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第十九話 ラッシュの結婚式とエレンのイヤリング

 冬の寒さも本格的になってきたある晴天の日。

 ルクレストでも格式高い貴族の若き公爵、ラッシュ・シャルマーと、その婚約者である伯爵家の娘、サラ・ベルーニ・ゲイルの結婚式が王宮の教会で執り行われていた。

 なぜ二人の結婚式が王宮の教会で行われているのかというと、ラッシュの両親および義理の妹が、三ヶ月ほど前に王族になってしまったからである。ラッシュの父であるレオニードが王、母であるバイオレットが王妃、そして義理の妹であるミスティが王女となった今、彼らを警護する者たちの配備や会場の警備の問題などが出てきたのである。それらの問題を一挙に解決する方法として提案されたのが、王宮の教会を使用するというものであった。

 王族専用とささやかれるその教会は、ここ百年の間は確かに王族しか利用していない。しかしそれ以前には王族以外も利用していたという記録が残されていた。つまり、実のところは王族専用でもなんでもなく、許可さえ取れば誰でも利用できる解放された教会だったのだ。そういうわけで、ラッシュとサラの結婚式は王宮で執り行われる運びとなったのである。


 エレンは兄から送られてきた薄青のドレスと、ロベルトから贈られたガーネットのイヤリングを身に付けて結婚式に出席していた。

 書類上家族と縁が切れている今、エレンは正式な招待客であっても今は彼らとはあくまで他人だった。そのことを少し寂しく思いつつも、ドレスと共に送られてきた手紙に式の後の団欒の場には来て欲しいと書いてあったので、それを楽しみに今は他の招待客と共に本日の主役の二人の登場を待っていた。


 やがて時間となり、まずはエレンの兄であるラッシュが会場に入場した。父親譲りの金の髪を短く切りそろえ、いつもは下ろしている前髪を後ろに撫で付けている。白のタキシードをぴしりと着こなす己の兄の姿を見て、家族の贔屓目に見ても今の彼はこのルクレストで一、二位を争うほどに格好良いとエレンは思った。ちなみにその一、二位を争っている相手はロベルトである。このような祝いの場にあっても、恋する乙女は面倒くさかった。

 ラッシュが祭壇の数歩前で足を止めたのを見計らったかのようにして、今度は純白のドレスを身にまとったサラがゲイル伯爵と共に入場した。小柄な彼女は女のエレンの目から見ても実に庇護欲を掻き立てられる。ラッシュが骨抜きになるのも無理もないとエレンは思った。今はベールに隠れて見えないが、サラはふわりとした緑がかった銀の髪と青みがかった銀の瞳の神秘的な容貌をしているとても美しい女性だ。その神秘的な色彩こそがゲイル伯爵家の特徴で、その色彩が現れるようになったのは、なんでも大昔に精霊の血が混ざったためだという噂だ。分家筋にもその色彩が現れることから、ゲイル伯爵家の人間は一目見ればすぐに分かるとまで言われている。

 ゲイル伯爵に連れられていたサラが、今度はラッシュの手を取った。そして二人並んで祭壇前に立つ。それを確認した神父が神に祈りを捧げてから誓約の儀式が始まった。

 神父の問いにラッシュは力強い、サラは凛とした声で誓いの言葉を述べる。それに満足げに頷いた神父が二人の前に指輪を差し出した。いよいよ指輪の交換だ。サラの女性らしいほっそりとした左手の薬指に銀色の指輪が輝く。その指輪の輝きがエレンにはひどく眩しく、思わず己の耳元で揺れるガーネットのイヤリングに手が伸びそうになった。


 エレンとロベルトが晴れて恋人関係になって早一ヶ月。二人は最近になってようやく手をつなげるようになったくらい、成人しているとは思えないほど清いお付き合いをしていた。それというのも、ロベルトに出会うまで恋を知らずに生きてきたエレンの方にはそもそも耐性がなく、ロベルトも十年以上女性とは縁が無かったせいで、どうしたらいいのか分からなかったからだ。そんな二人を関係者たちは温かい目で見守っているという。


 エレンが必死に両手を己の膝に縫い付けていると、いつの間にか指輪の交換どころか結婚の署名さえも終えていたようで、式は誓いの口付けに移っていた。ラッシュがサラのベールをそっと上げれば、そこには頰を紅潮させ瞳を潤ませた麗しい姫君の姿があった。それは女のエレンでもぐっとくる仕草だった。

 やや緊張した面持ちで、ラッシュはゆっくりとサラの淡く色付いた唇に己のそれを重ねた。まるで物語の一場面かのようなその光景に、思わずといった様子で女性たちの溜息が漏れる。エレンももちろんその一人だった。自分もいつかロベルトと口付けることがあるのだろうか、うっかりそんな想像をしてしまったものだから、エレンはこの場の誰よりも顔を赤くしていた。


 無事に式も終わりを告げ、後日披露パーティーをシャルマー邸で改めて行うとラッシュから招待客たちに伝えられ、本日はこれによりお開きとなった。今この王城に残っているのは、エレンを含めた新郎新婦の親族だけだ。シャルマー家からはエレン、レオニード、バイオレット、ミスティが、ゲイル家からはゲイル伯爵夫妻とサラの弟が親族として式に出席していた。

 レオニードが何やら指示を出すと、エレンたちは近くに控えていた騎士に王城にある客間へと案内された。エレンたちが到着するのとほぼ同時にお茶と軽食が運び込まれ、こうしてこの客間は親族の歓談の場へと早変わりしたのだった。


「さあ、今だけは互いの身分を忘れて存分に語り合おうではないか」


 レオニードがいつもよりも柔らかい表情を浮かべてそう言った。それからシャルマー家、そしてゲイル家の談笑が始まった。



 軽食を摘みお茶を飲みながら話を楽しんで、どれほどの時間が経っただろうか。

 花嫁であるサラが、エレンのイヤリングに気が付き声を掛けてきた。


「エレンさん、そのイヤリング……もしかして私のネックレスと同じ職人の作ではありませんか?」

「え?」


 サラの言葉を受け、エレンは思わず彼女のネックレスを見た。

 サラの首元を彩る大粒のエメラルドのネックレスは、彼女の白い肌に良く映えている。サラの淡い緑の髪にも負けないくらい鮮やかなエメラルドは、身につけている人間と宝石、そのお互いの魅力を最大限に引き立たせていた。

 エレンはロベルトに贈られたこのイヤリングのことをよく知らないことに今頃になって気が付いた。サラのネックレスを作った職人の作であるのならば、高価な品だろうことが容易に想像できた。ロベルトがそんな品を贈ってくれたことが嬉しくて、エレンの口元がわずかに緩む。そんなエレンの様子に気付いていないらしいラッシュが、彼女のイヤリングをまじまじと見て頷いた。


「おや、本当だ。その意匠はウィルフレッド殿の作で間違いない」


 ラッシュのその言葉で、話の中心人物がラッシュとサラから自然な流れでエレンへと移った。注目されたエレンは途端に恥ずかしくなり顔を赤くする。そんなエレンに気付いているのかいないのか、ミスティが明るい笑顔でこう言った。


「そうだったんですね! お義姉(ねえ)様のイヤリング、ずっと素敵だと思ってたんです!」

「だが、ウィルフレッド殿の作はダグラス国内でしか手に入らないと思うのだが……」


 ラッシュがそう言った時、かちゃりという音が辺りに響いた。その音の出所はレオニードの手元で、カップをソーサーに勢いよく戻したために起こった音のようだった。


「あなた、品がないですよ」

「う、うむ」

「身分を忘れて、と言ったのはあなたですが、もっと堂々となさって」


 よくよく見ればレオニードのカップを持つ手が若干震えている。なぜ震えているのだろう? と、エレン、ラッシュ、ミスティの三人にはその理由が分からなかったのだが、バイオレットだけは知っているようで澄ました顔をしていた。


「レオニード様はいったいいかがなされたのですか?」


 様子のおかしいレオニードを見て、ゲイル伯爵が尋ねる。それにバイオレットはにこりと微笑んでこう答えた。


「そう大したことではありませんわ。実は最近、ラッシュの結婚以外にも喜ばしいことがありましたの。それを思い出して少々力が入ってしまったのかと思いますわ。そうですわよね? あなた?」

「あ、ああ、そうだ、うむ、喜ばしい……こと、だな、うむ」


 バイオレットの言葉に歯切れ悪く返事をするレオニード。そんなレオニードの背中をぱしんと軽く叩くバイオレット。レオニードは背を叩かれたことで、いつも通りの表情を取り戻したようだった。


「みっともないところをお見せして申し訳ありませんわ。さあ、お話の続きをいたしましょう」


 バイオレットはそう言うとベルを鳴らし、気分を変えるために新しいお茶を準備するようにと使用人に命令するのだった。


  ***


 ラッシュとサラの親族だけが集まってのお茶会も終わり、レオニードは執務室へと戻っていた。祝いごとの後ではあるが、そんなものは関係ないと言わんばかりに机には書類が山積みにされていた。レオニードはその書類をある程度片付けてからふぅ、と小さく息を吐く。思い出すのは先ほどの歓談の場で出たエレンのイヤリングの話題と、その贈り主について書かれている執務机の中に眠る部下からの手紙だった。レオニードは軽く眉間を揉むと、休憩も兼ねてその手紙を読み返そうと引き出しを開けた。その時、この手紙を初めて読んだときの失態――動揺のあまり紅茶を書類にこぼしたり、空っぽのカップに口を付けたり――を思い出して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、気を取り直して目的の物に手を伸ばした。


 エレンにイヤリングを贈った者の名はロベルト。かの『勇者』カイの相棒である男だ。しかし家名(ファミリーネーム)を持たないのか、それとも偽名なのか。ロベルトとしか名乗らない彼は、冒険者として十年の経験を持つ以外の情報は謎に包まれていた。しかし褐色の肌に黒髪という特徴から、かつて邪竜によって滅んだディアーノの人間だろうという推測はされていたし、実際にそうだろうとレオニードは確信していた。

 しかし問題はその正体だ。ロベルトはカイと並んで規格外の転移魔法(テレポート)使いである。入国管理局の記録にも記されているからそれは間違いはない。カイは学院(アカデミー)に通っていないことを、レオニードは義娘(むすめ)であるミスティからも聞いている。更に、自宅学習もまじめにやっている様子はなかったということから、魔法の扱いについてロベルトから教えてもらったと考える方が自然だ。つまり、ロベルトは人に魔法を教えられるほどの学を持っていることになる。しかしロベルトは魔法についての学者や専門家ではなく冒険者だ。つまり、ロベルトは冒険者になる以前にかなり高度な教育を受けていたことになる。しかしそれだけの高度な教育を受けられる者となると数が限られてくる。それこそ上位貴族くらいのものだろう。それか、もしくは。


「……王族」


 レオニードが誰にも聞こえないくらいの音量で呟く。しかしそれはありえないことだとレオニードは頭を振りたくなった。各国の諜報活動によって、ディアーノの王族は邪竜誕生の際に命を落としたと結論付けられたからだ。なぜならば、邪竜が誕生したのは王城の地下、国宝である大剣が安置されている場所とされていたからだ。しかしながら、邪竜誕生直後に調べたわけではないので確実ではないこともまた事実。もしかしたら生き残っていたとしても不思議ではないだろう。

 邪竜が討たれた後ディアーノは徐々に活気を取り戻し、今では復興のために人々が集まっていると聞く。しかしいくら住み慣れた土地だとはいえ、まだまだ魔物(モンスター)がはびこるディアーノに戻りたいと思う人間がそんなに多くいるだろうかという疑問がレオニードの頭にはあった。もしかしたら戻りたいと思わせる何かがあるのかもしれないともその時に思い至る。それこそ先ほど考えた王族の生き残りが彼らの前に現れたのかもしれない。


「そうなると、ロベルトはやはり偽名か? かの国の王子の名はウォーディアスとリカルディアスだったはず。双子の王子……年齢はあてにならないな」


 レオニードは呟くと、諜報活動を主な任務とする者たちへ指令を飛ばした。『勇者一行』の片割れ、ロベルトの正体を探れと。


  ***


 一国の王に正体を探られているなどと夢にも思っていないロベルトは、ウィルフレッドに会いにダグラスに来ていた。先日のイヤリングの礼をするためである。


「おお、そうか、上手くいったか。よかったよかった!」

「ああ。お前が気を利かせてガーネットを選んでくれたおかげだ」

「ガーネットがどうかしたのか?」

「あ?」

「ん?」


 何やら話が噛み合わない。ロベルトはまさか、とウィルフレッドに確認の意味も込めてこう尋ねた。


「ウィル……ガーネットの宝石言葉って知っているか?」

「宝石言葉? いやぁ、俺はそういうのには疎くてなぁ。基本的には指定された宝石でアクセサリーを作るからそこまで気にしたことないな。それがどうかしたのか?」

「……いや、いい」


 まさか、あれがまったくの偶然の産物だったとは。


 ウィルフレッドの答えにどっと疲れたロベルトだった。

 次話で第二部最後の予定です。


【2018年2月12日】

 誤字脱字他修正しました。

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