たどり着くところ
あの街から、どれ程の距離があるのだろうか。野を超えて山を越え。南に向かう。南は水が枯渇し始めている。そう聞いていたけれど、見る限りはそんな感じは受けなかった。のんびりと流れていく雲。さわさわと流れる風は緑の草花を揺らす。
やがて林に入ると私は馬車から降ろされた。地図上でここだと指されたけれど私は地図の読み方が分からない。ともかく街から遠いと言う事だけは分かった。
明るい林。清浄な空気が辺りを漂う。流れる小川には小鳥が水遊びをし、可愛らしい花が水辺に咲いていた。何だろう。まるで絵本の中にいる。そんな感覚に囚われる。
ああ。あそこに鹿が……おいしそう。
馬鹿なことを考えていると前の男が突然止まったらしく、私は盛大にその痛くて堅苦しい背中にぶつかって態勢を崩していた。
ぺちゃんと尻餅。あんまり服は持っていない。極力は汚したくなかった。高かったのに。ポツリと心の中で呟いてから男を睨み付ける。
「突然止まんないでよ」
「よそ見している方が悪いだろう? ――早く立て。直々にお迎えが来ている」
くびり殺したい。なんだろう。そんなに私が嫌いなのか。この男は。よく知りもしないと言うのに。私は苛立ちを隠しもせずに立ち上がると前を見据えた。そう言えば迎え――そう言っていた。確かに影のような一団が見える。
「お迎え――ね」
殺すつもりの人間に。何の迎えだろうと私は眼を凝らしていると、近づいて来る色彩に大きく目を見開いていた。
白い髪――銀の目。私以外で見たことの無い色彩を纏った美しい女が立っていたからだった。
整った顔立ち。長い睫。男たちと似たようなローブを纏っていたが、その上からでも分かる艶めかしい体つき。
年の頃は二十代前半。私と大して変わらないように見える。ただ、私より大人びているのは事実だ。
――一体何を食べたらそうなるんだろう。
「初にお目に掛かります。『レプリカ』」
思わず胸を凝視してしまった自分が恥ずかしい。声に呼ばれるようにして慌てて顔を上げていた。
「え? れプ? ――私はマリアです。マリア=ルドベルト」
そう言えば今後ろに控えている男もそう言っていたような。『複製』って何とも失礼な呼び名だ。もしかしたら私の名を知らないのかもしれないと私は自己紹介をして見せた。
「ええ。知っているわ。レプリカ」
「……」
鮮やかな笑顔で笑うことないだろう。後ろにいた御供らしい人間まで。こっちが間違っているのかと思ってしまうが、私の名前は『マリア』だ。
むっとした顔を浮かべると女は『悪かったわ』ととても悪びれている様子もなく謝った。顔はいい。スタイルもいい。どこかで見た物語の例に漏れず性格が悪い。そう思う。
ただ、それが救いでもあったのだけれど。
「私は、リゼよ。通称『エリカレス』――ここの神殿でお世話になっているの」
「――エリカ……貴方が私に『会いたい』って言っていた人?」
身体をご所望とかなんとか嫌な言い回しで言うからどこの変態か狂った学者かとも思ったんだけど。私は軽く目を見開いた。
「ええ。そうね。立ち話も何でしょ? フレーズ。何しているの? とっとと案内を――」
後ろに控えた女に言った後で少し考える。その後で嬉しそうに私を見た。かわいい。まるで花が咲いたような可憐さだ。
パンっと両手を合わせる。
「そうだわ。貴方『アザレア』に会いに来たんでしょ?」
まあ、そうだけど。呼ばれたから――と言うかあなたが呼んだんではないだうか。私は『はぁ』と曖昧にな返すと『そうよね』と満足したようににっこりと笑う。
何だろう。裏がありそうで些か怖く思えた・
「なら、水の間に案内しなさいな」
言うと一瞬辺りがざわめくのが分かる。リゼはため息一つ。近くの女を見下ろした。凍るような冷ややかな目で。それは可憐な女に似つかわしくない殺気立ったものだ。
睨まれた女は一度肩を震わせてから、それでもと顔を上げた。
「――本気ですか?」
「今は目覚めたらそれでいいでしょう? 大丈夫。分からないわ。ね?」
何が『ね』なんだろう。こっちが聞きたい。ともかく会わせてくれるなら好都合だ。問題はどうやって逃げるかと言う事なのだけれど。それはアザレアと一緒に考えた方がいいかもしれない。ここの地形については良く知らないし。
「しかし。マリア様もお疲れの事。一度休ませてから――」
「あら? 何故?」
心底不思議そうに返しているリゼ。悪魔か何か。と一瞬思った。疲れている。休ませてほしいなんて泣き言は言わないけれど疲れてないわけがない。結構な長旅だったし。それを慮って言ってくれたと言うのに。
挙句の果て、くるりと首だけを回して私を大きな目で見つめる。
「疲れてるの?」
その目には『あんなくらいで?』みたいな嘲笑が浮かんでいるように見えるのは多分被害妄想。
私は思わずくぐもった声で否定していた。
「……疲れてないし」




