再会の向こう
あの場所から少し行ったところに大きな建物があった。白を基調とし柱には神話をモチーフとした神々が彫刻されている。床は磨き上げられて鏡の様に私達を映し出していた。人影は少なく、いたとしても私達を――多分『エリカレス』を避ける様にして道を開ける。その頭を深々と下げながら。なので、神殿で――いやこの宗教でトップクラスの地位にあると思って間違えは無いのだろう。こんなのが上だと思うとげんなりする。
いくつかの扉を開け長い廊下を抜けてさらにその先。さらに人はまばらになっていく。コツコツと響く足音はここにる数人だけの物。それ以外の音は何一つ聞こえなかった。
荘厳な雰囲気が漂う世界。息をするのも重苦しい。
「ここよ」
私達が最後にたどり着いたのは扉の前だった。何もかも拒絶するような重く大きな扉。誰がどう開けるんだろうと考えていれば、扉に人が入れるほどの小さな扉があった。かちゃりと音をさせて南京錠を外すと鉄がこすれる様な音を立てて『それ』は開く。
――ここに居るのだろうか。
扉の先は細い階段。それを下って行くと水の音が聞こえてくる。さらさらと流れる水の音。何の音かと下って行くと開けたところにはまるで細かな水路の様に水が幾重にも重なって流れている。
天井から差し込む太陽の光はその水をキラキラと映し出してとても幻想的だ。
それは人が暮らす部屋などではない。何か儀式に使われるところだと思う。
「ここに居るの?」
きれいだけれど。訝し気にリゼを見れば彼女は冷たい視線で一点を見つめていた。その視線の先を辿る様に見れば――何だろう。空間に大きなガラス玉が浮いている。吊るしている様子もないし実際浮いていた。そして、その中には……。
「え? 人?」
これもまたガラス玉の中で浮いているのだ。まるで水の中に漂う様に。輝く様な金の髪は誰かを彷彿とさせる。だけれど年齢は全く違う。成人男性の様に思えた。
裸の。
「……何ですか? コレ」
全ての『不思議』から目を反らしながら私はリゼを非難するように見つめた。アザレアに会わせてくれる。確かそう言っていたはずだ。別に『不思議』を見に来たわけではない。
しかしながらリゼは私を無視するように一歩踏み出していた。そのガラス玉へとゆっくり。それに誰も追随するものは居なかった。その細い肩を見守っている。
「あの?」
どうしたものだろう。追った方がいいのだろうか。しかし追った所で何もない気がするんだけれど。私が困惑したまま近くの女に目を向けると彼女は小さく笑って見せた。
「ここから先は『聖域』でね。私達は入れないんですよ――貴方なら……入れるでしょうね。おそらく。祝福を受けていますので」
「は?」
何を言っているんだろうか。聞きたがったが『早く』と後ろから促されてしまった。どうやらリゼの中で私が行くことは確定しているらしい。
何となくげんなりした。
踵を返してリゼの元に向かえば彼女はガラス玉にもたれ掛っている。
「あの――アザレアは?」
「これに触れてみて?」
話を聞け。とは思ったが少し気になっていた物体だ。言われるまま触れるとやはり『ガラス』のようで固く冷たい感触が手に残る。それ以外でもそれ以下でもなかったけれど。
「はぁ。これが? そんなことより――」
「マリア!」
刹那。声と共に肩へと質量が落ちる。それはあまりに突然の事。ぐらりと身体のバランスを崩しては近くの水へと身体を突っ込んでしまった。
豪快なしぶきと共にそこに打ち付ける身体――主に臀部に痛みが走る。まぁ、顔面から落ちるよりはよかったのかもしれないが……臀部にそろそろ青痣が出来そうだ。
――ってそんな事より。
「アザレア?」
聞き覚えのある子供らしい甲高い声。首に回された小さな手。フワフワと輝く様な金の髪。幼さを濃く残した顔立ちは何ら変わっていない。
別れた時のまま――アザレアがそこにいた。
収縮するのは瞳孔だけではない。心臓。血管。体のすべてが驚きで収縮し、次の瞬間――爆発するように拡大していた。
「アザレア!」
私は叫んで少年の細い身体を抱きしめる。すべての想いを込めて。けれどどちらかと言えば私がアザレアを抱きしめていると言うよりはアザレアにすがる様に――子供の様に――抱き付いていたのかもしれないが、よく分からなかった。
温かい。ここに居る。
「よかった。良かった。無事だったんだ――ずっと探してて」
「うん。知ってる」
「一人で……心細くて」
「うん。ご免ね」
「会いたかったよ」
「うん――」
その後でアザレアは言葉を続けようとしたのだがパンパンと掌を叩く音でそれは封じられる。興の覚める思いで見てみればそこにリゼが睨み付けるようにして立っていた。
「よくも、私を無視してくれたわね。『マキナ』。それにその姿。笑わせるわ」
「……ま……?」
だれ。それ。内容からしてアザレアの事だろうけれど。
アザレアは大人びたため息一つ漏らすと、金の髪を掻き上げて見せた。輝く金の両眼は鋭くリゼを捉えている。
「エリカレス。僕は約束を違えていない筈だ。君の傍にいると言うのに。どうして彼女を連れて来た?」
「それだけでいいと? 笑わせる――幾年たとうとあなたはこちらを見ないのね」
「僕は望んではない」
はっと吐き捨てる様にして笑うリゼ。それを冷たく見るアザレア。二人の間には険悪な雰囲気が漂っている気がした。
でもと私は思う。リゼはどこか悲しそうだ。ため息一つ。銀色の目を地面に落した後で口許を歪めて見せた。
「ともかく――私がレプリカを連れて来た意味なんて聡いあなたなら気付いているでしょうに。逃がそうとしても無駄――何しようとも無駄な事を気付いているでしょう?」
アザレアは少しだけ不快そうに眉を跳ねあげ表情を硬くする。それに満足したのかリゼは軽く微笑んで見せた。
「アザレア……。どういう事?」
ようやく口を開いてみればアザレアはごめんねと返した。少しだけ泣きそうな顔で笑い、私に手を伸ばす。
「僕は――もうマリアすら守れないみたいだ。守り、たかったのに」
「お休み」
その低く冷たい声と共に――アザレアは消え、私の意識は途絶えた。