1月2週目 三味線③
普段のレースとは違い、今回はお遊びに近い――もちろん全力で勝ちにいくが――身内2人のレースだ。
水中戦の専門家でコースを熟知する三味線有利は当たり前。ドラゴンの性能的には俺にも勝ち目はあるけれど、そううまくいかないのがレースというものだ。
ハンデ緩和の一環として、先にコースを一周してみた。
コースは海底スレスレを泳ぐようになっていて、ゆっくり泳がせたから、半ば観光のような状態だった。珊瑚や色鮮やかな魚たち。透明度の高い水のおかげで暗いなどということはなく、光を受けて煌めく世界がそこにあった。ダイビングの経験はないが、きっとこんな光景を見ることが出来るのだろう。いや、VRだけにリアルよりも美しい景色なのかもしれない。
俺はカレントアクアの頭の上で、そんな景色を堪能していた。
一応。不思議パワーか何か知らないが、俺の周りには空気があり、泡の中にいるような状態だ。設定上、水の中だからと騎手を酸欠にするとかそんな鬼畜仕様ではない。たぶんだが、空中戦でも同じようなシステムが使われているんだろうな。普通に考えたら高高度による酸欠も考えられるんだし。
「これは……金を取れるレベルじゃないか?」
「まーな。コースの美観もこっちで金を突っ込んだ結果だ。ま、運営の趣味人どもが頑張った結果じゃねーの?」
どうやら、コースにも趣味的にお金をつぎ込めるらしい。俺自身はまだ牧場の機能向上にお金を使わねばならない身。そちらに関しては、今度キティの牧場に行って堪能させてもらうとしよう。
12㎞のコースを一周することには満足していて、俺のテンションはずいぶん上がっていた。
ちなみに軽く流してはいたものの、時速は100㎞ぐらい出ていた。一周するのに10数分かかっていて、本気を出せばこの半分の時間で終わるらしい。
時速200㎞オーバー。空中戦の2割以下とはいえ、水中であることを考慮すればかなりの速度である。少し気を引き締めることにした。
「んじゃ、次は本気でいくぞ」
「応!」
コース下見の周回も終わり、次が本番となる。姿の見えない俺たちではあるが、コースの設定をトライアルモード、レース仕様にへと変更し、スタンバイ。並んでスタートを待つ。
3、2、1……0!!
カウントが0になり、二人同時にスタート。
三味線の駆るプリズムウォーターは精霊系統のレインボー・ドラゴン。その名のとおり、七色の鱗を持つドラゴンだ。光の加減で幾多の色合いに変化し、全身が宝石のような輝きをもっている。姿は翼のない地竜のようだが、その両手足は退化し、地上で歩くのに向いていない。
その代わり、水中ではかなりの速さを擁する。魚のように体をくねらせながら泳ぐのだが、最高速度を比較して、シルエット・ドラゴン――身体能力の高さが売りの、通常系統のドラゴンにすら匹敵する。総合力を見ればあれはあれでレア種族なんじゃないかと思うのだが、それでもスタミナにおいてはシルエット・ドラゴンの方が上であり、スキルを加味してようやく互角だとは三味線の弁である。
スタートしたタイミングは同時だが、スタミナに余裕があるはずだからと、俺はカレントに先行逃げ切りを指示する。そして他は、一切指示しない。
騎手としてそれはどうかと思う部分もあるが、こと水中戦において騎手よりドラゴンの方が、経験豊富なベテランなのだ。だったら任せてしまえと言うのが俺の結論だ。カレントの方も、素人にあれこれ言われるよりはその方がレースに集中できると返してくれた。
コースに出て2㎞ほどで3㎞程度の岩礁エリアに差し掛かる。水中では峡谷に迷い込んだかのような状態であり、コースの横幅はとても狭い。ここで抜こうと思えば上下をうまく使うしかない。
プリズムは後ろにぴったりくっつけており、リードはさほど無い。スリップストリームでスタミナ温存に勤めているのだろう。スタミナに劣ると言ってもやりようはあるという意思表示か、余裕の笑みを浮かべているだろう。
俺は少し苛っとしたのだが、カレントはもっと苛々していたようだ。左右の岩礁に対し――
「うぉぉぉぉぉお!?」
手足に相当するヒレをぶつけ、後方に岩の弾丸をお見舞いした。
これには三味線も回避せざるを得ず、スピードを落とし、ひらりと体をひねらせてやり過ごす。
多少のリードを得ることができたが、俺はこんな展開をあまり考えておらず、心臓がバクバクいっていた。
こんなのもアリなのか?
水中戦特有の戦い方だと信じたいが、あまりにも無茶なやりように俺は無言でカレントを見る。カレントは俺の視線に動じる事も無く、そのまま何事もなかったように先に進む。その落ち着き様に、「カレントに任せているんだから」と思考を放棄してプリズムの動向を探る。
岩礁地帯を抜けた。ここから先は水流との戦いはあっても、先ほどのような「攻撃できる地形」は無い。
三味線とプリズムは後方に大きく距離を取り、俺と同じように相手の動向を警戒しているようだ。リードはしているが引き離されることは無く、距離を一定についてきている。
後方に意識を取られていたが、無視できない揺れが俺を襲い、思わず体を伏せて安定を図る。
水流の厳しいエリアに差し掛かったようで、カレントの泳ぎに変化が生じたようだ。今まではゆったりと、それでいて力強く泳いでいたカレントだが、水流に適応するように体を小刻みに動かし、ブレーキをかけるように動いている。
それもそのはずで、追い風のように後方から強く流れる水流は加速を助けてくれるのだが、もうすぐカーブで、あまりスピードを出し過ぎるとコースアウトで即失格となってしまう。カーブできる範囲で最高速度に抑えなければいけないのだ。
カレントは大外に動き、カーブのインを狙う。先に外に振れていた分、カーブでは内側ギリギリを通り、そのまま折り返しの直線へと向かった。
俺はレースの経験が浅いが、空中戦でも同じ状況をよく見ていた。これは最高の結果と言っても過言でないライン取りのはずで、後続の三味線を弾き離せないまでも、距離を詰められることはないと思った。
だが。
カーブを過ぎてすぐ。
三味線たちは俺たちのすぐ後ろにつけていた。
なぜ? という疑問が頭をよぎるが、何をしたのかは後で聞けばいい事だ。カレントに加速をして引き離すように指示を出す。
カレントもそれに応え、プリズムを引き離しにかかった。
だが、それにプリズムも対応する。同じように加速し、スタート後のようにスリップストリームを維持する。
ふと疑問に思ったのだが、あいつら、何で姿の見えない俺たちの後ろにぴったり付けれるんだ?
おそらく経験からくる何かしらの判別方法があるのだろう。さっきのカーブの事も含め、後で聞くことが増えた。
細かい事は横に置き、今はレースに集中する。
ラストスパートのタイミングもなにもかも、カレントに任せることにした俺はプリズムと三味線の動向を注視する。特に変わった動きは見られず、レースは最終の直線へと移行した。
残り2㎞。ここからが本番だとばかりに、カレントの速度がまた一段階上昇する。
同時に横殴りの強い水流が発生していたが、パワーに優れたカレントはものともせずに加速を続ける。
だが、ここでプリズムも動いた。カレントを超える加速をして、一気に横並びにまで追いついてきた。
カレントも伸びるのだが、プリズムはその上を行く。全力は出している。ラストスパートはちゃんとベストのタイミングだった。
だが、最高速度に到達するのはプリズムの方が早い。
「カレントとプリズムの最高速度はほぼ同じ」
最初に聞いていた情報が俺の頭をよぎり――
「勝ったーー!!」
三味線の、勝鬨を聞くことになった。




