第24話 手配品・ 自動巻オルゴール
次の日。
森の中を三台の馬車が通る。 どの馬車も長旅に耐えきれるしっかりとして頑丈な作りで、先頭の幌馬車の荷台には体格の良い用心棒風の男が3人。 真ん中の幌馬車はぎっしりと荷物が積まれている。 最後尾の箱馬車はゆったりと大きめに作られており、御者の男と、剣を腰に携えた護衛の者が外に掛けている。 その箱馬車の中には男が一人ゆったりと座席でくつろいでいた。 男は手元にある目録をぺらぺらとめくっては内容を見て満足げに微笑み、煙草の煙を吐き出した。
『旦那、もうすぐですね』
馬車の外と中を繋ぐ通話管から御者が話しかける。
「ああ、今回の旅は想像以上に成功したよ」
男は視線を窓の外に向けた。
緑の青々とした美しさを山の中腹から見下ろす。
「予定を変更して寄り道をしたせいで少し遠回りになったな」
『フフ。 もう慣れっこでさぁ』
カポコポというリズミカルな蹄の音とカラカラと回る車輪の音、そしてキリッ、キリッという微かに馬車のきしむ音が御者の言葉にリズムをとっているようだった。
「……おかげでいつもの倍近くの商売ができた。 しかも世界に二つしかない貴重な物まで手にすることも出来た。 俺はこんなに満足した旅は初めてかもしれんな。 なに、お前達に手間をとらせたぶん、賃金は弾むぞ。世話になったな」
『へっへ。 そりゃあありがたい。 みんな喜びますよ』
御者は正直いって、とても珍しいこともあるものだと思っていた。 この男がそこまで上機嫌だとは。 しかし、男とつきあいが長いこの御者は、あまり会話をしすぎると途中で男の機嫌を損ねて取り返しがつかなくなることもある事を知っていたのでそれ以上話をふらなかった。
しかしどうも気になるのでどこから男が上機嫌なのか御者は考えてみた。
今回の旅は非常に珍しい布を手に入れたいという希望で出発した。 予定通り日程は進み、帰りの道中、ふと立ち寄った教会の牧師が持っていた何かをいたく男は気に入って欲しがったのだ。 それは確かからくり仕掛けの人形だったと思う。 ぜひに譲って欲しい、このような少し違ったものが好きなのだと男は言っていた。 ところが結局人形は手に入らず、中に何か入った緑色の箱を譲り受けてきたのだ。 寄贈されたものだからとからくり人形を渡さなかった牧師がなぜかそれだけは渡したのだ。
すべて寄贈されたものなのでお売りすることはできません、と言っていた牧師をどうやってくどき落としたのか。 奇妙に思ったので御者はよく覚えている。 しかもその緑色の箱は、荷台に積むことなく、男のいる馬車に持ち込まれている。
原因はあの緑色の箱か。
そこまで考えて御者は納得した。 しかし、だからといって何をする訳でもない。 理由さえ分かれば、気持ちの良いものである。 しかも時間つぶしだってできたではないか。
御者は再び馬の操縦のほうに気を向けた。
――ここは南の森だった。
いつもは何も気にしないのに、ふとそんな事が頭をかすめた。
――そういや、山賊が出るとかいってたな。
御者は自分が何気なしに思い出しただけなのに、そのことに嫌な予感がした。
――考えるな考えるな。 山賊だなんて。
御者は何とかして頭から山賊の事を追い出そうとした。
不安になると森は正直である。 楽園を感じさせるような小鳥のさえずりが聞こえにくくなり、ガサ、という草の擦れる音、生い茂った草木の向こうにぽっかりと暗い穴が待ち受けているような妙な存在感。 それらがどんどん押し寄せてきた。
ちらりと先頭の用心棒達を見ると気楽そうに、うたた寝をしている。 そして隣に座っている用心棒の顔を見ると、御者の不安が伝染したのか、表情が硬い。
不安を打ち消すかのように御者は水筒の水をラッパのみした。
ヒヒヒィン!
いきなり、先頭の馬がいななき、馬車が急停車した。
用心棒達が、立ち上がった。
草むらをかき分けて、黒い犬の集団が姿を見せた。
「また山賊が出た?」
ラムールが尋ね、リトは頷いた。
リトは白の館の前の大通りで立ちすくみ、顔面蒼白になって震えていた。
「今……軍が助けに……」
リトは両手をしっかりと組んで祈るように呟いた。 ラムールも今しがた、軍がここから編隊を組んで飛び出して行ったのは目にした。 しかし、このリトの驚きようはただごとではない。
「リト?」
ラムールはそっとリトの顔を覗き込んだ。
リトは軍が向かっていった方角をじっと見ている。
軍が出て行ったという情報があちこちに広まったのだろう、少しずつ人が集まり、軍が帰ってくるのを待ちかまえた。
ラムールはじっとかなたを見て動かないリトの肩にそっと手をかけて一緒に同じ方角を見た。
そこに弓と来意が駆けてきた。
「リト! どうしたの?」
弓は心配して声をかける。 リトは弓の顔を見るとほっとしたのか弓にしがみついた。
「リト?」
いつもと違うリトの様子に、弓はしっかりとリトを抱きしめた。
「空に放たれた……危険を知らせる信号弾の色が……」
消えてしまいそうな、か細い声でリトが呟いた。
「オクナル商人のお使いになっているものと同じだったの……」
リトの手に力が入った。
ラムールも顔色を変える。
「来意」
ラムールはそう言って来意を見た。
弓も来意に目をやった。 リトは聞きたくないとばかりに目をしっかりと閉じた。
来意は、ゆっくり頷いた。
わぁわぁと大きな声が遠くから近づいてくる。 先頭の馬に乗ったボルゾンが、どけどけ、怪我人だ、道を開けろと叫んで駆けてくる。 頭や体から血を流した男が数名、馬車に乗せられて運ばれてきた。
「ボルゾン! こちらに運びなさい!」
ラムールが前に出て手を挙げ、ボルゾンに教会の敷地に入るように促した。 ボルゾンはそれを聞いて「こっちだ!」と後方にいる者達に声をかけ教会の中庭へと入っていった。 馬車が止まるとラムールは腕まくりをして駆け寄り、ひらりと荷台に飛び乗った。
「タオルと水を!」
ラムールがそう叫ぶと周囲にいた者が慌てて教会からタオルと洗面器に水を入れて持ってきた。
ラムールは息を整えブツブツと口の中で呪文を詠唱した。 その両手の平が白く薄もやがかかったように光り始める。 うう、う、と唸る男達にラムールは「すぐ痛みは楽になりますよ」と優しく言った。 ラムールの手が傷ついて血まみれになった男たちの傷口に触れる。 時間を逆回しにするかのように傷がみるみる塞がっていく。
傷は、主に噛み傷だった。
ラムールに治癒されて男達の呼吸が楽になる。
ラムールは一番最後に残った男に近づいた。
「これであなたの部下は全員ですか?」
ラムールがそう尋ねると男は頷いた。 ラムールは頷いてその男の治癒にとりかかった。
「ち……畜生……あいつら、遠慮無く持っていきやがった……」
男が呟いた。
「あまり喋らないで。 傷に障ります。 オクナル商人」
ラムールが制した。
オクナル商人は震える手で胸元から紙を出した。
「これは?」
ラムールが尋ねた。
「目録だ……。 今回、わしが持っていたすべての……品物の詳細が書かれている。 それさえあれば、山賊達が今回奪った品物を金に換えようと売りに出しても……すぐ分かるはずだ……」
それを聞いてボルゾンが目録を受け取った。
「これはいい。 すぐさま手配しよう」
それを見ていた来意が、ぽつりと呟いた。
「悪い予感がする……」
リトと弓がそれを耳にして顔を見合わせる。
ラムールが治療を終えて、負傷者達をとりあえず病院で休ませるように指示をした。 オクナル商人達はそのまま馬車で病院へと運ばれていく。 みな、傷は癒えたものの、顔色はすぐれなかった。
「リト。 安心なさい。 オクナル商人は無事ですよ」
馬車を見送った後、ラムールはリトの側に来てそう告げた。
「ハルザが泣くようなことにはなりません」
リトはそれを聞いてぽろぽろと涙がこぼれた。
「よ、良かった……」
リトはしゃくりあげながら泣いた。 弓がそっと背中を撫でた。
とても不安だったのだ。 ハルザの大事な息子、オクナルに何かあったらと思うと。
そして怖かった。
自分も山賊には襲われたけれど、怪我ひとつ無かった。 だから山賊の被害があったと聞いても、どこか人ごとというか安全な話のように錯覚していた。 ところがどうか。 オクナル商人を始め、彼等の負った傷はとても重いものだった。
ラムールが治癒したからこそすぐになおったものの、でなければどうなっていたか。 ボルゾンが山賊の被害がある度に激怒していた気持ちがよく分かる。 あんな暴力で、何の落ち度もない旅人の生命や財産を脅かすなんて、なんと愚かで情けなく、そして腹立だしいことなのだろうか。
「リト」
リトを撫でる弓の手がとても優しかった。
「弓。 リトと一緒に部屋にお戻りなさい。 そしてお茶でも入れて落ち着かせておあげなさい。 来意は私の事務室に」
弓とリトの肩にポン、と手を置いてラムールが言った。 弓は頷きリトを支えながら白の館に戻った。
来意はラムールの後について白の館に入る。 白の館に入るのは初めてではないがやはりもの珍しく見られる視線は気持ちの良いものではなかった。 ――慣れてはいるが。
ラムールは事務室に入ると来意に椅子に腰掛けるように告げた。 ラムールは自分の事務机の所へいくと引き出しをあけた。
「あ」
来意が言った。
「ラムールさん、袖の所に血が……」
「え?」
ラムールは肘の付近を上げて見た。 確かに、血がついている。 さっきオクナル商人達を治癒したときに何かの拍子でついたのだろう。
「洗濯いき、だな」
ラムールはそう呟くとシャツを脱いだ。 来意はラムールの脱ぎっぷりのよさに少し動転する。 来意といるとラムールはいつもそうだ。 簡単に服を脱ぐ。 きっと来意以外の人間がこの場に代わりにいたとすればラムールは中座して居室に着替えに行くか、後で着替えるので構わないと言うだろう、と来意の勘は言っていた。 しかし自分のときだけそうする理由が来意にはよく分からない。 分からないものは勘でも分からない。 ”そうしたいんだろうな”と思うだけである。
ラムールはクローゼットを開け、中の籠に手早く服を投げ込み、代わりのシャツを着る。 だからまたよく分からない。 裸でいるのが好きだという訳でもなさそうだから。
「何を色々と考えているのですか?」
ラムールに言われて来意は弾けたように顔を上げる。
ラムールに微笑まれて、来意は自分が逆に心を読まれたような気持ちになってどきまぎする。
「さてと。 本題に入りましょうか」
ラムールは椅子に座ると書類を出した。
来意は席を立ち、ラムールの机の前まで進む。 ラムールの机の上には「手配書閲覧権利申請書」と書かれた用紙がある。
「一番、これを見たがっているのは羽織だと思うんですけどね。 陽炎隊の隊長を名乗っているのも羽織。 普通は各種申請は隊長が行うものと思っていましたが……。 でも、手続きに来るのは来意。 不思議なことにあなたの役目なんですね」
ラムールの瞳が意味深に光る。
「……はい。 他の……三人は殆ど手続きという手間暇を遠慮したがるので」
来意が言葉を選びながら伝える。
「それだけ?」
ラムールの問いかけに来意の髪が少し揺れた。
来意の心臓がばくばくと音を立てる。 平静を装ってみるもののラムールの瞳を直視できない。 何気ないふりをして書類を見つめるのが精一杯だった。 ラムールはフッ、とかるく息を吐くように笑うと
「ま、そういう事でしょうね」
と、話を切り上げる。
そしてラムールは書類の書き方の説明、権利を得た後の説明をした。 来意は飲み込みが早い。 一度で大体のことを理解する。
「……と、以上ですべてですね。 フフ。……確かに羽織や世尊や清流だと余計な事ばかりに気を取られるので、来意が手続きに来てくれるのは私としても助かります」
ラムールが微笑みながら背もたれにもたれる。 来意は照れくさそうに俯き、なぜかホッとしていた。
「私と二人きりになると、来意は緊張するみたいですね」
なのに突然ラムールからそう言われて来意はぎくりとする。
「……あまり、僕を虐めないで下さい」
来意は困ったように答える。 本心だった。
それを聞いたラムールは笑った。
「じゃあ、明日10時にこの白の館にみんなと来ます」
来意はそう言って一礼し、部屋を出て行こうとする。
「ああ、来意。 一つ尋ねたい」
ドアを閉めようとする来意にラムールが尋ねる。
「さっきの悪い予感は、何が起こるのかは分かるか?」
来意の瞳が濁った。
「何かははっきりとは言えませんが、この感じは……外れた事のない時の感じです。 例えて言うなら……全部、駒が揃ったので逃げることのできない、起こるべくして起こるというような……嫌な感じです」
ラムールが頷いた。 こんなとき、来意はラムールがこの先に起こることを知っているのではないかと思ってしまう。 ラムールといると、相手の考えている事、感じていることの底が見えず、何か恐ろしいものと対峙しているような気がする。 そして自分も人からそう思われるだろうから気をつけなければいけないと思うのだった。
「あまり楽観的な感じではないのですね。 でも、勘は外れることもありますからね。 あまり気にしないで」
ラムールが慰めた。
「ラムールさんに言われると、そんな気になります。 ありがとうございました。 失礼します」
来意は一礼すると扉を閉めた。
部屋の中でラムールは何かを考えるように顎に手をやった。
来意は一度深呼吸して歩き出す。
――確かに、勘は当たらないこともある。
来意は思った。
――特に、ラムールさんに関しては全く勘が働かない。
廊下を進み、階段を下りながらすれ違う兵士をちらりと見ながら来意はあることを思い出した。
――相性とか……そんなものがあるのかな。 僕が初めてラムールさんと出会ったとき、”お姉ちゃん”って思ってそう呼んだんだよね……
その時はみんなびっくりした顔で、そして一斉に大笑いした事を覚えている。 『ごめんね、違うんだよ、ボク』とラムールは怒りもせずに訂正した。 佐太郎は『こいつにそんな事いうなんて度胸のあるガキだな』と言った。 『女みたいってよく言われるんだけど、来意に言われるとは思わなかったよ』とラムールは笑っていた。
来意も驚いていた。 考えて言った訳ではない。 「勘」じて無意識にそう言ったのだ。 自分でも不思議だった。 どこから見ても男のラムールをどうして自分は女だと「勘」じてしまったのか。 それはまるで右手が実は左足だったんだよと言うような、常識はずれの明らかな間違い。 その後からどうもラムールに関しては占っても「勘」が働いても、どうもずれた答えしかでない。
ただ、
『人はいつも完璧という訳ではないのよ』
と、育ててくれた姉代わりの新世からそう言ってくれたとき、ふっと肩の力が軽くなった。
それまではすべての事がすべて勘通りになっていたのだ。 悪い予感があるときは必ずその通りになる。 そんな勘が働いたときはすべてのことがおっくうで、気が狂いそうだった。 未来を「勘」じることは死刑執行を待つ囚人のようで、未来が分からないからこそ人は気持ちよく生きていけるのだと思った。 来意は自分の勘が外れることもある、という現実を見せられて、逆に安心して「勘」じることができるようになった。 そして「勘」じてもその後の対応次第では未来は変えられると「勘」じることもできるようになったのである。
白の館を出て門の外へ行った時、「来意!」と背後から弓が呼びかけた。
弓を忘れて帰ろうとしていたようだ。
弓は少しふくれながら近づき隣に並んで歩き出した。
「ゴメンゴメン。 弓」
「来意に置いて行かれるとは思わなかった」
どうもこの分では白の館の中を探し回ったな、と来意は勘じた。
「ちょっと考え事していたから。 ときに、もうリトは平気? 落ち着いた?」
弓は頷く。
「お部屋に帰ってお茶を飲んだら少し落ち着いたわ。 リトがあんなに泣くなんてびっくりした。 気がゆるんだのかベットで寝ちゃったし……」
他の女官達が面倒を見るからと言われて、弓は少し不安ながらも他の女官にまかせて来た、ってトコだな。
と、来意は思った。
「ところで、明日の儀式……例のは……」
弓が歯切れ悪く尋ねる。
「あぁ。 アレ。 うん。 まだ大丈夫だよ」
来意の答えに弓は心底ほっとしたようだった。 しかしほんの少し、残念そうでもあった。
来意は足を止めて、ラムールの居室の方を見た。 窓には日の光が反射して部屋の中の様子は伺えない。
僕の隠し事を勘よく気づくのはラムールさんだけだろう……
来意はラムールと二人きりだと身構える自分を知っていた。
そして身構えているのは自分だけではないと「勘」じていた。
ラムールが来意に隠し事があると知ってて「かまかけ」ようとしているのではないかと分析していたが、勘ではなんとなく違う気がしていた。
「まぁ、相手がラムールさんだからね、相性悪いし、分からなくて当然」
自分を納得させるように来意は弓に聞かれないくらいの声でつぶやいた。
その日、ボルゾン軍隊長はオクナル商人が山賊に奪われたものの一覧をまとめて城下町の殆どの店舗に配った。 オクナル商人の目録は詳しく書かれており誰かが売りに来たりしたらすぐ知らせるようにとおふれが回った。
その中に次のようなものがあった。
* 自動巻オルゴール 1ヶ
木製 緑の花模様 ネジが壊れていて音は鳴らない。 世界に2個しか生産されていないタイプのため希少価値が高く正常に作動すれば高価。 修理に出される可能性が高い。




