2月4週目 フールマーズ③
キティからヒントを貰った俺ではあるが、試してみたいことと、過去の教えの板挟みになっている。
キティは言った。言い訳する理由を与えるな、と。
三味線は言った。騎手がドラゴンにすべて任せるのは責任放棄だと。
考え付いたのは、フールマーズに、レース本番で好きにやらせる事。
練習でもなく本番で、騎手から「すべて任されれば」言い訳のしようも無いと思ったのだが。だがそれは受けた教えに反することで。やっていいこととは思えなかったため、俺は二の足を踏んでしまっていた。
しばらく考え込んでいたが、その前に、もう一つ言われていたことを思い出した。
「自分の中で完結するな」
あれこれ考えることが面倒になった俺は、当事者に話を聞くことした。
「ほほう。それは俺に対する挑戦状だな! よかろう。受けて立つ!!」
俺はフールマーズ本人に「レースで好きにやらせるが、負けたら言う事をきけよ?」と挑発してみることにした。それに対する答えがこれである。
風霊牧場の発着場にて。練習用コースでボコボコにして、今日も心を折ろうとした後に話を振ってみた。変わらず元気であったが、そのこと自体はいつもの徒労なので、あえて考えないことにする。
申し出た内容は「次のレースで一切指示を出さない。もしレースで1着でゴールしたら今後は何も言わないし、お前の好きにさせる。だが、もし負けたら、今後は俺の指示に従って飛んでもらう」というものだ。
正直、俺にかなり有利な条件を提示した自覚はある。
しかしこの馬鹿、胸を張ってその申し出を受け入れた。
「勝率2割以下の駄目ドラゴンが、ずいぶん大きく出たな」
「フン! 負けることを考えてレースに臨むのは愚か者よ! 俺は勝つために、誰よりも早く飛ぶために挑むのだ!」
威風堂々と言えば聞こえがいいが、実績が伴わなければ“張子の虎”も同然である。
自信たっぷりに話すフールマーズが道化に思えた。
「あとは約束を守るだけの潔さがあるかどうかだな」
「俺を馬鹿にするな! それよりも、次のレースで俺が勝ったら、今後口出ししないとは本当だろうな!?」
「おお。俺の方は“勝てれば文句ない”からな」
楽してお金が入るなら、その方がいいのも確かな話だ。考える時間を他に使えるから。
本当に何もしなくていいという話は無いんだけど、それはそれ、これはこれ。
面白みも一緒に無くなるんだけどねー。
ああ、そうそう。余談になるが、この話はズィルバーさんにも通してある。万が一俺が勝負に負けても主戦騎手が続くように頼んである。
これについてはあちらもすでに期待していないドラゴンの話だけに、すんなり通った。俺のドラゴンじゃないから、勝手な口約束もできんのよ。
こうやって周囲の許可を貰わないと、俺が主戦を外されたときに嘘吐き呼ばわりされかねんからなぁ。根回しは大事です。
「約束、努々忘れるなよ」
「そっちこそ」
「フン!」
捨て台詞を吐いたフールマーズは鼻を鳴らすと、厩舎の方へ飛んでいく。
半ば挑発めいた会話になってしまったが、一応は約束をするところまでこぎ着けたので良しとする。
……あのアホ、俺が乗る前は勝率1割に届かず、乗った後もほとんど勝っていない現実を見ているのかね?
逆を言えば、俺が負ける可能性も低いとはいえ0ではなく、一応存在するわけだが。それでも、この勝負は圧倒的に俺に有利というのは変わらなかった。
『それでは、レースが始まります』
今度のレースは、オープンクラスの24㎞。
風は強いというレベルを超え、嵐と言っても過言ではない。ドラゴンレースでは、ままある気象条件だ。雨で視界が悪く風が強いため、通常のレースと同じ感覚では足元をすくわれる。
気象条件に付いては、今回はランダムなので俺が選んだわけではない。そのあたりは公平に考えている。
フールマーズはウィンド・ドラゴンなので風には強いが。水属性のドラゴンでもなければストーム・ドラゴンなどでもないから雨には強くない。条件的には「よくない」「やや悪い」といったところか。
そして今回のレースは、面白いことになりそうである。
見知った名前が、出走者一覧にあったからだ。
彼女がどう動くかは知らないが、ぜひ頑張ってほしいものである。
『全ドラゴン、一斉にスタートしました。1番フールマーズが前に出ます。8番ミツメテナイト、10番パンショニアといったところが出遅れています』
お。これは拙いか?
気象条件は、フールマーズにとってあまり良くないが。
他のドラゴンにとっても良くなかったようである。後続があまり前に出てこない。
フールマーズはというと、先頭を悠然と飛ぶことが出来て気分良さげだ。
俺にとってはあまりうれしくない展開である。いや、勝てるならそれに越したことは無いのだが。
『先頭1番フールマーズが第二コーナーに移ります。全体的に、やや遅いペースでレースが展開されています』
2番手、後続との差は約50m。そこまで離れてはいないが、間があるのも確かである。
それにスタミナをかなり温存できている。フールマーズ対策、こいつらは知らないようであった。
『直線に入りまして、3番アスラン、動きました。先頭1番フールマーズに仕掛けます』
このままラストまで行くのかなー? そんなことを考えていたが、そうはいかないようで。
メニー・メリー嬢の駆るアスランがここで仕掛けてきた。
しかも、雨にまぎれてかなり近くまで接近していたようである。後続の紹介をしている間を狙い、実況が何も言わない程度に動いていたようだ。全然気が付かなかった。
メリー嬢とは何の打ち合わせもしていないし、ここで一緒に飛んでいるのはただの偶然だ。
フールマーズの話もしたことが無いから、“対策”を知らないだろうと思っている。事実、スタート直後に仕掛けた方が“有利”だったわけだし。
まあ、この偶然はどうでもいいんだ。俺にできること、やるべきことはもうないし。見届けるしかない。
だから必要なのは、結果である。
第三コーナーに入る前にアスランに仕掛けられたフールマーズが一気に加速し、このまま飛べば最後の直線に入ってすぐスタミナが切れるであろう、フールマーズの敗北につながる結果だが。
『先頭が第4コーナーを抜けまして、最後の直線です。先頭は変わらず1番フールマーズ。少し遅れてそれを追います、3番アスラン』
アスランの方は、ちゃんとスタミナ配分を考えている。ラストの直線で爆発させるための翼を残している形だ。
しかし、フールマーズは後先考えずに加速してしまった。強い焦りから無茶な加速をしたため、スタミナを大幅に使い込んでしまった。余力は、もう無い。
『ここで先頭が変わった! 3番アスラン、3番アスラン! 1番フールマーズは止まった! 先頭は3番アスラン!!』
余力の有無は重要だ。
長距離から短距離への切り替えができるとできないでは、結果に大きな差が出る。
『3番アスラン逃げる、アスラン逃げる! しかし後続も怖いぞ! 2番クロクヒカルアクマが伸びる! アスラン危うし! クロクヒカルアクマは届かないか!? 1着は3番アスラン!! 1着は3番アスラン!! 2着は2番クロクヒカルアクマ!』
そして大きな差とは、順位のこと。
力尽きたフールマーズを他のドラゴンは追い抜いていき、7着にまで墜ちる。
アスランに仕掛けられた時。
それを無視してペースを保っていればラストスパートをかけることが出来た。
しかしそれは「たられば」でしかなく、負けは負け。入着にも手が届かない、賞金0円のボロ負けだ。
こうして俺はレースに負け、フールマーズとの勝負に勝った。
しかしなぁ。
こう、何かモヤモヤするというか、面白くない。
やっぱり、騎手としてちゃんと飛びたかったなーという思いが俺を苛立たせた。
もう二度と、こんなレースはしたくないなぁ。