苦心惨憺 11
「へえー、初めて知りました」
「それはそうだろう、いま私が思いついたものだからね」
「フフッ」
彼女の表情が明るくなったのを見て、彼は少しうつむいて顔をほころばせていた。そうして食後の珈琲を飲んでいる時、つと彼が尋ねた。
「ここの暮らしはどうだ?」
「はい、なんとかやっています」
「なんとか、か……」
そう言うと、彼は右手を髪の毛に入れてしばらく黙って彼女を見ていた。
「その肩の痣は?」
と、自分の首から右肩の部分を左手で触ってジェスチャーで伝える。
「これは、その……」
「ゆっくりでいい、君がここに来てからのことを最初から最後まで詳しく教えて欲しい」
この工場に来てすぐに愛児のアルバと離れ離れになったこと。ギュストが皆を虐めていること。過酷な労働に粗末な食事。人間として扱われないこと……。最初は戸惑いつつ躊躇していたが、そういったことが彼女の口からゆっくりと語られていく。彼はというと、机の上に手を組んで置き、じっと彼女の話に耳を傾けていた。彼女は少しずつ思いだしながら話していた。すると次第に胸が熱くなり、背筋を伝わって目の奥にとどまり、やがてせき止められていたものが碧青の瞳から零れ落ちた。話を終えてもなお溢れ出る涙をそのままに、彼女は椅子に座って、ただレウレトの顔を見つめていた。
「これで拭きたまえ」
言って彼が胸ポケットから白のハンカチを取り出して、彼女に渡した。
「ありがとう……、ございます……」
「そういえば診察を受けたと思うが、結果は?」
「妊娠してました」
「ほう! そうか、それはめでたい」
「あの……、これをミランダ先生から工場の責任者に見せるようにと」
と、彼女がエプロンのポケットに入れておいた診断書を彼に渡す。
「そうだった、私はこの工場の責任者だったな。拝見する」
そう言って彼が診断書の内容に目を通す。
「わかった。ミランダ先生と相談して検討し、昼までに答えをだそう」
「あ、ありがとうございます!」
「それと、もう一つ私に渡すものがあるのではないかね?」
言われて彼女は気づいたのか、慌てて立ち上がってエプロンを捲り上げると、スカートの中に手を突っ込んで手紙を取り出した。
「こ、これをアルフレッドに!」
そう彼女が手紙差し出していると、彼はなにかを堪えながら震える手で受け取った。
「あの、どうしました?」
「い、いや……。す、すまない……。声を出して笑う許可を……、もらいたい……」
彼が必死にこらえながら懇願するのを見て、彼女は恥ずかしそうに、
「ど、どうぞ!」
と許可を出すと彼は爆笑した。その笑い声は部屋中に響き渡り、ドアのそばに居た守衛も声には出さないが口を抑えていた。
「そ、そんなに笑わなくても!」
「し、失敬……、君が大事そうに手紙をしまうのを……、想像して……、つい……」
しばらくあきれて、そのあと少しムっとしたが、それが可笑しくて彼女も笑った。
「この手紙は必ずアルフレッドに渡そう」
「よろしくお願いします」
「うむ。持ち場につき、職務に励んでくれたまえ。守衛に送らせよう」
「はい、失礼します」
「デューイ、彼女を送ったあと、ギュストをここに」
「かしこまりました」
彼女が出て行くと、執務室に残った彼はメガネを外しつつポツリと呟いた。
「久しぶりに大笑いをした……、こんなに笑ったのは何年ぶりだろうな」




