第61話 四人で行く場所
南関東大会の帰り道、バスの車内は最初だけうるさかった。
全国だ。
四百で蓮が三位。
4×400mリレーで潮見が六位。
結果だけ見れば、これまででいちばん明るい帰り道のはずだった。
けれど、はしゃぎ切れない疲労も全員にあった。
特に蓮は、窓際で目を閉じたままほとんど動かない。
深く入ったあとの反動を、どうにか表へ出さないようにしているのが分かる。
瀬川が隣に座って、小さく言った。
「朝倉くん、聞こえますか」
「聞こえてます」
「後ろから来る音、拾えましたか」
「途中までは」
「途中?」
「最後、少し速すぎました」
瀬川は黙ってうなずいた。
南関の速さでは、戻り方を知っていても余白が短い。
それが分かっただけでも大きいが、全国ではさらに厳しくなる。
真壁は前の座席から振り返る。
「でも行ったんだよ、全国」
「そうですね」
「もっと嬉しそうにしろよ」
「真壁が嬉しそうなので足りてます」
「お前ほんとそういうとこだな」
井坂は通路越しに周囲を見渡す。
倉橋は帯同していない。通院のため先に戻っていた。
その代わり、部のグループ連絡に短い文が届いていた。
『お疲れさまです。全国おめでとうございます。
次は自分も同じ景色を見にいきます。』
その文面を見て、井坂はスマホを伏せた。
軽く返せる言葉じゃない。
でも、返さなくても届いている気がした。
数日後、全国前最後のミーティング。
真壁は部室の前に立ち、記録用紙を机に置いた。
「全国だからって、急に別の競技にはならねえ」
その言い方に、西野が少しだけ笑う。
「でも、別世界ではありますよね」
「それはそう」
空気が少し和らぐ。
そこで瀬川が全国のスタートリストを配った。
その一枚を見た瞬間、井坂が低く声を漏らす。
「……これか」
そこに載っていた名前に、真壁も目を止める。
白城学院 御影隼人(二年)
全国ランキング上位。
持ちタイムは南関の上位陣よりさらに抜けている。
瀬川が言う。
「御影隼人。二年です。父親は元日本代表の御影修司。四百の名門で、小さい頃から英才教育を受けてきたって話です」
「うわ、漫画みたいだな」
真壁が顔をしかめる。
「でも、いるんだよな。そういうの」
蓮は黙ってその名前を見ていた。
“真逆”とまでは言わない。
ただ、積み上げ方の違う相手だとは分かる。
最初から一流の環境と理論の中で走ってきた同学年のライバル。
そこへ、自分はいまようやく届きかけている。
全国大会メイン会場。
そこに入ると、その御影は公開練習で一本だけ流していた。
たったそれだけで、周囲の空気が変わる。
フォームに無駄がない。
音が小さい。
なのに、速い。
真壁が低く言った。
「腹立つくらい綺麗だな」
「分かります」
瀬川が珍しく即答した。
黒瀬も当然、全国にいる。
だがこの場所では、黒瀬ですら“有力選手の一人”にしか見られない。
全国は、そういう場所だった。
その夜、蓮は宿舎の窓から外を見ていた。
南関を抜けた余韻はまだ消えていない。
でも、全国へ着いた瞬間に、その余韻ごと試される。
四人で来た。
だからこそ、ここで何を残せるかが、次の季節の重さを決める。




