ある日の仕入れ風景
「金獅子亭です! 先日発注していた小麦粉を引き取りに来ました!」
アレスの外れにある農場の脇、小麦の卸を生業にしている熟年夫婦の仕事場に、若い娘の声が響き渡った。
「おや、もうそんな時間か」
「あら、でも……娘さんの声ですね。いつもは男の人が取りに来ていたと思うのだけれど」
老夫婦はそんな言葉を交わしてよいしょと立ち上がると、小麦粉を取りに来たらしい若い娘の元へと急ぐ。するとそこには、眩い金の髪と紺碧の瞳が印象的な女性が立っていた。
彼女は明るい笑顔を浮かべると、町娘らしいその表情には似つかわしくない品のある礼をする。
「初めまして。先日から金獅子亭で働いているエレンと申します」
夫婦は一瞬だけ呆けるも、すぐに気を取り直して「こちらこそ初めまして」と挨拶をする。そして注文の品である、台車に乗せている大袋にみっちりと詰まった小麦粉二袋を若い娘……エレンに指し示した。
「若い娘さんにはこの大袋は重いだろう。この台車を使うといい」
台車は後ほど返してもらえればいいから、と気の良い夫婦は朗らかに笑う。そんな二人に対し、エレンはあまりにも軽い調子で「あ、大丈夫です」と遠慮の言葉を口にした。
「私、こう見えても力持ちなので! それに、いつもは台車をお借りしてはいないんですよね?」
「え、ええ。でも……本当に大丈夫なの?」
心配する夫婦を横目に、エレンは何やら小さく呟いてから「よいしょ」と小麦粉の袋を抱え上げた。それも二袋同時に、肩に担いだのだ。
「それでは、今後ともよろしくお願いします!」
夫婦は目の前の光景を信じられないような目で見ながら、颯爽と歩き去って行くエレンの後ろ姿を見送る。
「……なんて力持ちの娘さんだ」
「本当にそうですね……あんなに可愛らしいのに」
そんなことを呟きながら扉を閉めようとしたその時、彼女に近付く黒い大きな影が一つ目に入った。背中に大剣を背負ったその影は、この街でも有名な冒険者であるロベルトだった。
「おや」
「あら、あらあら」
ロベルトがエレンに声を掛け小麦粉を二袋とも奪い取ると、彼女と並んで歩き出す。その姿を見て、夫婦は楽しそうに笑い声を上げた。
「あの堅物で有名な彼が!」
「春、かしらねぇ」
ニヤニヤと笑う夫婦の声が聞こえたのだろうか、ロベルトが眉間にしわを寄せながら振り向く。夫婦はそんな彼と目が合うと更に笑みを深めた。
「ふふ、若いっていいわねぇ」
「おおっと、お若い二人を邪魔しちゃ悪いな」
「それもそうね」
そう言って夫婦は笑い合いながら、今度こそゆっくりと扉を閉めたのだった。
本日12月28日に書籍が発売されました!
こちらは書店特典用に書いていたSSですが、「なんか違うな」と思いボツにしたものです。
日の目を見ないのもなんだか勿体なかったので、本日より3日間、1話ずつ更新していきます。




