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第23話 楽しいことがあった、って顔

 それから数日、リトは城下町だけではなく近隣の村の時計店や機械店、玩具店にかたっぱしから連絡を取ってみた。 オルラジア国のクロックズに持っていくのは無理がある。 しかしこのままにもしておけない。

 ところがどこも「自動巻オルゴール」の言葉を口に出しただけで、ウチでは無理だと返事するのであった。


 この自動巻オルゴール、その名の通りネジを巻かずとも音楽が鳴るのが一番の特徴なのだが、一度巻き方を間違えると止めることができないので修理しづらく今は殆ど市場には出回っていないらしい。 しかも自動巻オルゴールの内部がどうなっているかもよく分からない者が多く、精密機械であるが故に簡単に修理できるものではないそうだ。

 城下町外れにある「なんでも屋」でそう教えて貰ったリトは落ち込みながらとぼとぼと白の館へ戻って行った。


「お、リ、……リトー」


 もうすぐ白の館に着こうかという頃、図太い声がリトを呼び止めた。


「だったよな?」


 リトは声の主を見る。


「あっ」


 そこには佐太郎がいた。 少し疲れた顔をしている。 百科事典のような分厚い本を3冊抱えている。


「こんにちは」


 リトはぺこりと頭を下げる。


「ちょうど良かった。 これをラ…ラムールに届けてくれないか?」


 佐太郎は疲れた手つきで持っていた分厚い本をリトに手渡した。

 助かったといわんばかりの態度で。


「えと、あの……」


 リトは相手が佐太郎なので、断るつもりは無かったが、”ラムールへの贈り物”を受け取ってよいものかどうか少し躊躇した。


「軍隊長でもいいぞ」


 リトの不安を感じたのか、佐太郎は言った。


「軍隊長に渡して貰おうかと思っていただけだからな」

「あっ、じゃあ、軍隊長に渡します」


 リトはそう答えた。 元ラムールの髪結いとして、第三者からの品物をラムールに渡すのは抵抗があったのだ。


「そんじゃ、頼むわ」


 リトはそのとき、はっと思い出した。


「佐太郎さんは錬金術師でしたよね? あの、あの……」


 そこまで言っておきながらオルゴールの修理と錬金術と似て全く異なる事に気づく。 下手なことをきいて怒られないだろうか?


「ん? 気にしねぇから言ってみろ?」

「じ、自動巻オルゴールって知ってますか?」


 リトはとっさにそう言った。


「自動巻オルゴール? ああ、知ってるぞ? さては壊したか?」


 正解だった。 リトは頷いた。


「これなんですけど……」


 そう言っておそるおそる自動巻オルゴールを袋から取り出して見せる。

 佐太郎は困ったように頭をかいた。


「工具さえ持ってきてりゃあ、すぐここで直してやれるんだがな……。 ラ、ムールに言えばどうだ? あいつでも修理はできるはず……って、わはは」


 佐太郎はリトの顔を見て軽く笑った。

 なぜ笑われたのか。 リトの言葉も待たずに佐太郎は続ける。


「あー、いや、すまんな。 アリドの言った通りだなぁ」

「アリドの?」


 リトは思わず身を乗り出した。

 佐太郎は何か思いついたらしく顎をさすりながら微笑んだ。


「アリドは今、城下町の「ザッツ」っていう安宿で休んでるぞ。 西のブロックの35番地だから、まだおめぇさんが入っても平気な地区だろう? そこに行ってアリドに頼んでみな。 腕の良い修理屋を教えてくれるぞ」


 西のブロック35番地。


 リトは忘れないように口の中で反すうした。


「そうだ。 ついでといっちゃ何だが、俺はちょっと疲れたから10日ばかり山に籠もる、と誰かに何か言われたら答えてくれ。 いいかな?」

「山に?」


 リトの声が裏返ったのが面白かったのか、佐太郎はクスクスと笑った。


「海でも谷でもいいんだけどな。 とにかくしばらく疲れを取るために消えるから用があったら……諦めてくれ、ってこった。 さあ、早く行かないとアリドの奴、宿からいなくなるかもしれないぞ?」


 それは困る。


 佐太郎はまたクスクスと笑った。

 リトは挨拶もそこそこに、きびすを返して「ザッツ」へ向かった。

 それを見て佐太郎は満足そうに微笑んだ。

 そして空を見上げ天に向かって誰かに話しかけるようにつぶやき、町を後にした。





 西のブロック35番地。 宿屋、「ザッツ」

 リトは何度も何度も繰り返してつぶやきながらそこへ行った。

 リトが何度も怖い思いをした西地区。 しかし「ザッツ」は西地区でも一番端で、道を一本隔てれば南ブロックである。 あまり普通の人は泊まる宿ではないが、だからといって近づけないというレベルではなかった。


 表の人通りはまだ日が高いこともあって多かった。 綺麗に整えられ清潔感のある南ブロックと比べて少し薄汚れた無機質な壁が続く西地区。 壊れたネオンと色あせた看板。 ひっそりと静まり帰った敷地内。 草は中途半端に刈られていて、ツル科の雑草がしぶとく木にからみついている。 観光客でもよほどのことが無い限り泊まろうと思いたくはないような外観、という表現がぴったり、それが「ザッツ」だった。

 窓の数は3階建てで12個程ある。 この窓のどこかにアリドがいるのか。

 リトは早速、門をくぐろうとした。


 が、しかし。


 本当にここにまだ、アリドがいるのだろうか。

 もしいなかったら?

 またトラブルに巻き込まれたりとないだろうか?

 この宿は西地区なのだから。

 リトは過去二度の嫌な思いを思い出して少し震えた。

 でも。

 ここにいてもアリドとは会えない。

 その気持ちの方が恐怖より少しだけ勝った。

 佐太郎から預かった三冊の本を盾代わりのように胸にしっかりと抱きしめてリトは中に入った。

 ヒビをビニールテープで補強された磨りガラスのドアを押してリトは「ザッツ」に入る。

 ザッツの中は床が薄汚れ、茶白っぽい赤色のカーペットが敷かれていた。 正面にバーのカウンター、カウンターの前に4人掛けのテーブル。 そして入ってすぐ右側にフロントがあった。 小太りで鼻の大きい覇気の無い男が読みかけの雑誌から目を離す。 バーのマスターとカウンターに座っていたマントを羽織った男、そしてテーブルで飲んでいる痩せて目のぎょろりとした男、全員がリトに視線を集中する。

 どう考えてもリトは場違いだった。


「何か?」


 それでも西地区の住人にしては礼儀正しく、フロントの男が少し気だるそうにリトに話しかけた。


「おい、それ……」


 テーブルで飲んでいた男がリトを見るなり指さして口をあわわわ、と震わせた。 するとどうした事だろう、マントの男もバーのマスターも、フロントの男すら覇気の無い表情を一変させて青くなったではないか。


「あっ、あの、アリドって人がこちらに泊まっていると聞いたのですけど!」


 リトは足が震えそうになるのをぐっとこらえてお腹に力を入れて一気に言った。


「ア、アリドなら……」


 マントの男が震える指でフロントの横にある、二階につづく階段を指さす。


「ア、アリドさんっ!!」


 フロントの男が慌てて電話をプッシュして言った。

 すぐさま上の階でドタ、バン、と物音がした。

 階段をタ、タタン、と数段飛ばしでおりてくる音がする。

 リトは階段の方へ目を向けた。

 そしてその表情がぱっと晴れる。


「アリド!」


 そこにはいつも通りのアリドの姿があった。 ただ、表情がとても慌てていた。


「リ!」


 アリドは階段を駆け下りるのも面倒だといわんばかりに手すりに飛び乗るとそのまま滑るように階下に降りてきた。 そしてそのままリトの目の前にふわりと飛んで着地するとリトの手首を掴んだ。


 と。

 ふわりとリトの体が宙に浮いた。

 いつかの西地区での時と同じだった。


 アリドは5本の腕で器用にリトを抱きかかえ、残った一つの手を軽くかざしてフロントの主人達に「スマン。 平気平気」と挨拶をしてそのまま階段を駆け上って行った。

 呆然と主人達はその後ろ姿を眺めていた。

 アリドは3階まで一気に駆け上ると開いたままになっている真ん中の扉の中へと入っていき、そっとテーブルの上にリトを降ろして自分はベットに腰掛けた。

 リトは胸に本をしっかりと抱いたままの姿勢でくるりと部屋の中を見回した。 想像通り、といっては何だが、とりたてて何の特徴もない全体的に薄汚れた殺風景な部屋だった。 窓から差し込む光の筋の中に沢山の埃が舞うのが見える。


「えーっ、と……」


 リトのその一言で、慌てていたアリドの表情に笑みが浮かぶ。


「元気だったか?」


 リトより先にアリドが言った。 リトは頷く。


「佐太郎さんからここにオレがいる、って聞いたんだ?」


 頷く。


「驚いたぞ?」


 頷く。

 その時リトはアリドの座っているベットの背後で微かに何かが動くのに気づいた。

 アリドの視線がリトの視線の流れに気づいた。


「はは。 やっぱり気づいたか」


 アリドがそう言って手を一本前に伸ばす。 バサリ、という音がして空気の固まりが動き、

アリドの腕に留まる。 そして霧が晴れるようにその変化鳥は姿を現した。

 この前の変化鳥とは違い、二回りほど小さい、ごく普通の鷲くらいの大きさだった。


「おまえのおかげでこいつを助けてやれたんだぜ。 ありがとな」


 アリドの言葉を聞いて、変化鳥は理解したかのようにリトの瞳を見つめてキィイ、と小さく鳴いた。


「鳴き声が違う……」


 リトは思わず呟いた。 呆れたようにアリドが返す。


「バーッカ。大きさも違うだろうが」


 それはそうなのだが。


「どうしたの?」


 リトの質問にアリドはにいっと、笑った。 いたずらっ子のような表情で。


「聞きたいか? すっげー冒険だったぞ?」


 その生き生きとした表情は聞いてくれと言わんばかりだ。

 リトは聞きたい、と返事をした。


「よーっしゃー、いいだろう。お前の持っているその本も出てくるぞ? ってかね、どーしてお前がその本持ってるかなあ? っていうか、持ち歩けるかなぁ? すっげー度胸」


 アリドは楽しそうに身を乗り出して言った。

 この本?

 リトはしっかりと抱いたままの本に目を移した。


「まぁまあ、おまえのその様子じゃ佐太郎さんに一枚喰わせられたみたいだな、オレもお前も。 ……何?訳が分からないって? 今から全部教えてやるさ」


 アリドはちらりと窓の外を見た。


「夕方には終わる、と思う」





 

「どうしましたの? リト」

 その夜、白の館に帰ったリトは白の館でマーヴェに呼び止められた。


「え? ど、どうもしてないけど?」


 リトは努めて平静な顔で返事したが、マーヴェはにやりと笑った。


「楽しいことがあった、って顔ですわ」


 図星だった。


「ほら図星」


 マーヴェが勝ち誇った顔で言う。


「んー、 この顔は……大好きなケーキを食べた……顔じゃない、自動巻オルゴールの修理のめどでもたちましたかしら?」


 マーヴェが言う。

 その通りだった。 アリドが腕の良い修理士を東ブロックで知っているのでその人に頼めば数日でなおるだろうとのことだった。

 リトはどうしてこうマーヴェは勘がいいのかと感心した。

 しかしマーヴェは続けた。


「……でもそれだけじゃない」


 リトは胸がどきりとした。


「誰かに会った……顔、みたいですね」

「ダ、ダメ、マーヴェの意地悪!」


 リトは慌てて手で頬を覆った。


「あら、リトが素直だから悪いのですわ。 すぐ思っていることが顔に出るんですもの。 少しつきあったらよく分かりましてよ」


 マーヴェはクスクスと笑う。


「オホホホ。 ご自覚はありまして?」


 自覚だなんて。

 リトはその時、はと、昼間の佐太郎の事を思い出した。

 そしてやっと、自覚した。

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