鬼哭啾々 4
山を降りると鬱蒼たる森が広がっていた。森というより樹海である。辺りは不気味なほど静かで、時折ミミズクやフクロウの鳴き声がこだましている。幼少の頃、一度だけ父に連れられて集落に来たことがあった。しかし記憶にあるのはそれだけで、どうやって集落に行ったのかは全く覚えていない。アルフレッドは途方に暮れた。茫然としていても仕方ない。そう諦め、僅かに差し込む光と嗅覚だけを頼りにこの樹海の中をあてもなく進んでいく。だが突然に彼の体に異変が襲ってきた。それは先ほどまで強いられた緊張と、母親を亡くしたショックから引き起こされたものだ。
疲労が全身に重くのしかかってきた。歩く足は鉛のように重く、前へ運ぶのが精一杯である。睡魔は注意力を分散させ、彼の目に映るの景色には白い靄がかかっている。明らかに疲労困憊といった具合で、立っているのもやっとというありさまだ。けれども彼の自己心中の宇宙にあるどこか知れない奥底では、
――生きなければ!
という、不可思議なる生命の躍動が身体をつき動かしていた。そうして歩き続けていた時、ふいに彼は立ち止まった。そしうて近くの大岩の下にある枯葉を手で払うと、そこにはちょうど手が入るほどの穴がぽっかりと開いている。彼はほぼ無意識にその穴へと一気に手をつっこんだ。そして何かをつかみ引き出すと、それは冬眠していた蛇だった。携帯していたナイフで頭を落とし、滴り落ちる血を口にして喉の渇きを癒やし、今度はナイフで腹を割き、皮を剥いでぶつ切りにしたそれを口に放り込む。口の中には血なまぐさい匂いが広がり、鼻腔を刺激する。思わず吐き出したくなるほどの強烈な衝動に駆られた。しかし、これを食べないと死んでしまう。そう自身を叱咤しては息を止め、我慢して飲み込んだ。
三回、我慢して飲み込んだ。そうして彼はしばらく座っていたが、横になりたい気持ちを強く組み伏せ、歯を食いしばるつつ渾身の力を膝にこめて立ち上がった。
――まだ、生きている。
そう思うと不思議と力が湧いてくるような気がしてきた。希望に似たなにかが彼の足を引きずらせた。
アルフレッドよ、いったいどこへ行こうというのか? その問いに彼がこう答える。
――光の射す方へ。
なぜ?
――生きるために。
彼は前進した。どこをどう歩いたかすら記憶できていなかった。虚ろな瞳で、うなだれながらも、ただひたすらに歩いた。そして、やっと集落の目印である篝火が見えてきた。それに気づいた二人の門番が駆け付ける。両脇を抱きかかえられながら、門番の一人が何か話しかけている。しかし彼には何を言っているのかすら理解できない。ただこれだけは確信していた。
――ぼくは、助かったんだ……。
そう思うと、安堵感が彼の全身を支配した。それで周りの景色が朧げになり、目の前が真っ暗になった。
* * *
長い、長い夢を見ていた。父にナイフの使い方を教わっていた。ある時は共に釣りをしていた。初めて釣った魚を父に見せては自慢していた。今度は誕生日のことも出てきた。父と母にプレゼントをもらった。胸を躍らせて箱を開けると、木を彫ったわんわんおが出てきた。これで友達と一緒に遊べると喜んだ。




