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歩行戦車でダンジョン攻略  作者: 葛原
チュートリアル
20/115

2-16 突入


「敵襲!」


その言葉を誰が言ったかはわからない。

ただ、呑気に日向ぼっこをしている時間が終わりを告げたことは理解できた。

即座にコクピットに身を滑り込ませ、同時にハッチを閉鎖する。

体の固定を行いながら、僕の目はMULSの視界へと集中していた。


「総員。休憩は終わりだ」


ミオリさんから通信が入る。


「…?」


僕は首をひねった。

敵襲の声が挙がり、周囲が慌ただしくなったのは理解できた。

しかし、実際のダンジョン入り口からはまだ一匹の魔物も姿を見せていなかった。

誤報か?

そんな考えが頭をよぎった時に、ミオリさんの声が再度届いた。


「ダンジョン内に設置されたセンサーが魔物の暴走を感知した。もう間もなく入り口から湧き出てくるはずだ」


成程。ダンジョン内にセンサーを設置していたのか。


「既に説明は行っているが、実際に目にするのは初めてだろう。これから貴官らが長く付き合うことになる相手だ。暴走の鎮圧には参加しないが、よく観察して情報を自分のものにしておくように」


ミオリさんはそう言った。そして、直後にダンジョンの入り口から魔物が湧き出した。

1km先にあるものだが、MULSのカメラはそれを鮮明に映し出すことができた。


魔物の姿を一言で表すなら、それは骸骨というのがぴったりだろう。

形は人型。全体的にものすごく細身で、ほとんど骨のような硬質部位のみが確認されている。

それはそのまんま人の骨格を模しており、胸部はミイラのように被膜で覆われ肋骨が浮いていた。

色はシミ一つない白色。ミイラのような茶色っぽい色ではなかった。

ホラーゲームやよくある中世風RPGで出てくる、スケルトンと言ったモンスターが表現としては一番正確かもしれない。

大きさはさまざま。3mから、MULSより大きい7m位の大きさまでいる。

とにかく、ダンジョン内から、それらが湧き出し、集団としてこちらへと向かって来ていた。


「射撃開始!撃てぇ!」


その掛け声と共に、設置された機関砲座から射撃が開始される。

ダンジョンの入り口いっぱいから列をなして殺到する骨の化け物たちに、こっちへ来るなと友好の証として20㎜の機関砲弾の雨あられが降り注ぐ。

前列から順にその全身を打ち抜かれ、その身をただの骨粉へと見る間に変貌させていく骨の化け物たち。


(情報の通りか。こいつら、こっちの攻撃に対して自壊させて衝撃を殺している)


敵の様子をよく観察すると、機関砲の攻撃が敵の後方まで及んでいないことが観察できた。

それは砲弾が敵を貫通していないということを意味しており、それはつまり、一体倒すために一発の弾丸では不十分であるということ意味していた。

事前の説明では、どうやら敵の体はあの白い粉末、骨粉のみで構成されているらしく。そこに機関砲弾が着弾するとその部分だけ弾け飛ばし、砲弾のエネルギーを殺してしまう特性を持っているらしい。

ゲームにおけるMULSの主流装甲材である、自壊式装甲の亜種のようなものか。

一体に対し必ず数発撃ち込まないと倒れない。それが複数対存在し、集団で行動する。


(成程。自衛隊、しかも重火器を搭載した機動兵器でないと対処できないはずだ)


敵は二足歩行で車のような軸駆動に比べればはるかに遅いものの、その巨体のもたらす一歩は人のそれをはるかに上回る。

そんなものに対処するには、十分な火器を使用して飽和攻撃による殲滅を行うか、もしくはクルマのような敵よりも早い移動速度を持ちながら高火力の兵器で徹底的に敵の射程圏外から攻撃(パルティアンショット)するしかない。

歩兵とライフルでは火力が足りないし、敵の移動速度に対してあまりにも動けなさ過ぎた。


(厄介だな)


僕はそう思った。

今でこそ無数の機関砲座から砲弾が降り注ぎ瞬く間に殲滅を行っているものの、僕たちが突入するときには5機1編成で動くことになる。

一機一門の機関砲を持っているので、ダンジョン内で相手にできる相手は一度に5体まで。

ダンジョン内が狭いといっても、それがどれだけ有利に働くかはわからない。

仮に十字路に追い込まれて四方から迫ってこられれば、各通路に一門しか配置できないということだ。それはちょっと、火力の足りなさが気になる。


(近接武器も必要になってくるか?)


僕はそう思った。弾薬にも限りがある。仮にダンジョンの奥へと行くことになった場合、補給の利かない火器類だけではその達成は困難だろう。


(まあ、それは追い追い決めることにしよう)


どちらにせよ、今乗っている百錬では殴れない。まだダンジョンに入ってすらいない状況で、そんなことを考えるのは時期尚早というものだ。


と、そんなことを考えるうちに、ダンジョンから湧出した魔物たちはその勢いを減じ。今となってはもはや数体を残して殲滅されていた。


「あれ?もう終わり?」


MULSドライバーの一人が声を上げた。その言葉に続き、他のMULSドライバーもその状況に困惑する。

何せ、対処したのは砲座に設置された機関砲のみであり、待機していた戦車や機動戦闘車は未だ一発の砲声も轟かせていなかったのだ。

物々しい装備と準備に対し、出てきた敵は思ったよりも小規模。

準備をしすぎて仕損じることは無いとは言うが、これはいささか過剰といってもよかった。


「まだだ!」


暴走が終わったと、若干気を緩めつつあったMULSドライバーたちを、ミオリさんの激が引き締めた。


「さっきのは先鋒だ!本隊が来るぞ!」


ミオリさんが続けて叫んだ。そしてその声と同時に、今まで微動だにしなかった戦闘車両たちがその砲口を一斉にダンジョンへと向ける。


それらが同時に起こった一拍ののち、それが起きた。


何が起きたかといえば、何のことは無い。先ほどと同じ、骸骨型の魔物どもが湧き出してきただけだ。

しかし、その規模が尋常ではなかった。


先ほどまでは、ダンジョンの入り口いっぱいから湧き出しているとはいえ、まだ秩序があった。

例えて言えば、コミケの待機列や高速の渋滞列のような感じだ。


今起きていることは、文字通りの湧出だ。

ホースから水が吐き出されるように、ダンジョンの入り口、MULSが悠々と入れる程度の高さがあるそのすべてが骸骨で埋め尽くされ、まるで吐き出されるかのように押し出されていた。


僕らは、その状況に声も出せなかった。


骸骨たちがまるで水のようにふるまい、僕にはそれが、ダンジョンがその口から要らないものを嘔吐しているような錯覚まで受けた。

が、それをゆっくり考える時間は、そうなかった。


未だもりもりとダンジョンから吐き出される魔物たちは小さな山を作りながら、最初に放出された魔物たちがこちらへと殺到してきていたからだ。

バリケードは骸骨どもを通さない高さと厚さがあるが、あの規模で殺到されればあっという間に乗り越えられてしまう。


「撃てぇ!」


号令。そして砲声。今度は戦車たちも射撃を開始した。

機動戦闘車の榴弾が敵をまとめて粉砕し、戦車の徹甲弾(APFSDS)が敵を弾け飛ばしながら貫通する。貫通した砲弾は後方のそれもまとめて貫通し、敵はその全身で衝撃を吸収し、四散させていた。


それは暴力的で、蹂躙的だった。


が、それは氷山の一角を突き崩すに過ぎなかった。

戦車の砲撃はその一撃で百を超える魔物を粉砕したものの、未だダンジョンから千を超えるであろう魔物の群れが吐き出され続けているからだ。

砲の火力は強大だったが、焼け石に水だった。


「だ、大丈夫なのか?」


その様子に、一人のMULSドライバーが困惑した様子でそういう。

実際、目の前の状況は僕たちの想像をはるかに超えていた。

先ほどとは打って変わり、暴走の規模に対して火器の数が足りていないように見える。


「大丈夫だ」


その困惑をミオリさんは否定した。


「もうすぐだ。見ろ」

「だんちゃーく」


ミオリさんの声にかぶせるように、別の場所からの通信が聞こえる。


「今!」


そして、その声と同時に、文字通りの敵の山が、文字通りに吹き飛んだ。


「特科隊による砲撃だ」


ミオリさんがそう言う。特科隊。自衛隊の火力支援部隊の一つで、大砲による超長距離射撃による火力支援が主な任務の部隊だ。


先ほどの攻撃は、どこかからの火力支援による攻撃だったらしい。


それは狙い違わず、すべての砲弾が敵の山の中へと吸い込まれその内に内包した暴力を開放した。

敵の、文字通りの山の中から起こったそれは、さながら火山の噴火のように見えた。

爆炎が吹き上がり、山を構成する大量の骸骨たちを爆圧で押しつぶす。骸骨たちの残骸として大量の骨粉が噴煙を上げ、それに巻き上げられた生き残りの骸骨たちが宙を舞う。舞い上げられた骸骨たちはそのまま地面へと叩きつけられ、地面へと落ちた衝撃で全身を砕かせた。

絶え間ない攻撃で骸骨たちの山が見る間に骨粉の山へと姿を変えていく。


「さすが。戦場の女神は何度見ても頼りになるなぁ」


この声の主は永水さんか。元々ここにいたからか、この光景自体は見慣れたものなのだろう。


その後もダンジョンからの魔物の湧出は続き、それを砲撃が吹き飛ばす。

戦車隊がそこから漏れた敵集団を大雑把に割り砕き、残った残敵を機関砲座が殲滅する。一定以上に近づいた敵は迫撃砲による面制圧でその身をじわじわと削り取られていた。

そんなルーチンじみた永久機関が終わりを告げたのは、ダンジョンの暴走が始まってから10分が経った後のことだった。


たった10分の間の出来事なのだが、その間に起こった全力攻撃は各部隊の持つ攻撃力の全てを吐き出させるには十分な期間であり、飛び交う通信の中には砲身の過熱や弾薬の不足による攻撃不能の報告が多数漏れ聞こえていた。

言い換えれば。目の前にある戦力、そして後方からの支援があって初めてダンジョンの封じ込めに成功するということだ。

それはダンジョンの危険性を証明するには、十分に過ぎるだろう。


「総員、聞こえているな」


頭上をヘリが飛び越えていくなか、ミオリさんの通信が入った。


「現在、残敵の確認と掃討を行っている。それが終わったらお前たちの出番だ。心の準備は出来ているな?」


ミオリさんの声に、否定の声は上がらない。

目の前の状況に少々気おくれしたものがいるものの、いざとなったら逃げればいい。

その事実と、目の前の状況をねじ伏せた自衛隊の能力が僕たちに安心感を与えていた。


しばらくして、敵の全滅が確認される。


「よろしい。ではダンジョンへの突入を開始する。F班より順についてこい!」


その言葉と共に、ミオリさんは車でMULSの車列の先へと向かっていく。ここへ来た時とは逆に、F班から順にゲートをくぐり、ダンジョンへ向けて行進を始めた。


MULSの車列の前には戦車が4両護衛として先行しており僕らはその後ろに続く形となった。


1kmの行軍。先にたどり着いた15機のMULSと4両の戦車たちは簡易的な陣地を構築する。

僕たちはそれに続かず、各班ごとに整列し、突入の指示を待つ。


周囲には先行してトラックや装甲車が辿り着いていた。

そこから相当数の自衛官たちが降り、周辺の魔物どもの残骸。骨粉を集めてトラックの荷台に載せている。


「あれが、ダンジョン由来の新素材なんでしたっけ?」

「らしいな。MULSのフレームで言っていたのがこの骨粉だとさ」


待機している間、他のMULSドライバーたちがその話をしだした。


「これが結構な値段で取引されているらしいぞ」

「へえ、こんだけあるのにねぇ」

「といっても、月一回しか取れはしないし、その採集も危険が伴う。さっき見だろう。アレだけの火力で吹き飛ばさないと手に入らないんだぞ」

「それはそだけどさ。一体これを何に使うってんだか」


MULSドライバーの話は続く。


「何に使うかわからないから、研究用に欲しがる奴らが多いのさ」


そこにミオリさんが割り込んできた。


「どういうことです?」


話をしていたMULSドライバーの一人が聞いた。


「ダンジョン素材は未知の物質だ。何に使えるかわからない。どんな特性を持っているかわからないからな。MULSのフレームに混入させるのさえ、とりあえず使い先が見つかったから使っているだけの暫定的な利用法にすぎん」

「なら尚更…」

「しかし、だ。その特性を解明し、利用法を見つけることができればそれは金になる。それこそ、今の骨粉の買取値段をはるかに上回るほどの利益がな。しかも、そこにあるのは、人類史上未だ確認されていない新物質。つまり、扱うためのノウハウがない。これがどういうことを意味するか、わかるか?」


その言葉に、MULSドライバーのもう一人が声を上げる。


「他が作った新技術も、自前の新物質に対する技術が無ければ模倣すること自体が不可能です。つまり、技術の独占が可能になります。そして、その技術開発に出遅れれば…」

「開発した国との技術レベルに覆せない差がつくことになるてことか。少なくとも、その可能性が現実的なレベルで浮上した。」

「成程ね。()()()()()()()()ようにするために、積極的にかかわらざるを得ないわけだ」


納得したMULSドライバーたち。

ややあって、ミオリさんの元へと突入準備ができたとの報告がやってきた。


「さて、そろそろ突入だ。準備はいいな。では作戦開始だ。突入!」


その号令と共に、A班から突入を開始する。


「行きますよ」


B班の指揮官の山郷さんがそういう。B班もダンジョンの中へと突入する。


ダンジョンの入り口は、かなり大きなトンネルの入り口のようだ。

周辺の骨粉にまみれた状況がそれをわかりにくくしているが、先ほどまでの土の質感とはあまりにもかけ離れておりそれが異質だということを再認識させられる。


だが、ここまで来て今わら引き返すわけにもいかない。いざとなったら逃げればいいのだ。


僕は自分にそう言い聞かせ、ダンジョンの中へと潜っていった。


ダンジョンの中は、入り口ほどは広くない。

けど、MULSで身動きが取れなくなるほどの狭さでもなかった。


「わ、本当だ。明るい。」


そして、僕は目の前の状況にそう漏らさずにはいられなかった。

ダンジョン内は洞窟のようなものだ。当然、照明は無い。

しかし、僕たちの周囲は薄く光り、少なくともMULSの輪郭がはっきりと認識できるくらいにはしっかりと光っていた。

しかし、それは僕らの周囲のみ。奥の方は発光せず、暗闇が待っていた。

何でこんなことになるかといえば、床にからくりがあるらしい。


「圧力検知で発光するみたいですね。本当、どうなってるんだか」


それはMULSよりもはるかに小さい無人探査機でも確認されていたことだった。

原因は不明だが、明かりの心配をしなくていいのは安心だ。

もっとも、それはそれとしてLEDによるサーチライトが周辺や奥を照らしているのだが。


ややあって、先行していたA班の元へと辿り着く。

入り口が認識できる最初の分岐路。そこにA班が陣取っている。


「様子はどうですか?」


山郷さんが話しかけた


「敵の一匹見えてこない。ダンジョンの暴走で全部出たのか知らないけど、戦闘にならずに済んでよかった」


A班の指揮官がそう答える。


「次はお前たちの番だ。気を付けろよ」

「わかっています」

そう言い、僕たちは彼らを追い抜き、先へと進んだ。


次の分岐路が僕たちの制圧するB地点。

距離は遠いが、直線な為視認でき、そこまでの道筋には敵影が確認されていない。


(行って、待って、帰ってくる。敵はいない。いざとなったら逃げればいい。簡単な作戦だ。)


無人探査機による調査もこの辺りならしっかりと行われている。トラップも確認されていない。

だから大丈夫。


そう思った矢先のことだった。


目的地まで約半分の距離。

そこで、僕は不意の感覚に陥った。

目の前が暗転し、MULSの各部位から荷重がかからなくなるのを検知した。

それが落ちているからだと気づいたのは、既に重力加速度が僕の機体を下へと引き込み、浮遊感が僕の体を包み込んだ時だった。

その浮遊感は、今の状況に何故と考える暇を与えるほどのものではなく、


また、着地の衝撃で意識を失った僕にはそこから先を考えることはできなかった。


目の前の状況に一切ビビらず問答無用でダンジョンに突入するMULSドライバーたちすげえ。

いや、ちょっと派手に暴走させすぎたかも。もうちょっとなんかできたかもなー。

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