してんの?
もう風呂入った?
今すげー面白いテレビやってるよ!
夕飯何だった?
好きな食べ物って何?
予習とかしてんの?
好きな芸能人っている?
お笑い見る方?
音楽とかって何聴くの?
いつも何時に起きんの?
明日の部活、ボイトレって何すんの?
と、どうでもいい事を鬱陶しいぐらいに送りつけて来るもんだから、無視させて頂きました。
あ、でも最後のは返事返してあげなきゃいけなかったかな? 部活の事だし、秋月は入ったばっかりだから何も知らない。今朝は秋月の住んでいる場所で頭がいっぱいだったから……。
「今日の部活のボイストレーニングは、体操着を忘れないようにね?」
「え? ……あぁ~、何で? って、今返事かよ。しかもそれだけかよ!」
秋月はブスッと膨れた。だけど、どんなに膨れても素がいい秋月はそれすらも似合っていると思う。膨れてるのに似合うなんて、ちょっと面白いかも。顔が良いと何しても大丈夫なんだね。
きっと私がしたら、童顔なのに更に年齢が低く見られそうです。秋月は特だな~。思わず笑ってしまった私に、秋月は「え? 何?」という顔をしたけど言わないでおくことにします。きっとまた調子に乗るから。
「ボイストレーニングはね、声量を上げる為に腹筋を鍛えるんだよ。だから体操着は必須! 分かった?」
「それなら俺、必要ねーもん」
ガバッと頭を机から起こした秋月は、得意気な顔をした。
「俺、腹割れてるし。見る?」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべて私に言う秋月。同時に、黄色い声も辺りに響き渡る。きゃあああ~~と、制服のシャツを捲る真似をした秋月に、教室の外からも見ていたらしい女子の皆さんが、一斉に歓声を挙げていました。
あれ? ていうか、なんかギャラリーがいつの間にか増えてる。ま、いっか。ってゆーか秋月! あんた本当に見せる気? やめなさい! 露出狂ですか!? 変態なの!? 変態か! それに、そんなの別に見たくないから!
私は慌てて、秋月の手を押さえた。
「バカ! こんな所で何してんの!」
「え、だって先輩信じてねーみたいだし? ……って! せ……せ、先輩!?」
今度は秋月が慌てたらしいです。わたわたと何か変な動きを彼はし出した。
え? だって見せようと思う程自信があるんでしょ? だったら気になるじゃない……と思ったのは、この場にいる大勢の中で私だけだったみたい。