ほっとけないな
前に進むと決めたあの日から、
僕は演劇のプロへの道を諦めた。
演劇の夢へと今まで頑張っていたが、
他の人からみたら それも本当は遊び程度のことしか
してきてないのかもしれない。
そんな中でも、僕は僕なりにやれることはやりつくし
それなりに達成感もあった。
これでよかった。
本当はもっと続けたかったけど、そう思おうと努力した。
僕は資格を取り、ケアマネージャーになった。
それから、人並みに恋をして、
結婚し子供二人に恵まれた。
そして……
同窓会から五年。
僕は再び君に出会ったんだ。
「久しぶり~覚えてますか?」
SNSで君に声をかけられた時、
『トクン』っと僕の胸が鳴った。
君の名前・・・忘れるはずがない。
「さすがに覚えてるよ」
僕は飛びつくようにすぐ返信した。
君だ君だ君だ!!!
なんだかわからないけど、僕は興奮していた。
声をかけてくれて嬉しかった。
久しぶりに話した君は昔と全然変わってなくて、
懐かしくて、駄目だと思いながら、
君への思いが蘇り、見えない何かに強く惹かれてしまう僕がいた。
「みんなに会いたいよ。同窓会しようよ」
君の言葉に、『僕も会いたい』そう単純に思った。
もし、今、この状況を妻に見られたら、
僕はきっと隠してしまうだろう。
やましいことは何もしていないはずなのに。
君へのこの気持ちが、
なんなのか僕にもわからない。
でも、 君と色々会話していくうちに、
あんまり幸せそうじゃない君を画面の向こう側に感じとってしまったから。
『ほっとけないな』って思ってしまったんだ。
「みんなー久しぶり~」
同窓会はそう遠くない日に現実のものとなった。
久しぶりにそろったメンツは、
みんなそれぞれ結婚して子供がいた。
僕も君も例外ではなかったが。
君はちょっと悪酔いしながら、
言いにくいことを僕にだけ話してくれた。
旦那に浮気されていること、
そのこともあり喧嘩が絶えないようだった。
「大丈夫?」
話しながら
泣き出した君を僕は店の外に連れ出した。
まわりもいい感じに出来上がっていて、
僕らが二人で抜けたことは気付かれなかったと思う。
僕はすぐにタクシーを捕まえると、
彼女を家まで送ろうと走らせた。
「ごめんね。ごめんね。迷惑かけて」
何ども謝る君に、
辛そうな君に僕は少し同情したのかな?
君を家に送り届けるはずだったタクシーで、
僕は君をシティホテルに連れてきていた。
君は僕に支えられながら、部屋に入ると
ベッドに腰掛けた。
僕はコップに水を入れると、君に差し出した。
君は受け取るとコップいっぱいの水を一気に飲み干した。
ああ!駄目だ!
僕はふと我に返る。
僕は君をこんなところにまで連れてきて、
いったい何をしようとしているんだ?
ここにいては駄目だと思った。
居るべきではないと。
僕は財布からホテル代を出し机に置いた。
「俺、帰るよ。酔いが醒めたらちゃんと帰るんだよ?」
そう言って、
僕は君に背を向け出て行こうとした。
「待って」
君に手を掴まれ、俺は振り返り君を見た。
口にしなくても、
君の目が僕の優しさを求めているのはわかった。
「俺が連れてきて言うのも変だけど、こんなの駄目だよ」
君の目から涙があふれ出た。
君を慰めるはずだったのに、
返って傷つけて泣かせてしまったと思った。
「いかないで」
声を押し殺すように言った君。
僕の手を掴む君の手が少し震えていた。
すがるように僕を見つめる君。
『ほっとけないな』僕は心で思った。
頭の中は君を助けたいという気持ちしかなかった。
僕は君の心のケアのために、君の唇に唇を重ねた。
言い訳にしか聞こえないだろうけど、
これはけして不倫などではない。
『女性』だからではなく、
『一人の人』として僕は彼女の壊れた心をケアしてあげたかった。
僕はなんども君の唇に唇を這わせながら、
君の本当の気持ちを少しずつ探った。
君が本当は何を求めているのか。
君のことだから、僕とどうにかなりたいとか、
そんなことではないのはわかっていた。
君が僕の背中に回したその手に、
子供が親にすがる時のようなそれに似たものを感じた。
『しょうがない子だ』僕は心で思った。
何度目かのキスで、
僕は君のおでこに自分のおでこを合わせた。
「君が欲しいのは、キスなんかじゃないだろ?」
悪いことをした子供に、言い聞かせる時のように、
なるべく優しい声で、僕は君に言った。
そして僕は君をその腕にしっかりと抱きしめた。
しっかりと両腕で君を抱きしめながら、
君の髪を撫でた。
「俺がそばにいるよ」
どうしたら君が笑顔になるのかわからず、四苦八苦していた。
だから君にキスしてしまったことも、
思いっきり抱きしめたことも、
囁いた言葉も、
浮気とか不倫とか、そんな気持ちはなかった。
僕はただ君が元気になってくれることだけを
心の底から祈っていた。
君はあの日、
涙腺崩壊するんじゃないかってくらい泣きじゃくったね。
僕はあの日、
君が一番欲しかった言葉をあげられたのだろうか?
ほんのちょっとでも、
君の支えになれたんだろうか?
僕の腕の中で子供のように泣きじゃくる君に、
僕はこの先、いったい何がしてあげられるんだろう?