第46話 繋がっていた二人
「そんじゃ本当に行くな」
ひとしきり笑い終わるとアリドが立ち上がった。
「行ってらっしゃい」
弓が言う。
アリドは手を振って部屋を後にした。
ぱたん、と扉が閉じられて、リトはじっと扉を見つめていた。
「そんじゃ、遅くなったし、俺はリトを白の館まで送ってこようかな」
巳白が言った。
「えー、巳白にいちゃん、いいなあー。 りーちゃんだけ? 俺は?」
「デイ。 お前は抜け穴がどこかあるんだろ? それ使え。 男だろ」
甘えるデイを困ったように突き放す。
「じゃあ、リト、バイバイ」
弓が手を振る。
「うん。 おやすみ。 弓」
リトも返事をした。
「んじゃ行くぞ」
ほんの少し急いだ感じで、巳白はリトを連れて外に出た。
巳白はリトを抱いて空を飛ぶのかと思いきや、リトの手を掴んで何も言わずに歩き出した。
巳白は陽炎の館の裏の山へと入っていった。
どこに行くのだろう。
リトは暗闇の中にぼうっと白く浮かび上がる巳白の白い翼を見つめながらついていった。
すぐ陽炎隊が訓練をしていた広場に出る。
広場の中央には月明かりを浴びて六本腕の男がこちらに背を向けて立っていた。
「アリド!」
その男がアリドだと気づくとリトは巳白の手をふりほどいて側に駆け寄った。 アリドは顔だけちらりとリトを見ると「いよぅ」と手を一本だけ挙げて、すぐ正面を向き直した。
リトもアリドの視線の先を見る。
そこにある大きな岩には、人が一人、こちらを向いて腰掛けていた。
「こんばんは。 リト」
ラムールだった。
そこにはラムールが穏やかな表情で座っていた。
ラムールはリトに挨拶をするとアリドをじっと見つめた。
アリドを捕まえに来たんだ
リトはそう思った。
「あっ、あの、ラムール様、アリドを見逃してあげて下さい」
リトは思わずそう口にした。
ところが、「バーッカ」と言ってリトの頭を小突いたのは他ならぬアリドだった。
「お前だけにはきちんと説明しておこうと思ってな。 じゃないと他の奴らと違って何するかわかんねぇし。 誤解させたままだと後で怖い」
「へ?」
リトの間抜けな返事を無視して、アリドはゆっくりラムールの前まで来ると勢いよく深々と礼をした。
「ありがとうございました。 お世話になりました」
ラムールが頷いた。
「体には気をつけるように」
そしてそう、優しく答えた。
「はい」
アリドは礼儀正しく返事をするとゆっくり顔を上げた。
ラムールが少しの間、空を眺め、ゆっくりとアリドに向き直る。
「一夢なら……他に道を探せと諭すだろう。 俺が必ずそいつを捕まえてやる、だから裏の世界には行くなと言うだろう」
「はい」
「新世なら……ふふ。 半泣きだな。 でも涙を堪えながら言うんだ。 風邪を引かないでね、お腹出して寝ちゃ駄目よ、無理はしないで、いつでも帰ってきて、具合が悪かったらすぐに言うのよ……なんてね」
「ふふ。 新世さんなら、きっとそーっすね」
「違いない」
巳白とアリドとラムールは、三人そろって、その一夢と新世という人の事を思い起こして微笑んでいた。
ラムールは立ち上がる。
「私は――君たちに生き方を指示できるほど綺麗に生きている訳でもないからね。 アリドがそれでいいのなら、私もそれでいい。 ただしこの国に危害を加えようとしたときは、迷わず敵に回るし、必要とあらば殺す。 それだけは理解しておいてくれ」
「勿論す」
はっきりと言い切るラムールに臆することなくアリドも返事をした。 それはアリドの、裏の世界に進むという考えが、覚悟をもっての事だと証明していた。
「ならばいい」
ラムールは微笑むとゆっくりアリドの側まで歩いてくる。
アリドは黙って立っていた。
ラムールはアリドの目の前まで来るとゆっくりアリドの両肩に手を伸ばし――そっと抱きしめて頬にキスをした。
「あ」
「え」
「う゛ぁっ」
アリドもリトも驚いたが一番激しいリアクションで驚いたのは巳白だった。
ラムールはアリドから体を離して不思議そうな顔をした。
「ラ、ラ、ラ、ラ、ラムールさん」
「どうした巳白?」
「な、何してんですか?」
「何って……アリドが陽炎の館から独り立ちするから、アリドの幸運を祈ってやっただけだが……。 私も一夢や新世や老師からして貰ったぞ?」
「そ、そうなんですか。 ああ、びっくりした」
巳白を見てアリドが笑った。
「何でキスされたオレじゃなくて巳白がそんなに驚くんだよ。 ま、おかげでどうしてキスされたのか理由は分かったからいいけど。 男からのキスなんて初めてだったからまさかと思ったぜ」
からかうように言うアリドを見てラムールもにやっと笑う。
「もしかして巳白もしてほしかったか? 残念だったな、その時は陽炎の館から独り立ちする時だぞ」
「俺は結構ですっ!」
巳白がムキになって答えた。
ははは、と仲良さそうにアリドとラムールが笑った。
「おっといけない。 リトの事を忘れていた」
ラムールがふと我に返ってリトを見た。
アリドがぽりぽりと頭をかいてリトに近づく。
「えーっと。 何から話せばいいのかな?」
「ラムールさんにサンキュ、って伝えてくれって、こういう事だったから?」
リトはアリドが除籍になった事を知った日の事を思い出して言った。
「そうそう。 よく覚えてるな。 そーいう事。 オレな、ずっと裏の世界に入ってオヤジの仇を捜したかったんだ。 でもさ、陽炎の館にいると奴らに迷惑かかるだろ? ただでさえ孤児って事であいつらキツい目に遭ってんだからさ。 何とかして除籍処分狙ってたんだけどな、これが意外にハードル高くてさ。 ぜんっぜんラムールさんが除籍してくんねーんだもん。 除籍になった時はマジで小躍りしたぜ」
「白の館に怒鳴り込んで来たのは……?」
「除籍してくれたラムールさんにせめてものお返し。 オレが悪さばっかりしたせいでラムールさんにも迷惑かけたしな」
確かに、あれでリトはラムールはアリドを嫌っていると思いこんだのだ。
ちらりとラムールを見るとラムールは困ったように頬をかいていた。
「あらかじめ打ち合わせしてたの?」
「まっさか。 オレはラムールさんがどんな人か知ってるし、ラムールさんもオレがどんな男か知ってる。 言わなくても、ああ、そのつもりだな、オレに合わせてくれているってオレは分かった。 それだけじゃねぇ。 今回山賊として捕まった時だって、陽炎隊に捕らえさせることでオレと陽炎隊の絆も切れたように見せかけてくれた。 縄だって――リトはひどい、って思ったかもしれないけどな……」
「こらアリド。 そこまでばらすな」
ラムールが口を挟んだ。
「縄って、あの足や手が紫色に腫れていた……あんなにきつく縛らなくてもって思ったあの縄にも意味があったの?」
リトの言葉を聞いてラムールはばつが悪そうにそっぽを向いた。
「あれなぁ、確かに縛られている時は赤ん坊くらいの力しか出せないんだよな。 だけどさ、出せないのは表面だけで中身は全然力がありあまっているんだよな。 歩くのもしんどかったし地面は痛かったけど、それも――なんというか、表面の赤ん坊くらいの力の部分だけで痛めつけられているっていうかな。 縄を解かれたら貯金してあった力が一気に元通り。 普通の縄で縛られていたらもっと兵士に蹴られたり見物人に石を投げられたりしていただろうよ。 下手したらあの牢獄で拷問を受けて、翌日の裁判の時はそれこそヘロヘロで逃げる力なんて無かったと思うしな。 紫色に腫れてるのも、信じられないだろうけど、全然痛くも痒くもなくてな。 ただ色がついていただけだったぜ。 オレ、感心した」
なんだか力が抜けていく気がした。
「あんなに心配したのに。 それにもし、縄が解かれなかったら、アリド、牢獄行きだよ? それでも良かったっていうの?」
なんだか悔しくて思わず文句を言った。
「アリドはその牢獄にも行ってみたかったんだよ。 だから放り込まれても全然構わなかったのさ」
代わりに巳白が答える。
「そ。 言ったろ? どっちでもいいんだけどってさ」
確かに、アリドは裁きの場から逃げる時、そう言った。
「そんなに……そんなに、お父さんの仇を見つけたいの?」
リトは詰め寄った。
「アリドのお父さんが裏ハンターって人に殺されたってことは、お父様は、本当は正義の人だったんでしょ? 悪い人の敵だったんでしょ? なのにアリドが裏の道に入ったら、お父様、悲しむよ? 喜ばないよ」
アリドは困ったように首をかしげた。
「オレのオヤジはごく普通の悪さする山賊だったんだけどな。 生みの親も、ここに来るまでの育ての親も」
「……」
「だからオレは裏の道の方がしっくりくる。 知り合いも多い。 だから、な」
リトは何も言えなかった。
でも、アリドの顔を見ていると切なくてたまらなかった。
「んな顔すんなって」
アリドはそっと上の右手でリトの頭を撫でた。 そして真ん中の両手でリトの肩に手を置いた。
「無茶やって助けてくれようとしてくれたみたいだな、ありがとう」
アリドの顔が近づいた。
びっくりして目を閉じると、アリドがそっとリトのおでこに口づけをした。
「お礼」
そう言ってアリドは微笑んだ。
リトは真っ赤な顔をしながら、ゆっくり目を開けた。
それを見ていたラムールが言った。
「なぁ巳白。 意外にアリドは奥手なのか? 額ではなくて唇にすればいいのに。 もしかして私たちが邪魔だったかなぁ」
『ラムールさんっ!』
真っ赤になりながら、巳白とアリドが大声で言った。
「そんじゃ、元気でな」
アリドが言った。 リトが頷く。
「うん。 アリドもね」
「すぐ――会いに行く」
「――うん。 待ってる」
リトは微笑んだ。
「そんじゃラムールさん、お願いします」
「分かった。 アリド、元気で。 さあ行きますよ、リト」
リトはラムールに手を繋がれてふわりと空に浮く。
「またね」
「またな」
そしてリトはラムールと一緒に闇空に消えていった。
「行ったな」
「ああ」
二人きりになって、巳白が尋ねた。
「俺達が来るまでに何を何を頼んだ? 犬のことか?」
「…ん? ああ。 森の黒犬たちは犬笛で操られていただけだから、犬狩りとかで処分されないように頼んだ。 気持ちよく引き受けてくれたよ」
「アレも言ったのか? お前は犬笛の効かない親犬と一緒になって、親犬の子供である黒犬たちが人を殺めないよう、大きな傷を負わせないように、ヤばくなると邪魔をしてた、って事」
「ついでに山賊のフリをしておどしをかけてみたりして、裏の道に足を踏み入れるか表の道に留まって山賊退治をするか悩んでいた事もお見通しだったみたいぜ?」
悪戯を見透かされていた子供のようにアリドはぺろっと舌を出して恥ずかしがった。
「オレな、長い間、ラムールさんを誤解してたぜ。 巳白、お前がどうしてあの人の肩を持つのか、ずっと分からなかったけど今回の件で少しは分かった気がする」
「馬鹿。 ラムールさんは、たぶん、お前の想像以上だ」
「かもな。 どうせ、ハルザの奥方をどっからか見つけてきたのもラムールさんなんだろうな。 タイミング良すぎだ」
「あの人は何も言わないけどな……」
そう呟いて巳白はずっと夜空を見つめていた。
まだラムールの姿が見えているかのように……
「あの、ラムール様?」
頬に当たる風を感じながら、リトは言った。
「すみま……」
「お礼などいりませんよ。 私が勝手にしたことです」
ラムールはリトの言葉を最後まで言わせなかった。
「勝手ついで、ですが、後で佐太郎に科学魔法でおフダを作ってもらいますね。 リトと弓だけ、お互いの部屋を行き来できるように。 そうすればアリドが帰ってきた時も会いやすいでしょう?」
「ラ、ラムール様っ」
真っ赤になってリトは慌てた。
「アリドが白の館に会いに来たり、白の館でいちゃつかれるよりは陽炎の館での方がよっぽどマシというか気を遣わなくてすみますから」
「もぅ、ラムール様ったら!」
「でも弓とリトだけの秘密にしておいて下さいね。 デイに知られたら……」
「乱用されそうだから絶対言いません」
「ふ、ふふっ。 あはは」
ラムールは楽しそうに笑った。
リトもつられて笑った。
そしてこの物語は、更に続く
最後まで御覧いただきありがとうございました。
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投稿が初めてだったので、勝手が分からず、2本に小説を分けてしまったのは失敗でした。
陽炎隊シリーズ次回作「巳白の章〜翼を持つハーフ〜」は1本で投稿します。
ブログやメインHP「陽炎隊」の方でも別章を連載中です。お越し下さいませ。