第65話 新しい騒がしさ
新学期のグラウンドは、音が多い。
新しいスパイクの硬い音。
知らない声。
妙に高い笑い声。
「多いな……」
西野が名簿を見ながら呟く。
その横で、遥が覗き込んだ。
「今年も、思ってたより来たね」
「ですね」
入部希望者の中で、最初から空気を持っている一年が三人いた。
鳴海。
霧島。
榊原。
鳴海は一走向きの目をしていた。
前に出ることを最初から怖がらない顔だ。
霧島は四百寄りの体つきで、言葉が少ない。
榊原はハードルと短距離を兼ねるらしく、西野の方をよく見ている。
それに加えて、女子マネージャーも三人入った。
牧田。
白石。
篠原。
三人ともよく喋る。
よく笑う。
今までの潮見にはあまりいなかった種類の騒がしさだった。
「思ってたよりちゃんと強そう」
牧田が言う。
「ちゃんとって何」
白石が笑う。
「だって怖い先輩いるし」
その視線の先にいた井坂が、すぐ反応した。
「誰が怖えんだよ」
「井坂先輩です」
白石が即答する。
「顔が」
「バカヤロー、それ悪口だろ」
「きゃー、こわーい」
わざとらしく三人が肩を寄せ合う。
篠原まで淡々と乗る。
「でも一番ちゃんと見てくれそうです」
井坂が眉を寄せる。
「……褒めてんのか、それ」
「半分は」
「半分かよ」
蓮はそのやり取りを横目で見て、小さく笑った。
井坂は見た目のわりに、こういう軽口に弱い。
弱いくせに、真面目に拾う。
だから余計にいじられる。
集合の輪の真ん中に、西野が立った。
去年の西野なら、まだ一歩引いていた。
でも今は違う。
「今年の潮見は、俺たちが最後の学年です」
声は少しだけ震えた。
それでも、逃げなかった。
「だからこそ、いちばん速い潮見を作ります。去年までの続きじゃなくて、今年の形で勝ちます」
井坂がその横で小さく笑う。
「言うようになったすね、部長」
西野がそちらを見る。
「朝倉くんがうるさいので」
蓮がすぐ返す。
「俺のせいかよ」
「多少は」
「多少で済ませる気ないだろ」
そのやり取りで、空気が少しほどける。
西野は一度だけ深く息を入れて、続けた。
「部長は俺、副部長は朝倉くんです。まとめるのは俺がやります。でも、走りの中心は朝倉くんたちです。遠慮せず食らいついてきてください」
そこで鳴海が手を挙げた。
「朝倉先輩」
「何」
「動画、何回も見ました」
「へえ」
「俺、あれ見て来ました」
「そう」
「反応、薄いっすね」
「見たって言うやつ、多いから」
鳴海は一瞬だけ止まって、それから笑った。
「じゃあ、覚えてもらえるように走ります」
蓮は少しだけ目を上げる。
「いいよ」
短く返してから、続けた。
「でも、憧れのまま走るな」
鳴海の顔がわずかに締まる。
「最初の一本は借り物でいい。最後の一本は、自分の顔で立て」
風が一本、トラックを横切った。
鳴海は黙ってうなずく。
その返事の重さに、一年の空気が少し変わる。
最後の一年は、こうして騒がしく始まった。




