2-14 ブリーフィング
それからさらに一週間後。
「今日は何の用なんでしょうね」
僕は聞く。
僕たちMULSドライバーは、全員最初に説明会があった部屋。ブリーフィングルームに朝から集められていた。
MULSの実機での訓練は、起動、歩行といった初歩的なことから、実際に火器を実弾で撃つ射撃訓練など、ゲームにあるチュートリアルに従った一通りの基礎的な訓練はつい昨日終えたばかりだ。
後は格闘訓練を行いたいところだが…。これは実機では負担がかかりすぎるために無理だろう。
となると、今日僕たちが呼ばれたのはそういうことだろうか。
「永水さんは何か知ってますか?」
「口止めされてるから答えられない」
永水さんはにべもなくそう答えた。
永水さんが元自衛官だったことは、訓練が始まったごくごく最初のころから永水さん自身の口から伝えられた。
元々VRMMOメタルガーディアンで遊んでいたころからそのことは隠していなかったらしく、それ自体は特にほかの人達にも問題なく受け入れられた。
ただし、その伝手で我らが隊長、ミオリさんの右腕として雑務を引き受けることになったため、『隊長のお気に入り』として一部の人間たちから何かヤバそうな目で見られている。
「軍デレのにおいがする」と山郷さんが時たま二人が話している様子をのぞき見していたりしたのは、僕の記憶に新しい。
まあとにかく。
永水さんがそういうということは、何かあるということだ。
なら、おとなしく待つとしよう。どうせどうしようもないのだ。
「よし、全員そろっているな」
しばらくすると、ミオリさんが入ってきた。
そして、その後ろから、もう一人入ってくる。
性別は男性。年は結構いい歳だ。御偉方らしい結構しっかりした自衛隊の制服を着ており、その人がそれなりの役職についていることを物語っている。
「傾注!」
ミオリさんが声を張り上げた。
その声に、雑談をしていた皆が鎮まる。
皆が鎮まったのを確認して、男性が前へと出てきた。
「諸君」
その男性が口を開く。
「私はここ西富士駐屯地の司令。萩原直茂という。まずは、自己紹介が遅くなったことを謝罪する。」
そのまますまなかったと頭を下げる西富士駐屯地司令。
そして頭を上げると、再び口を開いた。
「今回私が諸君らの前に来たのは他でもない。ダンジョン攻略の日程が決まったからだ。」
その言葉に、MULSドライバーの全員がざわつく。
ダンジョン攻略。僕たちはその為にここに集められてきた。決してMULSを実機運転するためではない。
それはわかっていたものの、やはり面と向かって言われるというのは、僕たちに少なくない動揺を与えた。
MULSドライバーの反応は様々だ。
自分が役に立つと声に出さず奮い立つ者。不安そうに眉を顰める者。手元の写真に目を落とすもの。興味のなさそうな顔をしている者もいる。
「ダンジョン攻略の日程は、明日だ。」
MULSドライバーの間で動揺がさらに広がる。
明日。いきなり明日。今までしっかりとカリキュラムを組んでいたにしては急な話だ。
「詳細は今から説明する。…では佐倉少佐。後を頼む」
「はっ」
その声と共に、ミオリさんが前へと出てくる。
それは普段の様子ではなく、調練時の、山郷さん曰く『軍デレモード』の顔だ。
ミオリさんが口を開いた。
「急な話ですまないが、まずは話を聞いてほしい。」
そう言って、ミオリさんはブリーフィングを始めた。
――――――――――――――――
作戦を説明する。
ダンジョンが一カ月ごとに暴走して魔物どもが湧出することは知っているな?
前回の暴走は今日からちょうど29日前。わかるな?
つまり、明日ダンジョンが暴走する。
…ああ、安心しろ。湧出した魔物どもの相手は自衛隊が行う。諸君らは暴走した魔物どもの殲滅任務には参加しない。
今回諸君らに行ってもらう任務はダンジョンの侵入と指定ポイントの制圧。そして帰還だ。
概略を説明する。
まず、我々が動く前段階に暴走した魔物どもの殲滅が行われる。
これは自衛隊が担当するため、諸君らがこれに参加する必要はない。
その後、殲滅が確認された後に、諸君らにダンジョンに突入。所定ポイントへと移動し、既定の時間まで制圧してもらう。
今回参加するMULSは15機。5機ごとに編成し、それぞれA班、B班、C班の三つに分けて攻略してもらう。
残りの人員は予備兵力として待機。有事にはダンジョンに突入し、人員の救助を行ってもらう。
これを見てほしい。
これはダンジョン内第一階層の地図だ。見ての通り、この階層は路地裏のように狭い通路が複雑に絡み合った構造をしている。
諸君らに制圧してもらうポイントはここ、A地点、B地点、C地点。ちょうど、ダンジョン入り口から、分岐、もしくは曲がり角を順に一つずつ制圧してもらう。
制圧時間は、C班がC地点を制圧してから1時間。その後撤収し、全員の帰還をもって作戦を終了する。
班の連絡には各チームに随伴する無人探査機から行う。何かあったら、その指示に従うように。
出現する敵については、制圧地点の周囲では3m級の小型の魔物が確認されている。それ以上の個体は現在において確認されていない。
攻撃手段は素手による打撃が主だ。武器を持つ個体は確認されていない。
こいつらは胸部を破壊すると全身を粉にして機能を停止する。これは今回使用する20mm機関砲で十分に対処可能だ。脅威度は高くない。万が一遭遇した場合、落ち着いて殲滅しろ。
行って、待って、帰ってくる。それだけの作戦だ。簡単だな。
何か質問は?
「ダンジョンの暴走を待ったのには何か理由があるんですか?」
理由は二つ。まず、ダンジョンが暴走するとわかっていて突入する理由がない。
そしてもう一つ。暴走直後のダンジョン内部が、普段と比較して安全性が高いからだ。
ダンジョンが暴走した場合、ダンジョン内部の魔物どもが吐き出されるため、内部の絶対数が減ることが確認されている。
その為魔物と遭遇する頻度そのものが減る。今回の作戦では敵との交戦は作戦内容に入っていないため、ダンジョンの暴走後に攻略することを決定した。作戦が前倒しになったのはこれが理由だ。
他に何か質問は?
「一時間で撤収とありますが、今回の作戦行動に何か意味があるんですか?」
今回の作戦の目的は二つ。一つはダンジョンが攻略可能かどうかの確認。我々人類がダンジョンを攻略する二回目のチャレンジであり、そして最初の攻略では攻略隊の全滅という形で終わった。
今回の作戦で、その失敗を拭いさり世界にダンジョンが攻略可能であることを示す行為が一つ。
もう一つは諸君らにダンジョン攻略の感覚をつかんでもらうためだ。要は訓練の一環だな。下手な理由でMULSを壊すんじゃないぞ。
以上の理由により、指定した地点その物には一切の価値がない。ダンジョン内部に入って出てきたという事実が残ればいい。非常時には拠点を放棄して撤収しろ。
ああ、撤収していいからといってほかの仲間を放って逃げ出すんじゃないぞ。訓練通り、必ず最奥を攻略するC班から随時合流して段階的に撤退しろよ?
非常時にはダンジョン入り口で待機している戦車隊が突入する手はずになっている。安心して行動しろ。
他に何かあるか?……よろしい。
作戦は明朝0800時に開始される。今回作戦に参加する者はそれまでに準備をしておくように。
残りの者はここで待機だ。既に何度も行われていることだが、ダンジョンの暴走で不測の事態に陥る可能性も十分考えられる。即座に対応できるようにしておくこと。
班の編成は今送った編成表を確認しろ。間違って他人のMULSに乗り込むんじゃないぞ。
作戦は以上だ。
―――――――
「諸君」
萩原司令は声を張り上げた。
「君たちには感謝している」
萩原司令はそのまま続けた。
「諸君らは、徴兵され今までの人生を全て投げ捨させられた。我々の無能の結果だ。しかし、その境遇にも関わらず、精力的にMULSの操縦に励んでくれたおかげで予定を大幅に繰り上げることができた。我々は君たちを見捨てない。必ず、欠員を出さずに帰ってきてほしい」
萩山司令はそういうと、一歩後ろ下がり、そのまま部屋の外へと去っていった。
僕たちは、その言葉を聞いて、何も答えることはできなかった。
「これでブリーフィングを終了する」
ミオリさんが最後にそう言う。とたん、先ほどまでの張りつめた空気が霧散し、少々ざわついた空気が戻ってきた。
「何だ、あの爺。ちゃんと話せたのか」
隣にいた永水さんがそう言った。たぶん、萩原司令のことだろう。
「普段は無口なんですか?」
「いや、知らん。殆ど合わないし」
「言ってみただけですか」
「おう」
「そこで胸を張らないでください」
そこでふと、気になったことを思い出す。
「永水さん。予備兵力として待機なんですね。てっきりC班に組み込まれるものと思ってました」
そう。永水さんもMULSを与えられ実機訓練を行っていたのだが、何故か予備兵力として待機だったのだ。立場的に、最も危険な場所に配置されそうだったのに。
「その代わり、自分らが投入されるときって敵の目の前に出て交戦するってことだからね。状況によっては、ダンジョンに突入する君たちよりも危険な役割だよ」
永水さんは、僕の問いにそう答えた。
「予備兵力って、要は味方が不利な時に投入される戦力ってことだから、それだけやばい相手をしなきゃならないってことなんだよね」
「なるほど」
それならば納得だ。
「そして僕はB班か」
自分が投入されるのは、ダンジョンの奥の方でもなく、入り口近くでもない場所。
「なんか中途半端ですね」
「仕方ない」
永水さんが、僕の呟きを耳ざとく聞きつけてそう言った。
「どういうことですか?」
「君は徴兵された中で最年少、しかも未成年。仮に子供を死なせたってなったらマスコミのスキャンダル間違いなし。君はなんだかんだ扱いがデリケートなんだよ」
「かといってランカー入りしているから例外を認めるわけにもいかない?」
「そう。そして習熟も終わったのに見なかったことにするわけにもいかない。だから、最も安全なB班に配属されたってな」
「…最も安全?B班が?」
「そう。A班はダンジョン内にまだモンスターがいたら真っ先に戦う羽目になる。C班はいわば最前線。予備兵力として待機は論外。残るはB班っていうね」
「……成程」
今の僕は、なかなかに配慮されて扱われているらしい。どうせならその配慮を徴兵免除という形で表してほしかった。
あ、けどそれだとMULSを実機で運転できないのか。それは非常に惜しい。たとえあんなポンコツMULSでも、僕は十分に感動した。
踏みしめる感覚、わずかな慣性、五感で感じる、ゲームとは違うとはっきりわかるあの感覚。
あれを味わったらもう戻れない。それを知った今、兵役免除は待ったをかけたい。
「というかさ」
考えに耽っていた僕を、永水さんが引き戻した。
「なんです?」
「いや、落ち着いてるなって思って」
「?」
「ああ、他の奴ら見なよ。参加するやつも待機するやつも、何かしら様子がおかしいだろう?それが樹君にはないからさ。気になった」
そう言われてハタと気づく。
僕は何も感じなかった。
ダンジョン攻略への不安も、高揚も。そのどちらもなかった。
ただ、ダンジョン攻略をするという情報を受け取って、それだけだ。
「そういえばそうですね」
言われて、僕の状況のおかしさに気が付いた。
不安も何も感じず、ただただ事実だけを受け止めていた。
多分、普通は彼らみたいに何かしらの反応をするはずだ。
「……まあ、いっか」
考えても答えは出ない。落ち着いているというのは多分いいことだ。
僕は、そのことに深く考えず、明日どう動くかにその思考を切り替えていった。
やっとダンジョン攻略のタイトルらしくなってきました。
長かった。自分でも思ったより長くかかった…。