閑話 レナードの決意
「レナード君、残念だが当主直々に言われてしまってはどうしようもできないからねぇ。自分でがんばってくれ。ジュリエット、いこうか。では失礼します」
パタンッ
ジュリエットとスチュワート子爵が部屋からいなくなった瞬間、部屋の気温が落ち、張りつめたような空気になった。
部屋の静けさがなぜか不気味に感じる。
その違和感が間違いでないことを、すぐさま父上の荒ぶった声が証明した。
「『あの』ルードヴィッヒと繋がるチャンスが…!私の野望が……!」
ガシャーン!
父上は、テーブルの上にあったティーカップを払い落とした。
「ち、父上…?」
普段ならしたことのないような言動の父上に困惑していると、
「レナード、お前にはもう失望した!男爵令嬢でも平民でも好きな相手と結婚するがいい!ビルエッド伯爵家はチャーリーに継がせる!」
「なっ!?父上!?冗談ですよね!?」
バタンッ!!
父上の言っていることが理解できない。
長男である俺を差し置いて次男のチャーリーに継がせる?
そんなことあるわけない。
きっと俺が焦るように煽っているだけだ。
仕方ない。
婚約解消したばかりで新たな婚約をするには評判が悪いだろうと思っていたが……早々にセシリアと婚約を進めて父上を安心させてやるか
そうすれば父上もこんな脅しのようなこともしてこなくなるだろう
決意した俺は、ただ出かけるだけの日から婚約する日へと気持ちを変えていったのだった。
「セシリア、今日は家に寄っていかないか?」
デート帰り、隣合って座る馬車のなかで、そうセシリアに声をかけると、笑顔が一層明るくなる。
「本当ですか!?レナード様!嬉しいです~♡」
腕にひっついて甘えてくるセシリア。
そう、この守ってやりたくなる感じがいいんだ。
ジュリエットは甘えるどころか全然喋らなかったからな。
なのにこの前は人前で俺に恥をかかせやがって…!
婚約破棄してせいせいしたわ!
そんなことを思いながら馬車に揺られていると、セシリアがまた甘えてきた。
「でもレナードさまぁ?ワタクシがレナード様のお家に行ってしまったら、またジュリエット様が嫉妬しちゃうんじゃないですかぁ?セシリア、怖いですぅ~」
その言葉に口角が上がらずにはいられない。
「心配するな、セシリア。もうジュリエットには何も言わせない!もうアイツとは関係ないんだからな!」
「…え?それって…?」
「ジュリエットとは婚約を解消したんだ。だからセシリア、俺と婚約してくれないか?」
「えっ!?本当ですか!?」
セシリアは喜びを隠しきれないような反応だった。
「あぁ、この後は俺の婚約者として家にも来てほしい」
その言葉に涙を浮かべて「はい♡」と返事をするセシリア。
本当に可愛いやつだ。
プロポーズも終わり、彼女から了承をもらったことで気分が良くなったところ、屋敷に着いた。
タイミングまで俺を祝福しているようだ。
馬車の中から豪勢な屋敷の外観を見るなりセシリアは喜んだ。
「すごぉ~い♡レナード様のお家素敵ですね~♡」
気分良さげなセシリアをエスコートしながら屋敷のエントランスへ進むとセシリアの表情が変わったように感じた。
疑問に思って何があったか確認しようとした瞬間、父上が階段から降りてきた。
これから出かけるようだ。
またタイミングが俺を後押ししているように感じて、父上に声をかける。
「父上!俺はセシリアと婚約しました!これからは2人でビルエッド伯爵家を支えていきます!」
意気込んで宣言したが、父上は厳しい表情を浮かべたままだった。
「父う――」
「父上」そう言い終わる前に、父上から冷たい言葉をかけられる。
「婚約した?そうか……しかしおかしいな、レナードよ。私はチャーリーを後継者にすると言ったはずだぞ?」
「そ、それは俺に反省させるために言っただけじゃ…」
「そんなわけないだろう。何度も言わせるな」
「ち、父上?冗談ですよ…ね……?俺、嫡男ですよ…?」
「お前が男爵令嬢ごときと婚約しようがしまいが、どうでもよい。私、そしてビルエッド伯爵家に迷惑をかけるようなことだけはするな。この家から追い出されたくなければな」
そう言い残して父上は屋敷の外に出てしまった。
父上の言っていることが理解できずに混乱して床を見つめていると、セシリアから声をかけられる。
「レナード様?先ほどおっしゃっていただいた婚約の件ですが、お断りさせていただきますわ」
顔を上げ、セシリアのほうを見ると笑顔なのに今まで見たこともないような冷たさを感じる。
「…セシリア…?」
「ワタクシにはレナード様をお支えするほどの力量はございませんわ、ごめんなさい」
その言葉に思わず彼女の肩を掴み問いただしてしまう。
「さっき了承してくれたではないか!?なぜっ!?」
「うるさいですわね……」かすかに聞こえたその声の後、彼女の肩を掴んでいた手を振りほどかれた。
そしてめんどくさそうな表情をした彼女は
「あーもうーめんどくさいですわね!あなたとは結婚も婚約もしないと言ってるんです!
だいたい婚約破棄されたばっかりのクセに婚約申し込んでくるなんて何考えてますの?
ワタクシが慰謝料払うことになったらどうしてくれるんです!?
はぁ~…ビルエッド伯爵家の次期当主の婚約者の慰謝料くらい払ってくれると思ったから了承したのに……こんなに貧乏なんて…。しかも次期当主じゃなくなったですって?!……勘弁してほしいですわ」
「で、でも俺を愛していたんじゃ……」
「そんなわけあるわけないでしょ?!あなたが『伯爵家の次期当主』だったから声をかけただけですわ。伯爵家の次期当主じゃなくなった貴方に何の価値があるんです?」
「そ…そんな……」
なにが起こっているのかわからない……
セシリアが俺を愛してなかった…?
セシリアはドアの方に向かい直すと、最後と言わんばかりに声をかけていた。
「もうワタクシ達は赤の他人ですわ。これからワタクシを見かけても気安く声をかけてこないでくださいませ。では失礼いたしますわ」
カッカッカッ
バタッ
彼女のヒールとドアの閉まった音だけがエントランスに響いた。
なんで……なんでこうなったんだ……?
「セシリアは俺を愛していなかった…?あんなに愛し合ってただろ…?わけわからない……」
父上に言われたこと、セシリアに言われたことを思い出しているうちに、なぜか自室のソファに腰を掛けていた。
「今まで全部うまくいってたのに、なんでこんなに全部がダメになっているんだ…?
……ジュリエットと婚約してたときはうまくいってた……
ジュリエットとの婚約もうまくいってたし、セシリアからも愛されてた……
そうか……、婚約を解消したことが間違いだったんだ……
たしかにジュリエットは俺を愛してた……俺がセシリアと仲良くしてたのが気に食わなかったんだ……
そうか!だから婚約を解消したいなんて言ったのか!俺に構ってほしくて!!最後の賭けとしてあえて『婚約破棄』なんてつよい言葉を使ってきたのか!そうかそうか……」
気づけば俺はある決意をしてソファを立つ。
「……ジュリエット……今、会いに行くからな……」




