憂々哀心 4
「あれじゃ、あれに向けてくれ!」
「かしこまりました。席に戻りシートベルトを装着して下さい。最大速で飛ばします!」
* * *
機内ではドンカスターが険しい顔で考え事をしている。ロンシャンが呼びかけても応じない。彼女はいま自分が出来ることは無いかと模索し、目の前にある端末に手をつけた。電源を入れると、目の前の空間に画面が浮かび上がり、"パスワードを入力して下さい"と表示されている。バルバロッサに聞きにいこうとロンシャンが立ち上がると、ドンカスターが口を開いた。
「エスポワール……」
「はい?」
「"希望"という意味じゃ。パスワードはエスポワールじゃ」
ロンシャンが空間上に浮かんだキーボードに打ち込むと情報を検索し始めた。
――米英帝国北西部において、大規模な山火事が発生……――
ロンシャンがクリックすると画面が他に五、六個出てきて、そのうちの一つの画面には、にわかには信じがたい光景が映されていた。樹海は燃えていた。炎は闇夜を赤く照らして辺りは昼のように明るい。巨大な火柱が風を巻き起こし、新たな炎が生まれる様は煉獄の海を思わせる。樹海のいたるところに昇る黒煙は満月を喰らおうかとする龍のようだ。地獄の窯を覗くとするならば、このような光景が映るのだろう。しかし炎や黒煙はあるところまでいくと、弾き返されていた。それはアプリコットが結晶石を発動させた結界であり、大きな光の柱となって空に伸びていた。
「ドンカスター……」
「他にニュースはやってないか、捜してくれ」
「はい」
ロンシャンが打ち込むと他の画面がニュースを報じていた。
『……軍本部発表によりますと、他国からのミサイル攻撃の可能性は無いという……』
他のチャンネルでは軍広報の記者会見が映っている。
『……おり、他国による攻撃ではない。現在調査中だが……』
機内アナウンスを知らせる音がしたあとにバルバロッサの声がした。
「ドンカスター卿、主より入電です」
「つなげてくれ」
受話器の先にジュストの声がした。
「先生、テレビを見ましたか?」
「いましがた見ておった」
「なぜ集落がこのような事態に……」
「ふむ、何者かが一斉に火を点けたとしか思えん」
「それはいったい?」
「わしらの集落が自治区になることを望まぬ考えを持った者だというじゃ」
「なんと! しかし、あれだけ広大な樹海に大規模な火災を起こせるのは……」
「おそらくじゃが……、軍内部の人間によるものじゃろ。それも相当の権力がある人物じゃ」
「まさか……、ルクレールが!」
「じゃが彼はいま露国遠征の真っ只中じゃ。確かに彼ならば可能かも知れんが、確証がない」
「くそっ!」
と、ジュストの机を叩く音が受話器から聞こえてきた。ドンカスターがジュストをなだめつつ続けた。




