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109 余震

 黒楓会と早乙女組に重い空気が漂う一方――

 各地の勢力は、それぞれ違う反応を見せていた。

 横浜市内の、とある高層ビル。

 重厚な静寂の中、壁掛けテレビだけが爆破現場を赤々と映し出していた。

 長谷川宗一郎は窓際に立ち、腕を組んだまま低くつぶやく。

 「草薙警備会社……確か早乙女のところの息子の会社だな。

 茨城で一体何が起きている……」

 その背後で、獅子倉英司がゆっくりとソファから身を起こし、画面を見やる。

 「猿。これは……黒楓会の仕業と見ていいのか?」

 名を呼ばれた猿飛は、反応もそこそこにテレビへ目を凝らしていた。

 細い目がわずかに光る。

 「……十中八九、黒楓会でしょうね」

 テレビに映る瓦礫と黒煙を見つめながら、猿飛はさらに言葉を続ける。

 「ただ……あの玄野の性格を考えると、爆破を実行したのは黒楓会の直系じゃないでしょう。

 傭兵か、いや……」

 「……だとしても、こんな大事件を起こしておいて、黒楓会がただで済むとは思えんな」

 長谷川宗一郎が画面を睨みつけ、苦々しく言う。

 「ええ。ただし――政府と繋がっているなら、話は別です」

 「……"千変"を茨城へ向かわせてくれ。今後、茨城の情勢は――確実に変わる」

 「すでに伝えてあります」

 「……さすがだ」

 獅子倉がわずかに口元を上げる。



 土浦・三河会本部。

 テレビの前には三河雅と深井玲子、そして急ぎ集まった二人の幹部――

 副会長・"戦鬼"石澤英樹、"四柱"白川優樹の姿があった。

 爆破のニュース映像が流れるたび、部屋の空気が震える。

 「……やりやがるな、黒楓会」

 "戦鬼"石澤英樹が、まるで戦場を前にした兵士のような険しい声で言う。

 もし爆破されたのが草薙警備会社ではなく――三河会だったら。

 被害は想像に難くない。幹部の半数が吹き飛び、組織の根幹が揺らぐほどの致命傷になっていたはずだ。

 深井玲子と白川優樹も息を呑んだ。

 ――まさか、ここまでやるとは。

 その中、三河雅だけは表情に揺らぎを見せなかった。

 細めた瞳の奥に、静かに思考が渦巻いている。

 ――昨夜の襲撃への反撃としては、速すぎる。

 だが、それ以上に妙だ。

 こんなテロを仕掛けたら何が起こるか、玄野楓は理解していないわけがない。

 黒楓会が国家の議員でも籠絡したのか、あるいは参政党の誰かと繋がっているのか……

 そうだとしても、こんな大事件を押し潰せるとは思えん。

 ……何か裏がある。

 三河雅は、政治家としての顔と極道としての顔――その二つを併せ持つ。

 その二重身分こそが、彼にとって最大の切り札であり、同時に強烈な武器だった。

 だがもし、黒楓会が自分の知る以上の上の権力と繋がっているのだとしたら――

 事態は、想像以上に厄介になる。

 三河雅の胸中に、説明のつかない不気味な予感が、じわりと広がっていった。

 


 一日の救助活動が続き、朝から夜まで、各局のニュース番組は草薙警備会社の爆破映像ばかりを繰り返していた。

 夕刻。

 消防士たちがまだ瓦礫の隙間を行き来する中――

 早乙女晋作は、廃墟と化した自社ビルの前に立ち尽くしていた。

 倒壊したガラス、焼け焦げた鉄骨。

 その光景を前に、彼の顔には怒気とも殺意ともつかぬ感情が露骨に滲み出ていた。

 その時だった。

 背後から、重い靴音がゆっくりと近づいてくる。

 金髪の白人男性が姿を現し、無言のまま晋作の横に立った。

 男は鋭い碧眼で瓦礫を見据え、低い声で言う。

 「Шинсаку, я доверил тебе управление этим местом.Как ты собираешься за это отвечать?」

 (晋作、ここの運営は君に任せたはずだ。この惨状――どう責任を取るつもりだ?)

 突然のロシア語にも、早乙女晋作は眉一つ動かさない。

 まるで呼吸をするように、自然なロシア語で返した。

 「Чеков-сан… виновные уже почти определены.Рабочие подразделения Кусанаги разбиты.Остальное… я хотел бы поручить вашим наёмникам。」

 (チェコフさん、犯人はすでに絞っています。草薙警備の実働部隊は壊滅状態……残った対処は、貴方方の"傭兵部隊"にお願いしたい)

 晋作が滑らかにロシア語を返した理由は簡単だった。

 彼は留学時代、ソ連に身を置いていたのだ。

 異国の地で生き抜くためにロシア語を叩き込み、

 そこで――スコート・ファミリーと繋がった。

 その縁は帰国後も途切れなかった。

 福島で草薙警備会社を立ち上げたのも、背後にスコート・ファミリーの支援があったからだ。

 もちろん、支援には代償がある。

 草薙警備会社は、スコート・ファミリーが日本へ浸透するための窓口――その役割を担わされていた。

 だからこそ、晋作はロシア語で強い圧をかけられても、強気には出られなかった。

 彼にとって、スコート・ファミリーは"協力者"であると同時に、逆らえない上位の支配者でもあった。

 チェコフと呼ばれた男は一歩前へ出て、崩れた鉄骨をつま先で軽く蹴りながら言った。

 「Кто эти люди?」

 (犯人は何者だ?)

 「Курокаэдэ-кай… новая группа в Канто.」

 (黒楓会……最近、関東で台頭している新興勢力です)

 チェコフの目が細められる。

 「Курокаэдэ-кай…Это те, кто в одиночку отбросил союз якудза Канто?

Я хочу поговорить с их лидером.

Организуй встречу。」

 (黒楓会……あの一組織だけで関東の極道連盟を押し返した組織か。

 そのトップと話がしたい。すぐに会談を手配しろ)

 ――玄野楓に会いたいだと?

 この化け物たちは、何を企んでやがる……

 しかし、逆らえる相手ではない。

 「…Понял. Я всё устрою.」

 (……承知しました)

 沈んだ声で返すしかなかった。



 筑波の臨時拠点。

 黒楓会は警戒網を張り直し、周辺の監視を強化していた。

 各部隊が静かに動き、次の一手の準備が進む中――

 突然、固定電話のベルが鋭く鳴り響いた。

 佐藤が一瞥して受話器を取る……が、すぐに眉をひそめて楓を見る。

 「……会長。あなた宛てです」

 楓は軽く顎を引き、受話器を受け取った。

 『初めまして。黒楓会会長――玄野楓さん。

 私、早乙女晋作と申します。今、お時間をもらえますかね』

 思わぬ名だった。

 「初めまして、玄野楓だ。……で、何の用だ?」

 『実は、玄野さんにお話したい方がいまして。その方の依頼で、こうして連絡させていただきました。

 場所はこちらで――』

 「どこのどいつか知らんが、こっちにも都合がある」

 一度、相手を突き放すように言い放つ楓。

 しかし――電話口の晋作は、まるで意に介した様子もなく、声色ひとつ変えなかった。

 『それは残念だ。せっかく――

 スコート・ファミリーのチェコフさん が、玄野さんを"招待"なさるおつもりだというのに』

 楓の手が、受話器を持ったままわずかに止まる。

 晋作は続けた。

 『来るかどうかは玄野さんの自由です。

 ただ――招待を断るという選択がどう扱われるかは、私には分かりませんので』

 言葉こそ丁寧だが、内容は明らかな脅しだった。

 『時間と場所だけお伝えします。

 ……では、玄野さん――お待ちしておりますよ』

 受話器がカチリと落ち着いた音を立てて座面に戻った瞬間、会議室は水を打ったように静まり返った。

 楓はしばらく受話器を見下ろしたまま、目を細める。

 「……会長」

 佐藤が、控えめに声をかける。

 楓はようやく顔を上げ、淡々と早乙女晋作からの連絡内容を幹部たちへ説明した。

 稲村は聞き終えるなり、椅子を蹴る勢いで前へ身を乗り出す。

 「罠に決まってんでしょうが、会長! 行ったらお終ぇですよ!」

 清水も青ざめた顔で続く。

 「スコートの人間が待ってる席に、ノコノコ出向くなんて……ありえねぇっすよ……」

 全員が反対する中――ただひとり、柏だけが違う表情をしていた。

 「……俺は、行くべきだと思います」

 幹部たちの視線が柏へ向く。

 柏は楓をまっすぐ見据えたまま続けた。

 「もし向こうが手を出すつもりなら、わざわざ名乗ってくる必要はねぇはずです。

 前みてぇに、黙って奇襲を仕掛けりゃ済む話だ。

 ただ……会長が行くのは危険です。

 交渉が決裂した時、何が起きるかなんて分かっちゃいねぇ。だから――代わりに俺を行かせてください」

 「いや、俺が行きますんで!」

 稲村が勢いよく前のめりになった。

 「会長を危ねぇ席に出すわけにいかねぇ!まずは俺が様子を見て――」

 楓は手を軽く上げ、場を制した。

 「龍崎、佐藤――そして"影"は、俺と一緒に行く。

 矢崎、稲村、柏。拠点は任せる」

 「しかし――」

 柏が言いかけた瞬間、楓はわずかに視線を向けただけで、その続きを封じた。

 「もういい。この話はここで終わりだ。

 問題は――スコートファミリーが何を企んでいるか、だ」

 楓は固定電話の受話器を見つめ、低く呟いた。

 「明日は……栃木県、宇都宮市、か。

 郡山と筑波、そのちょうど中間を選ぶとは……ずいぶん考えてやがる」



 翌日、夕方。

 黒塗りの車が二台、筑波を発ち、栃木県方面へと滑るように走っていった。

 一台目には楓、龍崎、そして影の精鋭二名。

 二台目には佐藤と残りの影が乗り込み、車間を一定に保ちながら後ろを追う。

 車は国道408号を北へ抜け、そのまま新4号バイパスへ。

 無言の車内には、緊張とわずかな排気音だけが満ちていた。

 約一時間後――。

 二台は、夕暮れの色に染まる宇都宮駅前へと到着した。

 宇都宮。

 餃子の街として知られ、駅前通りには"名物餃子"の暖簾がいくつも立ち並ぶ。

 行き交う人々のざわめきの中、駅前ロータリーに停車した二台の車。

 世界最強の裏社会と接触するのは、これが初めてじゃなかった。

 以前には自らLTと対面し、青龍幇とも繋がりを持った。

 その青龍幇は、言うまでもなく洪門と深い関係にある。

 楓は外の様子を一瞥すると、ゆっくり息を吐いた。

 ――スコート・ファミリー。会ってみようじゃないか。

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